3-5 特集:暗渠酒マラソン

暗渠沿いでハシゴ酒

音無川洋酒マラソン

”春らしい記事”第二弾は、夜桜もの。音無川洋酒マラソンであります。

久しぶりなので、一応「暗渠酒マラソン」の主旨もご紹介。
埋立てられた掘割沿いを歩きながら、飲み屋を飲み歩く。遺構が少ないが飲み屋は建っている、下町系暗渠に対する新しい味わい方の提案。と、いうのがもともとでしたが、下町系から外れる場合もあります。

そして細かいルールとして、
・川沿いを逸れずに歩きながら、適当な飲み屋を何軒かはしごする。
・メイン走者は掲げた種類の酒を1杯は必ず飲むこととし、伴走者はそれに限らない。
・つまみは自由。

と決めています。「川から外れない」「飲む酒を変えない」という縛られ感がタマラナイ・・・はず(=元祖のホッピーマラソンから受け継ぐ精神)!

竜閑川焼酎マラソン、忍川ビールマラソン、浜町川日本酒マラソン。とやってきて、花見を兼ねた藍染川桜酒マラソン、のみちけを利用した谷田川のみちけマラソン、と特別枠もやりましたが、まぁ主要なお酒はもう飲んじゃった感があります。
次はワインかマッコリか・・・。
で、ある日音無川を歩いていて、「これはワインだな」と思い、しかしワイン縛りにすると制限がきついので、ウィスキーも可とし「洋酒マラソン」とした次第。桜並木もあることだし・・・。

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こんな感じの配布物をこしらえて(google earthさんありがとうございます)。
まあ、隅田川との合流口までなんて行けるわけないわな、三ノ輪に行けたら上出来だな、などと思いながら王子駅に集合。この日のメンバー、U氏、M氏、O氏、T氏、M氏、L氏、自分の7人。いやぁ何がすごいって、年度末の金曜日だってのに、全員19時前に王子に来れてるっていうwww

さ、行く前にいちおう音無川の説明もざっくりと。
石神井川が”王子の大堰”で水を分け、飛鳥山の麓を回って中里、田端、日暮里を通り、山谷堀から隅田川に注いだもの。付近にとっては重要な農業用水であり、大事な仕事「水番」や水争い、雨乞い等の話も残っています。下郷用水、王子川、などの別称もありますが、地元の人は「せき」や「音無川」などと呼んでいたもよう。石神井川の別称にも音無川、王子川があるので、やや混乱するけれど・・・

清流に魚の泳ぐ風景が見られたのもいつ頃までか。明治16年の日本鉄道敷設工事の際に上流が埋立られ、残る流れも昭和9~10年頃には暗渠化されたようです。

音無川、実は最初しばらくは洋酒が飲める店なんぞありません。1回目の給水地点は上中里のセブンイレブン、そこまで飲まず食わずってことで。

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じゃ、しゅっぱーつ!王子の大堰を幻視したつもりで、飛鳥山の麓へ。

残った2軒の飲み屋に灯りがともる、さくら新道の前を通りますよっと。お~、飛鳥山の桜まつりで、良い感じにぼんぼりがつるされてますね~。桜も咲いとる!

おっとここで早くもU氏が持参したハイボールをプシッ!イイネェ、フライングww 何本飲むつもりなんだか、既に2本目まで手に持ってます。あっ、そういえばメインランナー決めるの忘れちゃったよ・・・ま、いっか。

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線路のすぐ脇なもんで、貨物が走るたび、「おーキター!」「貨物かっけー!」気を取られっぱなしです。今宵は鉄分との戦いになりそうな・・・

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大きなカエルにも出くわし、歓喜してします。実は飛鳥山のこっち側、謎の池と排水口らしきものがあるんです。こんな位置に池をつくる意味はなさそうで、もともとあったのではないか、と睨んでいるんですが・・・

で、ここらへんで、音無川は線路を横断して東に向かいます。

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昭和22年の飛鳥山あたり(gooさんありがとうございます)。線路を横断していく音無川(たぶん)が見えます。謎の池の水も合わせていたらイイナア。

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いちど坂を上り、隠れスポットみたいな歩道橋を降りてきて、音無川の近くまで行きます。

ちょっと見にくいかもしれませんが、写真左手は低くなっていて、用水である音無川は高い方のこの道路を、踏切を渡ってすすみます。

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上中里あたりにあった謎の穴(水路跡ではとの推測)。

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何軒ものタクシー会社。
廃団地。
等々、我々の沸くポイントを経て、

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やっとこさ桜スポットにやってまいりましたヨ!

