4 資料

暗渠関連文献

どぶがわ

という単語が書いてある背表紙を、見つけてしまったのです。

最近はめっきり徘徊する頻度が落ちた、マンガ棚にて。
11月に出ていたらしい・・・気が付かなかったなあ。

これは、買わざるを得ない。たとえどんなクオリティだろうと、買わざるを得ない。
だって どぶがわ だもの。

そんな、使命感みたいなものを胸に、わたしは「どぶがわ」を手に取ってレジへと向かいました。

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「谷底の 臭気漂う この川沿いに     私の楽園はある」

・・・とても複雑な読後感。

切なさ、哀しみ。憧憬。ささやかなつながり。
ひとを大切にするということ。
孤独とつきあうということ。
生と死。

わたしが暗渠に感じてきたさまざまなものたちが、やわやわと押し寄せてくるようでした。

これは(開渠でありながら)暗渠のものがたりだ、と、わたしは思います。
作者は、暗渠のことを、とてもよくわかっている(登場する工場名なんかも!)ひとなのではないか、と思います。

感動して涙をだくだく流す、というのとはまた違う。けれど、数時間後に、ひと粒だけ涙が流れました。・・・あれは、なんの涙だったのだろう?

そういえば、石積みや橋の架け方が、山形五堰にも似ているなあ。
読むたびごとに、異なる感覚が心に残る。良き出会いを、ありがとうございます。

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「ごみ水路水族館」と、桃園川水族館

すてきな絵本と出会いました。

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ごみ水路水族館。
絵本でもあるけど、写真集でもあるかもしれない。

水路や川跡のことを探していて、たまたま引っかかったのでした。題名からしてそそられていましたが、ページをめくってみたら・・・

まず出てくるのが水路!しかも、あんまりきれいじゃない水路(むしろゴミだらけの汚い水路)。しかしそこに、実にいろいろの生物がいることにびっくりします。それは、まさにゴミ水路の水族館なのでした。

でも、話は「こ~んなに生き物がいるんですよ」だけでは終わらない。

著者は、この水路を物理的にも歴史的にも遡ってゆきます。舞台は九州なのだけど、東京周辺で起きてきたことと、似たようなことが起きていました。このゴミ水路は蓋をされなかったというだけで、これはまさに、東京の暗渠の歴史。・・・そして、水路に棲む外来生物について説明しながら、今のこと、これからのことにも、著者は思いを巡らせます。

最初に著者が出会った水路は、多くの人が「ドブ川」と呼ぶものではないかと思います。
その「ドブ川」を見ると思わず辿りたくなる人が、わたしの周囲にも何人もいるわけですが(湧水の小川もいいけれど、放置されたドブ川にも胸キュン)、この著者はなにかちょっと近いものがある方なのかもしれません。文章も、好きな感じだし。

それにしても、こういうアプローチでドブ川を取り上げ、みている人が、いるのだなあ。

                       ***

ドブ川、といえば。
たまたま、”「どぶ」考”という論考にも最近出会いました。

なぜ、わたしたちはああいった水路を「どぶ」と呼ぶようになったのか。それを、使用例や地名から探っているものです。

どぶは、「濁った(※1)」、「すべて(※2)」、「下水溝(※3)」といった意味で用いられてきた、ということ。地名では「土腐」「土浮」「道場」などがあり、かつて低湿地であった場所が多い、ということ。

※1 ただし大阪の「丼池(どぶいけ)」の由来はどぶろくのように濁っていたから、とも、池がドンブリ型であったから、ともいわれる。
※2 アンコウのどぶ汁は、アンコウのすべてを入れるから、という説のほか、汁が濁りどぶろくのように見えるから、という説もある。
※3 下水溝を指す方言は、ドブが変化したと考えられるドボス、ドブス、ドスボ、ドブチ、ドブソ、ドボソ、などがある。いっぽう、セセナギ、セシナゲ、ショショナギ、ショショナゲといった言葉もあり、これらは「せせなぎ(不浄水)」からきていると思われる。以上、石川県の方言より。

ということが、まとめられていました(というか、明快にまとまってはいないのでもやもや)。河川の呼び名然り、由来を探るのって難しい・・・。
なんとなく共通認識で「ああいうものは、ドブ、と言う」ということが、我々に根付いてきたのは、いったいどういう経緯だったのか・・・もう少し知りたい気もしますが、今回は迷宮入りとします。