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予定通りセブンイレブンで酒とつまみを調達。・・・おっといきなり”適量のワイン”とか売ってませんよ。しようがねーや、シードルにするか。持ってきたグラスにトトト・・と注いで。おつまみは、さけるチーズのガーリック味を、ワイルドに「さかないで」食べましょうかね。

いやぁ、いきなりウィスキーのボトルをラッパ飲みしようとする人が2人いるんだけど大丈夫かいね・・・。

みなさん思い思いの飲み物を手に、 かんぱーい!

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ここで、7人縦並びになって飲みました。
桜のじゅうたんみたいでイイねぇ!
実はここ、両側が車両基地でしてね。鉄分濃いめのO氏がいろいろ教えてくださいました。

ちなみにこのすぐ後ろに老人ホーム(&中里貝塚の碑)があるんですが、

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(飲んでた場所が オレンジ丸のところ)(gooさんありがとうございます)

ほぼ同じ位置の昭和22年航空写真だと・・・、

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こんな場所だったのかー!丸い、丸いよ!

ほか、近くには引込線の踏切とか、鉄道神社とか、もと○○○マンションとか。

Isu

こんなすてきなカップルシートもありますよw 鉄分含有者のT氏が巻尺で測りだすなど・・・

あ、夜に撮った写真はボケボケのが多かったので、たまに昼撮ったやつを混ぜます;

そして誰もが”暗渠”マラソンであることを忘れ始めたころ、

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川跡感が非常に高い場所が出現するのであります! 
数十メートル続く、放置スペース。

このさきに、個人的に”観客席”と読んでいる場所があります。

Kankyakuseki

枕木でできた席のようなものから、貨物の線路、それから幾つかの路線を見ることができるんです。その下をこういうふうに音無川が流れています。

そこへ行って、

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今度はハイボールで、かんぱーい!

ちょうど貨物車が止まってました(この運転手さんは手を振っても気づいてくれませんでしたねぇ)。ここでもO氏の解説付き。どうもありがとうございます。

で、また線路密集地帯を上ったり下ったりしながら、西日暮里の駅前へと向かいます。

Elle

次の給水地点は、このオレンジ丸のところ。スペイン料理”エル・フエゴ”。水色矢印が音無川流路なので、もろ流路沿いです。
しかも、暗渠を目の前にのぞむテラス席ありー!・・・実は今回のマラソン、このエル・フエゴありきの側面がございまして・・・そもそも、最初にわたしが「あ、この席でワイン飲みたいわぁ」と思ったのが始まりだったのであります。

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念願のテラス席でお食事!

待望のワインでございます。いやぁ~、やっぱ赤ワインはうまいねぇ。うまいわぁ。チーズ盛り合わせのガーリック風味のチーズもおいしかったし、チキンのガーリック焼もやたらおいしいこと!

いろんなものがクルクル回る、いいお店でございました。

で、酔っ払ってきて、踏切で電車に全力で手を振ったりしてね・・・まだまだ進みますよ・・・

Shogunbasi

やっと音無川の橋が出てきました。将軍橋。でも、ここではふざけてる写真しかなかったので昼の写真・・・

日暮里、鶯谷と進みます。

Hiruotonasi

根岸からは己のテリトリー、T氏の喋りが冴えました。”みのわ”の由来とかね。ありがとうございました。

しかしこのへん、全然写真撮れてないな~。三ノ輪ラムネ跡地も暗すぎて・・・。

コンビニでもういちどハイボールと唐揚げで給水したのち、

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三ノ輪橋まで来ちゃいました。
将軍橋と並ぶ、数少ない音無川の遺構。なんと隅田川までもう少しのところまで来ちゃいました。よくもまあ酔っ払いながらも歩いたね!