さらなる「ドブ」考を推し進めたいひとは、俊六さんのドブ川雑記帳(いろんな角度で「ドブ」を見ておられます)をぜひご覧ください。

                      

                         ***

さて、「ごみ水路水族館」には、たくさんの種類の生物がいました。そのなかには、東京でも地元の方のお話に出てくるけど、「そんなに大きなの、本当にいたんかな?」と思っていたような魚もいて。

蓋をされる前の桃園川のことを、やっぱり思い浮かべるのです。
桃園川には、どのくらい生物がいたんだったっけ?手持ちの資料から、探ってみました。・・・残念ながら、写真には撮れないんだけれど。

メダカ、タナゴは比較的よく出てきます。
それから、フナ、キンギョ、コイ、ハヤ、カエル、タニシ。
クチボソ、ドジョウ、ウナギ、なんてのも。
それから、ホタル。

桃園川緑道を歩いていると、これらの生き物と出会えます。これらの生き物が泳いでいたすがたを、そしてそれをつかまえて遊ぶ子どもたち、愛でて和む大人たちを、想像して歩くこともあります。

                         ***

「ごみ水路水族館」の著者は、ほかにも水と地球の研究ノートというテーマで、

「町の中の泉」

「とける岩の洞くつ」

「木が生える沼」

「消えない水たまり」

などを書かれています。
「町の中の泉」、思わずポチりました。それから、「消えない水たまり」も、次に狙っています・・・。

別著者となりますが、去年いただいた、「たまがわ」も、すてきな絵本でした。

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川や水路を出発点に、いろいろなことを考える絵本。

自分のために、子どものために、あるいは甥や姪のために、もしかしたらこれから生まれてくる子どものためにも、持っていてもいい絵本ではないかな、と思います。

<参考文献>
「天沼杉五物がたり」
「思い出 桃交会」
武田晋一「ごみ水路水族館」
福田寛允 「どぶ」考-その語源と由来を探る- 月刊下水道35(12), 56-61.
桃井二小「おぎくぼいまむかし」
「桃三」
「桃三 五十年の歩み」
森泰樹「杉並風土記 中巻」
矢嶋又次「荻窪の今昔と商店街之変遷」

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目で見る杉並区の100年~牧場数珠つなぎ

<おしらせ>
・「おすすめ本」に、いまさらではありますが、渋谷川の本とスリバチ本を追加しました。
・過去記事「三四郎池支流(仮)の流れる先は」でお世話になった、原さん発行のニュースペーパー「向ヶ丘弥生町」内で、当ブログを紹介していただきましたので、この場を借りて御礼申し上げます。後日、記事内に原さんからいただいた新たな情報を追記します。

おしらせおわり。

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この頃は文献については文末に紹介する形式にしていますが(&右サイドバー)、久しぶりに一冊の本を紹介したいと思います。

「目で見る杉並区の100年」(郷土出版社)という本が先日発売されました。区制80年を記念するこの年に、明治まで遡って100年ぶんの写真を魅せてくれるというもの。
わたしは(珍しくだいぶ前から)予約をし、待ちに待っておりました。

100

ついに届いたその本の中には、知ってる場所も知らない場所も、杉並の昔の写真がいっぱい。といっても、文献で既に見ていたものもちらほら(有名な写真なんでしょうかね?)。
いっぽうで、歓喜の声を漏らしてしまうような情報もちらほら。水路関係で挙げると、桃園川改修工事、桃園川分流、阿佐ヶ谷弁天池近くの”洋食喫茶弁天軒”や、善福寺川沿いのゲルンジー牧場らしき写真などなど・・・。

水路と関係のない話から、ひとつ取り上げたいと思います。

以前、紅葉川の初期のほうで、富久町の交差点で「ここに牧場があった」とか言いながら牧場ハンバーグを食べた記事を書きました(こちらでも)。文献により若干名称がブレるものの、ここにあった牧場を四谷軒牧場といい、近デジの下巻、豊多摩群内藤新宿町大字北裏町(369番)でも、その名を確認することができます。
四谷軒牧場については、ググると赤堤のもの(1985年まであったらしい!)に関する記述が多く出てきますが、その名から察するに四ツ谷から移転してきたものでしょう。