でも・・・なんとなく夜の吉原へと足が向いていきます。
ちょろっとカフェ―建築を見たりして、そして次に選んだお店とは、

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ソープランド街にある、らーめんランド

なにげなくノリで入ったこの店、

Ramenland


なんと明治期の地図ではちゃんとおはぐろどぶ(青点線)の脇にありますwww

しかもここ、ちゃんとおいしかったのでした(チェーンらしいんだけども、なんか雰囲気が独特・・・)。ラーメン、地獄ラーメン、梅しそチャーハン、たらこチャーハン、ルース―丼・・・執拗に写真を撮ってみましたが、ビジュアル的にはコレかな。

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エビチャーハン。エビの数おかしいwwそしてウマいww

そんなこんなで夜も更け、終電も去っていったのでありました・・・。

音無川洋酒マラソン、おはぐろどぶにてゴォール! おつかれさまでありんした。ランナーのみなさん、ご参加ありがとうございましたー。

                        ***

実はわたくし、もうひとつの藍染川の記事を書いたあたりから、荒川区にハマり始めていました。しかし、かの藍染川はやや特殊なので別として、荒川区内の水路はそのほとんどがこの音無川の分流のようなのです。
つまり、荒川区の母といえる、ほんとは偉大な音無川。酔っぱらって歩いちゃって、スミマセン!
そんなこんなで、荒川区の続編もいずれ書いていきたいですが、もっと煮詰めないと書けなさそうなので、しばらく先になりそうです・・・。

・・・暗渠酒マラソン。ランナーの方が「そんなマラソンなど無い」みたいに言われてしまうことがあるそうですが、このようにちゃんと実在いたします。次はマッコリか、初心にかえってホッピーか・・・

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谷田川木戸孝允邸支流(仮)と「あの欄干」

谷田川を下りながら、暗渠本では触れられなかった支流を紹介するシリーズ。舞台は駒込へとうつります。

木戸孝允(の別)邸が駒込にありました。そして、その邸内にも湧水池があったといわれます。木戸邸跡に向かうには、谷田川の谷底からこ~んな階段を上っていきます。

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ずいぶんと存在感のある階段。
東京の階段DBには、「駒込1丁目のクランク型階段」として紹介されています。

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もともとは広大だった木戸邸の敷地は、現在は分割されているようです。
先ほどの階段を上り、台地の上をてくてく歩いていくと、トーア駒込マンションという文字が見えてきます。このマンションは、木戸邸が3分割されたうちの中央部分に当たります。

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道路を迂回し南側に回ると、木戸邸があったことを示す石碑がありました。

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さて、湧水があったということはどれだけの窪みかな?
残念なことに、ぼーん、ぼーんと大きな建物が立ちふさがっていて入れません。急崖があることだけは、なんとなーく、隙間から見えます。

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幸運なことに、その一角がたまたま工事中でした。
いま、自分が立っている位置が道路の位置。突然深い谷が出現することが、工事現場からも感じ取れます。で、いかにも水が湧きそう、とは思うのですが、湧水池(の名残)など全然見ることができません。

・・・昔の写真ではどうでしょうか。木戸別邸は、昭和20年に空襲で焼けてしまったといいます。たしかに、昭和22年の航空写真ではここは焼け野原であり、ぼやけていて池があるかどうかもわからず、そして敷地の全貌もわかりませんでした。

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昭和38年になると(gooさんありがとうございます)、周辺には住宅が建っています。写真中央部分の、木々の間に水面が見えます。
右寄りにある民家がおそらく土居さんという方のお宅であり、このお宅と庭園が最後まで昔の面影を残していた、と言われますが、平成9年に取り壊されてしまいました。

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現在の航空写真。土居邸の後に駒込パークハウスというマンションが建っています。土居邸の庭には「フ」の字型の池があり、昭和50年頃までは湧水が見られたそうです。が、その池のあった位置にも建物が被さってしまっています。この谷頭の最後の湧水、今はどうなっているのか・・・

丸印のところには、いまも池がある雰囲気です。約10年前の情報だと、3分割された土地にはそれぞれ池があり、水を循環させていたようです。今もそれぞれ、マンションの中庭として、この谷頭の自然を利用してはいるみたい。

左側の敷地は以前は電通生協会館でしたが、これも今は新しいマンションになっているようで・・・それが売出し中の記事に、「木戸邸別邸があったこと」をウリとしている文言を発見w まあとにかく木戸邸はとても広く、その1軒の敷地に現在は何百?何千?人という人が住んでいる、というわけですね。

さて、水源探しはこのくらいにして、そこから流れる谷田川支流を追ってみましょう。

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谷を見ることはあきらめ、外からまわっていくしかありません。
坂を下っていく途中に石碑があって、ここは江戸時代後期以降旗本本郷丹後守の下屋敷であったこと、石碑は将軍から獲物を下賜されたことなどが書いてある貴重な史跡であること、明治になると木戸孝允がここを別邸としたことなどが書いてありました。

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限られた道を、なるべく谷に近づくように通ります。ここは谷戸の縁といったところでしょうか。

この壁の左端あたりが、豊島区と文京区の区界です。すなわち、谷の続きにあたるのかもしれません。

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そして、この写真奥の赤茶色のマンションの右端が区界。マンションの左側の土地がだいぶ高いので、この建物自体谷底にあるのかもしれません。

おそらく、木戸邸の急崖で染み出すように湧き出た水たちは、目の前の道路を横断するように流れて、

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この、丸印のところ=区界を下って行ったと思います。豊島区駒込と、文京区本駒込の間です。

明治期の地図だと、上流は描かれていないのに、むしろここに水路が出現します(もう少し南にも湧水池があったかのような描かれ方で)。

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この隙間がさっきの区界の反対側です。
ココから出て、

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ココを通り、

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谷田川へ注いでいたと思われます。

閉じられた上流端。途中からは追えますが暗渠感が乏しく、区界であることと、明治期の地図に一部だけ載っていること、くらいしか根拠のない支流です。が、ここも一応、谷田川支流と捉えたいと思います。

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駒込といえば花街(神明三業地)があったところでもあります。
この写真は三業地のエリアで撮ったもの、奥にちらりと見えるのがさきほどの谷底マンション。つまり、木戸孝允邸支流(仮)と駒込の花街はとても近く、というか、支流は花街の端っこを掠めて流れていたと思われます。
花街のあった低地は、谷田川本流の右岸ともいえます。大正10年に営業開始、数年でめざましい発展を遂げたというこの花街と、すぐ横にある田圃や水路との風景の組み合わせを、見てみたかったものです。最盛期で芸妓は400人ほどもいたといい、今の「静かな住宅地」からは想像もつきません。戦後、料亭34軒をマークしたのを最後にあとは衰退の一途で、現在は名残もほとんどありません。。

さて、一杯いくか。

ちょうど谷田川・藍染川の記事を書くため、このへんをウロウロしていたとき、「のみちけ」なるもののチラシを見つけました。
駒込巣鴨、谷根千などで展開している企画で、のみちけ公式ホームページはコチラ。5枚1綴りが3000円のチケットで、加盟店でお得に飲むことができます。基本スタイルはチケットを1枚(=600円)出せば、酒1杯と食べもの1つ。この時点でもうお得なのです。そして選択肢が結構多い(夏は50軒ほどだったかな)!チラシを見るだけでわくわくしてしまい、夏に”谷田川のみちけマラソン”をしてきました。
そう、暗渠酒マラソンと「のみちけ」のコラボレーションです。5枚綴りのチケットを1日で使い切る=5軒ハシゴする、という暴挙に出てきました。最初の3軒は谷田川沿いです。

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最初の1杯は、立ち飲み「逆転クラブ」で生ビールと焼鳥2本、ポテサラのセット。の予定だったのですが、ありがたい誤算?で、この日はポテサラがおでん盛り合わせになってやってきました!わーいうれしい!

近所のおじさま方が集う気さくな良店。ですが、あと4軒あるのでサクッと去り、

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2軒目は少し下って、板前で焼鯖と焼酎。サバがとても美味しかった!