その、四谷軒牧場の名残が、高円寺に現在も”四谷軒乳業(有)”として残っていると、「杉並区の100年」には書いてあったのでした。大正13年、新宿区三栄町(注:微妙に上記の位置とずれるので、要検証)にあった牛乳販売店”四谷軒”が、高円寺と荻窪に出張所を展開していたというのです。

写真を見ると、なかなか立派な2階建てのビル(昭和7年当時)の前に、配達用の”大八車に積まれた牛乳ボックス”がずらり10台以上。大八車・・・
さて、いまの景色はどうでしょうか。

Yotuyaken

このビルの5階に、わりと最近まで四谷軒乳業(有)があったようです。が、現在はもうなくなっているようでした(少なくとも表札はナシ)。
思いっきり高円寺の駅前で、目の前では大将3号店がもうもうと焼鳥を焼いています。。
もともとが牛乳販売の出張所だったわけなので、ここに乳牛がいたりはしなかったでしょうね、きっと。・・・それでも、語られなかった歴史に触れることができ、そして、かつてのさんぽと、今の高円寺駅前がつながりを持った瞬間でした。

四谷軒牧場の歴史とは、四ツ谷から始まり、杉並に出張所を展開し、その少し後に赤堤に移転し、・・・赤堤の牧場は約30年ほど前になくなり、高円寺の名残もつい最近うしなわれた。ということになります。
もうひとつの出張所である荻窪店は、どうやら下井草にあったようで、こちらは牛乳屋さんが現存している可能性が高そうです。しかも、妙正寺川沿い(乳牛もいた模様?)。赤堤の牧場は、北沢川のすぐ近くで、今も名残が多少あるようです。・・・もう少し調べたのち、牧場数珠つなぎ的に、訪れてみたいと思います。

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中野区白地図探しのたび

以前、中野区の歴史民俗資料館で商店街の展示を見たときに、そこで用いられている白地図に暗渠が描かれていることを発見しました。
杉並区の史跡散歩地図然り、区で発行している史跡地図系には、ひそかに暗渠がうねうねと描かれていることが多いです。ところが、中野区にはそれがなかったので、少し物足りなく思っていた矢先でした。

資料館の職員さんに買えまいか尋ねたところ、その白地図は区役所から提供されたもので、資料館には余分が無い、とのこと。おお、そうか、じゃあ区役所でもらってこよう!・・・ここから、思いもよらぬ白地図探しの長旅が始まりました。

Haku1

まずは中野区役所に、レッツゴー!

「こんにちは、なみすけだよ。おとなり、中野区役所にやってきたよ。」

杉並区にばかり居る、なみすけも一緒に連れて行ってみました。ま、このあと無事わたしの胃におさまるんですがね・・・なみすけ。

Haku2

ちょうどお昼を微妙に過ぎた頃に来たので、地図のまえに腹ごしらえです。区役所内の食堂は、中野満点食堂といいました。

こういう、いかにも社食・学食みたいなところって、ワクワクします!カレーか、ラーメンが食べたいなー。定食も気になりましたが、お昼まっただなかに売り切れてしまったようです。

Haku3

で、コロッケカレーにしました。たしか、450円くらいだったような(結構前なのでちゃんと覚えていない・・・)。
10月だったと思うのですが、時期限定で、”みかんがサービス”されていました。かわいい・・・うれしいw

もう、食堂のカレー!B級グルメ!で、満足しました。

お腹を満たし、受付に戻ります。受付の方に経緯を説明して、白地図を扱っている部署はどこか尋ねると、区役所内では扱っていないということ。なんとなくあっさり門前払いみたいに感じたので、防災や史跡でいいからと地図を扱う部署をたずねました。すると、ぶよお堂という日本橋の地図屋さんに行ってくれ、とのことでした。
うーん・・・資料館で聞いたのと違う・・・。なんだか腑に落ちないものを感じつつ、日を改めてぶよお堂へ行くことにします。

Buyoo

別な日。ぶよお堂に行ってきました。
地図だらけの、実にたのしいお店でした!!いろんな地図があるし、古地図もあるし、関係本もあるし・・・。居るだけでたのしい。
けど主たる目的は中野区の白地図なわけで、それを店員さんに尋ねてみました(とても親切に対応していただきました)。すると、、、お店にあったのは、資料館のものとは違う地図でした。白地図には違いないのだけど。でも暗渠が載ってないのです。

Buyoo2

これで、手がかりが失われたような状態です。

まあ折角八重洲近辺まできたので、まさに紅葉川さんぽの途中でもあったわたしは、”もうひとつの紅葉川”跡にあたる、八重洲地下街でゴハンでも食べるか、ということにしました。

・・・ふーむ。あの白地図は幻ではなく、たしかにあった。なのにこんなに難航するなんて。
後日、もう一度中野区役所にアプローチすることにしました。といっても、受付からは同じ対応をされる気がしたので、今度は電話で尋ねます。
すると、今度は広報に回され、そこで広報の方がとても丁寧に対応してくださいました。広報のKさんが調べてくださったことによれば、該当する白地図は”区の業務で使うなら”と作らせたもので、残念ながら区役所にも資料館にも残部は無い。ただし、図書館(資料庫)にはあるようだ、とのことでした。3段階の大きさがあるので、そのどれかではないか、とのこと。ヤッタ!

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さらに日を改めて、中野区中央図書館へと向かいます。

電話口ではたしかに 東京地図社 と仰っていたので、検索にかけて確認しようとすると、そもそも東京地図社が引っかからない。ちょっと嫌な予感がしながらも、司書さんに直接尋ねます。・・・すると、司書さんは開架にある白地図しか心当たりが無いよう。
この件に関して、連続してうまくいってないので、もうすぐ心が折れそうです。しかし、がんばって広報の方が仰っていたことを伝え、交渉します。・・・すると、「あ、あれかなあ?」と、奥から持ってきてくださったのが、それっぽい白地図2種。

わー、暗渠がニョロニョロ載ってる!!ヤッター!東京地図社じゃなくって、どっちも昭文社だけど。3種じゃなくて2種だけど。でも、いいや、これが探していたものに一番ちかい!”半分”を丁寧に選んで、コピーさせていただきました。

てなわけで、紆余曲折ありましたが、やっとこ入手した、昭文社の白地図。特に中野区役所広報の方には、とっても感謝しています。以前、中野駅前支流について調べたときも、別な部署の方々がほんとに親切でした。中野区役所の職員さん、ありがとうございます!わたし、杉並区民でごめんなさい!
肝心の白地図の暗渠についてですが、概ね知っているものばかりでした。しかし、小淀川島田軒牧場支流(仮)などが確認できたり、支流のちょっとした支流を見つけられたりと、私的には興奮する内容です。確認してみたい方は、中野区中央図書館へGO!

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川のほん、海のほん

1960

先日、リバーサイドさんが紹介されていたサイトからたどった先に、気になる本がありました。水の都、と、路面電車、ということばがつよく引力を持ち、むかしの川の写真が少しでもあるといいな、と、おもわず買っちゃったのですが・・・、これが、すっごい良かったのです!”1960年代の東京”。

ダーッと見終えて、自然と出た最初の一言は、
「ああ、すごい・・・!これは、川の本だ。」

多くの川が埋め立てられはじめ、急速に変貌しようとしている東京。その、むかしのすがたを記録しておかなければ、と、写真を撮り続けたのだそうです。
なので、開渠だったときの川たち、橋として機能していたときの橋たち、がいっぱい出てきます。「すごい~~!」を連発しながら見続けました。興奮する写真は多々ありますが、ひとつ、面白かったのが、今も昔も、小田原橋(築地川)は同じような状態だったってこと。
杉並のほうの写真がほとんど無いことが残念ですが、それは仕方ない。

Kaigun_2

それと、ある日のお買いもの。赤羽のオモシロ漫画、東京都北区赤羽の5巻と、酒とつまみ13号。そして、”家で作れる海軍めし2”!!。
この海軍めしの本は、初めて見つけたのですが”モツ煮狂い”を初めて見つけたときくらい興奮しました!!(相当興奮したってこと。)ちなみに”モツ煮狂い2”は、有楽町ガード下、”鳥藤”のミルクワンタン風のレシピまでついている傑作です。

海軍めし2は、海軍で使われていたレシピをそのまま再現してあるもの。「肉、焼くだけ」みたいなシュールなものから、見たこともないメニューまで!実作のみならず、ある程度作ったうえで考察までしているのがかなり良いです。わたしの軍事萌えと料理好きの双方のツボに、ガッチリはまりました。うーんこれは2だけではなく1もほしいぞ・・・と、探したらなんとがこの夏に出ているではありませんか!買わなければ・・・。

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ワンダージャパン”たのしい公園遊具”

Koen

に、”地下河川・渋谷川をゆく”が特集されています。
ワンダージャパンの異空間ぶりは大好きで、もし暗渠が雑誌に載るとしたら、いちばん近いのはワンダージャパンかな、と思っていたのですが、画像的パンチ力のなさのためか?、若干コンセプトがずれるのか?、いままで暗渠は無かったように思います。しかし、来ましたねぇ~、渋谷川暗渠!!

そして、他のコンテンツもわたしのツボ押しまくりでありました。
・”公園遊具”の公園に、川跡っぽいものがある!
・”山梨・長野ワンダー・地下空間”に、先日ねりま99さんのところで行きたくなった”松代大本営跡”がある!
・”松本DEEPスポット”なんてのがある!松本行ってきたばかりじゃん。しかも赤線跡(←実はこれもツボ)関係。
と、まあ!
・・・それと、”遊園地の記憶”なるDVDの広告読んでいて気づいたのですが、DVDには谷津遊園も入っているんですね。千葉にあった遊園地ですが、わたし幼少の頃何度か行ってるんです。当時習志野に親戚が住んでいて、遊びに行くと、連れて行かれるのは谷津遊園か某ネズミランドか、っていう。某ランドで遊ぶわたしの写真は結構残ってるんだけど、谷津遊園の写真はあまり無くて、もはや古ぼけた僅かな記憶に頼るしかないんですが・・・、残念ながら遊具の記憶は出てきません。おぼろげにあるのは、海岸沿いにあって、ヘリコプターに乗れて、ヘリから海と街並みを見下ろしている記憶。ヘリに乗るとき、とても怖かったような。
DVDには、桜金造の映像が出てくるのもかなり良いです。だってわたし、むかしから桜金造大好きなんです!!

さて、ワンダージャパンの渋谷川ですが、さすがの写真たちでした。暗渠イベントのときに庵魚堂さんが発表してくださった内容と重なるものもあり(重ならないものもあり)、知っている箇所は「ふふ~、これ庵魚堂さんが言ってたやつだもんね」などと嬉しくなったり。

それと、先月からワンダージャパンはTVにも進出しております!!最初にCM見たときには歓喜しました。MONDO21は本当に良い番組つくります。いくつかお気に入りがありますが、ワンダージャパンTVもお気に入りになるでしょう。。
さっそく#1を見てみましたら、廃工場とナレーションの人の声がすごく合ってました。思わず呟いた感想、「ホラー声だな~!」・・・。アニメ声(言わずもがな)とか、ホラー顔(中谷美紀とか)というジャンルはありますが、ホラー声ってのもありそうですね。ともかく、番組の雰囲気にぴったんこで良かったです。

それから、「あるく渋谷川入門」(梶山公子著)も、読み始めました。庵魚堂さんのブログで知りましたが、コメント欄がすごく盛り上がっていて、わたしは渋谷川に疎いのでただ眺めてるだけですが、すっごく興味深いです。本は、取材も地図も丁寧さがすごくて、全体からは渋谷川に対する愛情があふれてくるような(羨ましいくらいの)。わたしもこんな愛情を、桃園川に注いでいけたら・・・と思います。少しずつ、読んで行こうと思います。

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測量成果閲覧室と4本の川

Four1 ある一日の軌跡。

わりと自由のきく日。築地へお昼ご飯を食べに行きました。
場内でアジフライ。定食のご飯にカレーをかけてもらい、しあわせのひととき。

築地といえば、築地川。暗渠ではなく、埋め立てられてしまった川ですが、川の名残がすこし、あります。
築地川東支川の、川べりだった家々。

Four2

築地川南支川に架けられていた、小田原橋。

こうやってまるまる親柱が残っていて、建物の一部wになっています。面白い~~。

この小田原橋の親柱に挟まれて、南支川跡にできた駐車場があったので、入ってみました。

Four3

駐車場の一番奥まで行くと、こんな風景。同じく南支川に架かる門跡橋の下です。

どうみてもコンクリートが新しいのですが、形は資料で見る昔の門跡橋とほぼ同じ形のように見えます。そして、川はもう無いはずなのに、少しだけ水が溜まり、じめっとしている・・・。
この隣にももう一穴あり、そこは資材置き場のようになっていました。暗渠ごころがくすぐられます。

Four4

いま歩いてきた、駐車場の脇には、このような細道が。そしてきっとこれは護岸ですよね。それらしき、古い石垣が残っていました。

Four6_2

駐車場の最奥には、門跡橋の上にあがる素朴な階段がありました。

Four5_2

階段から、さきほどの橋下の空間を見下ろすと・・・このような廃テイスト漂う、異空間がありました。写真だとどうも伝わりにくいですが、なかなかの異空間でした。

わたしの場合、食べることも料理も好きなので、築地というだけでテンションはダダ上がりするのですが、こうやって川の名残も見られるのだとわかり、なお一層築地が好きになりました。

・・・しかし、予定はまだあります。築地をはなれ、九段下へと向かいます。

Four7 次なる目的地は・・・ココ!国土地理院関東地方測量部測量成果閲覧室。です!最初はコレをタイトルにしようかと思っていたのですが、文字化けか?みたいなことになったのでやめましたw

初訪問。隅っこにちんまり座っていたのに、職員の方がとても丁寧に色々と教えてくださいました。廊下に成果が掲示してあり、基準点の配点図や空中写真、各種チラシなどが見られて(webでも見られますけどね)色々と面白そうな場所でした。

Four10

購入はやや面倒で、閲覧・購入の申請を紙に書いて提出し、金額分の収入印紙を買いに9階から地下まで行き、そんでまた戻ってくるのです。でもそういう手間もまた一興。
地形図は、くるくると筒状に巻いてもらえます。なんだかとってもわくわくする包み方!写真は戦利品たちです。チラシと、地形図。
ここで、お知らせ~~。6月2日~4日に、新宿駅で「くらしと測量・地図」展~地図が語る災害と復興の歴史~という展示があるようですよ。詳細はここです。

あ、そうそう、以前ここで、「三角点を大切にしましょう」、って何じゃ?みたいなことを書きましたが、この測量成果閲覧室にはダイレクトに「基準点を大切にしましょう」と書かれたチラシがあり・・・、国土地理院のシワザだったのですね。(よく知らなかったのですが、基準点は電子基準点・三角点・水準点等の測量標の総称で、”大切にしましょう”とは、基準点が紛失等大切にされない場合があるから?みたいですね・・・。)

Four8_2 そしてこの国土地理院関東地方測量部は、立地も素敵でした。

正面にはお濠(清水濠)。

Four9

裏側には日本橋川。

この2つにがっちりと挟まれた、ひょろひょろとした区画にこの建物はあるのでした。

そして、仕事先に向かって、紅葉川のほとりでひと仕事をし、

Four11

夜は渋谷で弟と食事。

渋谷川の、まあまあ近くでした。

Four12

弟が「ここの近くの銭湯見せてやるよ」と、さかえ湯まで案内してくれました。

さかえ湯、建物はビルなんですけど、銭湯自体の入口は結構雰囲気ありました。 コインランドリーの在り方も独特な気がします。

・・・そんなわけで、築地川、日本橋川(&お濠)、紅葉川、渋谷川と、それぞれだいぶ異なった歴史を持つ4河川に、すこしずつ触れた1日でした。

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暗渠週間のまとめ

先週は暗渠に関するイベントがいくつかあり、まるで”暗渠週間”でした!
にもかかわらず、延々と微妙な体調不良が続き、マメに記録をUPできませんでしたので、いままとめて記事にしてしまいます。

まず、火曜に暗渠ナイトがありました。
KLO@廃墟徒然草さんによる、新宿ゴールデン街での渋い渋いイベントでございました。
もう、暗渠ナイト、という命名の時点でメロメロ。そして初ゴールデン街!
自分が歩いたことのある場所でも、あれこれ知らなかったことが明らかになって面白かったです。そして暗渠以外の知識や経験も手に入った気がしますw

木曜には、白汚零さんの下水道の写真集発売、展示も開始されました。
これはえいはちさんから教えてもらった情報ですが、暗渠にはまって間もなく見に行った”地下探訪”という展示で、ほれぼれした写真を撮られている方なわけです。それから、わたしが毎日トイレで拝んでいる、下水道局発行のカレンダーの写真を撮られている方でもあるわけです。
展示をちょろっと拝見したら、ここで素敵!と言っている月刊下水道1月号表紙の写真もあり、ますますほれぼれ。初めて拝見する、まるで星空のような写真もありました・・・

土曜には神田川ネットワークの方々と、桃園川支流を歩きました。
この情報は市チャンさんからいただいたものですが(あのときコメントを頂いたこと、本当に感謝です)、わたしにとってはブログ右側の”おすすめ本”に一番最初に載せた本、”神田川再発見”を書かれた方々とお会いするという一大イベント。
すでにリバーサイドさんが記事にされていて、わたしが使おうと思っていた写真と大体一緒だったのが面白いですが、わたしも改めて書きたいと思います。過去記事にだいぶ訂正が入るので、訂正を入れた過去記事(それらもいずれ、自力で発掘した資料で更に補足したいところです)にリンクを貼りつつ行程をなぞります。

Kan1 リバーサイドさん同様、大勢で歩くというのは初めてです。ひらひらとはためく、”神田川ネットワーク”の旗。

荻窪駅から天保新掘用水を目指します。途中、HONDAさんが年末に書かれていた善福寺川支流を通りました。なかなかゴージャスなコンクリ蓋暗渠が連なっていました。今後、中央図書館に行く際に寄って、たのしむことができそうです。

Kan2

つぎにいったん善福寺川に出、取水口近辺から天保新掘用水を辿ります。

まずわたしが天保新掘用水と思っていたところの一部は、違う用水路だったようです。↑のリンク先で歩いているところのもう少し左側の地下をトンネルで抜けていて、目で見ることはできないようです。要訂正!
それから、この写真のように、金太郎車止めがいっぱいある地点のさきに妙に広い植え込みがあるのですが、ここには水車があったのだそうです。

Kan3

更に天保新掘用水は杉並高校脇を通っており、自分が考えていた場所とは数メートル異なりました。
この、写真の中央にある囲われた部分のようです。

そして遊び場24番は、天保新掘用水からの枝用水ではなく、天保新掘用水そのものの暗渠でした。遊び場24番はこの囲われた水路跡をずっと伸ばしていった先にあるのです。

Kan4

それから、以前腹痛をこらえながらも歩いた、天保新掘用水から分流した用水路暗渠と思っていたここ(杉並高校脇~杉並税務署まで)は、善福寺川の旧流路だそうです。これも要訂正。

リバーサイドさんはすでにご存じでしたが、わたしは頭の中で全然違う風につながってしまってました。

しばらく天保新掘用水は地下深くもぐるので、それをイメージしながら青梅街道を越えます。

Kan5

青梅街道沿いからの写真。お気に入りのパン屋さんを惜しみつつ遡ったここは、千川上水からくる青梅街道用水路の分流。相沢堀が阿佐ヶ谷まで伸びていたのは割と有名ですが、その後の時代に青梅街道沿いの用水路は高円寺の方まで伸びたのだそうです。
つまり、ここは天保新掘用水とは関係が無い。訂正してきました。

Kan6

それから交番東支流とか言っていた、あきら書房のある、天保新掘用水とつながるこの流れは、”石橋湧水路”という名が付いているそうです。

水源について間違っていたわけではなさそうですが、、ちゃんとお名前がありましたねぇ、ハハハ・・・。

Kan7

さて一行は、いったん天保新掘用水を離れ、馬橋稲荷、それから馬橋稲荷支流(仮)へと。この水源は阿佐ヶ谷東公園だそうです。わたしは目に見える暗渠しか追ってませんでしたが公園までは歩いていたので、あああ惜しかった・・・訂正しときました。

因みに案内役のケロキさんは”ギー川”というたいへん可愛らしい名で呼んでいました。ギーという美容室があるからとのこと。そんな命名も素敵ですね。

Kan8

それからエトアール通り奥の支流を通ってJR高架まで行き、極狭支流(仮)へと一本隣へ移動します。
するとそこに、lotus62さんがアンキュチュアリと呼んでいたあのエリアに、なんと軍事モノの痕跡がありました!
馬橋駅という軍事用の駅舎跡。わたしは軍事モノ&鉄(薄め)要素で萌えましたが、鉄なリバーサイドさんも、すごく嬉しそうに見えましたw。
それにしても、青梅街道にあった都電の馬橋駅と、中央線の”幻の馬橋駅”までは調べられましたが、高円寺北の軍事施設用の馬橋駅ってのは情報が得られていません。あー、早く図書館とかに行きたいです。

Kan9

さて、高円寺の北側へ。つい先日は「極狭支流(仮)には続きがあった」などと興奮していましたが、さらにもっともっと続きがあったことも分かりました。(というか不足分の一部は情報を得たのですがそれでもまだまだ足りていず、ケロキさんは水源までご存知でした!)

こういうせま~くて味のある流れが、もっともっと北まで続いていました。こういう狭い道を、皆で一列で歩くのです、なんだか面白かったです~w

Kan10

ここが歩いて辿れる最上流部です。この向かいのお宅の中に、水源(推測)があったようでした。途中で途切れる、と思った場合わたしは1ブロックぶんくらいしか探索しないのですが、もう少し広範囲に調べた方が良さそうですね・・・ってわたしどんだけ省エネだったんでしょうかw

あまりお喋りできませんでしたが、ケロキさんは桃園川にかなりお詳しいようす。わたしは桃園川がたいへん好きで、暗渠仲間の間では桃園川担当者気分でいたものですから、最初はムム、ライバル出現とか阿呆なことを思っておりましたが、こりゃライバルどころじゃありません。ちょっとした質問に答えてくださるときの、答え方や知識の多さがちょっとHONDAさんと被り、もしかしたらこのお方はお師匠さんかもしれない・・・とか思い始めています。

それにしても自分は、これまで得た情報の統合の仕方が、ほんとに初心者だったなと感じました。他の方の成果をナマで聞くのって面白いです。もちろん、調べるのは楽しいので、今後も調べていきますけれど。このような催しに、今後も参加させていただけたらとっても励みになる気がします。
すべての催しの関係者のみなさま、どうもありがとうございました!!

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東京ぶらり暗渠探検(本)

Book_2

東京ぶらり暗渠探検、という、本ブログからもリンクさせていただいている先輩方の書かれた本が出版されました。というか、暗渠関係のみなさまは既に入手されていることと思います・・・わたくしも遅ればせながら入手いたしました。

東京駅のオアゾの丸善では、新刊本が置かれるような中央の机の上にどっさり平積み、そして手作りのPOPが!ブラタモリで話題の暗渠、とかそういう文章だった気がします、そしてタモリの横顔つき。なんだか嬉しかったですねぇ。

わたしが暗渠にハマり始め、情報収集を開始した去年の初夏、このようなダイレクトな暗渠本はありませんでした(初心者のわたしは”暗渠”以外の検索語がまだわからなかったのです)。・・・今なら、書店で検索すれば、きっとこの本が出てくるのでしょう、なんだか感慨深いことです。
読んでみたら、おどろくべき精密さと充実ぶりで、、、なんだか勿体ないので、少しずつ読み進めています。愛する桃園川には支流が無かったのがアレ?でしたけど、それは今後自分で探求していくのでよいのです!

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水と 道路と 人々との交差点

マンホールから水の音が聞こえてくると、川のせせらぎのようでうれしくなります。

暗渠あるきを始めてから、マンホールがとても好きになりました。
最初はまず、”蓋を見ただけで、なにものかがわかるようになりたい!”という思いからだったのですが、なんだかいろいろと興味をひかれて、マンホールの本を探すようになりました。いろ~んな蓋の写真を載せた本などもありますが・・・、気に入っているのはこれでManhole_2 す、マンホールの博物誌

歴史編、文化編、技術編、と、専門家たちが概説してくれ、雑学も挟まっています。読みやすく、わかりやすく。江戸の下水道のはなしも、現在の下水道および上水道システムの図説(立体的でゴージャス!!)も・・・、技術編になるといよいよタモリ倶楽部みたいになってきて、読み応えがあります。
それから、デザインもとってもすてき!なんです。

うーん、買ってよかった。
とにかくコンテンツが多いので、じっくり読みたいと思います。

ところで、「月刊下水道」の1月号の表紙も、秀逸。
去年1冊買ってみて、私の関心と少うしずれていたのでリピっていなかったのですが、また買いに行きたくなってしまいました。

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