3軒目はさらに下って家和(は、もう加盟をやめたっぽい?)でブロッコリーとホタテの炒め物ともう1品と紹興酒。なんと突き出しの枝豆もサービスという大増量。

そこからは谷田川を離れ、4軒目は駒込駅前のホワイトヒマラヤでネパール風鶏唐(うまい!結構いっぱいくる!)とレモンサワー。5軒目は巣鴨方面に移動して、ロイヤルスターシップでカレー(ルオーっぽい美味しいカレー!)とビール。・・・かなりの満足感でした。店とメニューの組み立てを考えるのもすごく楽しかったです。
※メニューは季節で変わることもあるようです。そしてエリアがまた拡大するみたいですね。

・・・なんだか記事が詰め放題の様相を呈してきましたが、最後に小ネタをひとつ。
タイトルは、「だんだん見えづらくなるあの欄干」です。

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HONDAさんが、中里用水ガードのところに橋の欄干が埋め込まれている、という実におもしろい発見をし、藍染川桜酒マラソンのときにはここは重要撮影ポイントとなりました。

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その後、谷田川・藍染川の項を書くことになったので、この欄干と用水ガードは是非入れたいなあ、と思い、改めて写真を撮りに行きました。

自転車が邪魔だなあ。それから、ホワイトバランスを酔っ払っておかしくしてしまった・・・。なので、もう一度日を改めて、撮り直しをすることに。

Rankan0829

再訪。

うぅ・・・自転車増えてる・・・。しかもヤな感じに・・・。

Rankan

今回の記事を書くために、再々訪。・・・見えづらさ進化してる・・・

結局、一番写りが美しいのは、最初にこの欄干の存在を知ることとなったときの、HONDAさんの記事だったのでした。ガードレールもないしね。わたしがこの欄干とガードを美しく撮ることができるのは、いつの日か・・・。

<参考文献>
清水龍光「水」
上村敏彦「東京花街・粋な街」

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浜町川日本酒マラソン

今回の暗渠酒マラソンは、”浜町川日本酒マラソン”です。
浜町川に関する情報は、「泣く子も黙る浜町川」「泣く子も黙る浜町川 昼間編」であらかた書いているため、今回は川跡で酒を飲んだ、という内容が主となりますw
暗渠酒マラソンの概要については、過去記事(龍閑川)参照のこと。

浜町川の起点をどことするか、というのは、時代によって異なってくるのですが、一番長くなってる時=神田川からってことにします。てなわけで、神田川の和泉橋に集合・・・おおっと、すでに缶ビールを飲んでフライングしているランナーが2名ほどいるではないですか。いい川ビールですね!わたしはウコンを飲んでウォーミングアップです。

和泉橋に立って浜町川の水門を眺めてから、スタート地点へ向かいます。
なお、今回の縛りは日本酒であり、あまりにビール日和なこの日に、メインランナーになりたがる人はおらんだろう、と思っていたら、L氏が挙手してくださいました!L氏はその心づもりで、一杯目のビールを和泉橋で飲み干していた模様です。

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さてさて、スタート地点です。

ここは柳原河岸。向こうの古い建物のこちら側にある出入口を見ながら、舟運があった頃に思いを馳せます。・・・ああ、それ、一人で来たときには考えなかったことだなあ。

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もうひとつ、自分では気づかなかった発見。H氏いわく、この白い地面は橋跡ではないかというもの。たしかに、歩道の模様がこの部分だけ異なっており、まあるく盛り上がっています。
ちょうど、柳原橋があった場所です。

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そうか、柳原橋跡は、残っているんだ・・・!すごいー!

ここ、都電の電停もあったということです。
写真のうち水色の四角が、現在浜町川跡として辿れるスペースですが、浜町川の川幅はもっともっと広かったといわれます。柳原橋跡との比較でみると、残りの左側のスペース(ビル1こ分)も浜町川であったことが推測できます。

つづいて、大和橋を渡って、

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隙間を下ります。ここからはしばらく、ビルの間の一本道。
うぅ・・・夜でも大丈夫なカメラのはずなのに、ぼやけている。今回、ファインダーもろくに見ず、適当に撮ってただけなので、川跡の写真がひどいのばっかりww(なのでいろいろ省略します・・・)

ちなみに、この位置は浜町川の人生の中でも新しい部分です。開削された当初(江戸初期)は、流路は東日本橋3-2あたりまでしかなく、その後江戸期のうちに龍閑川合流地点まで、そして明治に神田川まで延長されます。
龍閑川との合流地点の前、岩井橋付近に藍染川(神田駅付近から始まる、神田の藍染川)があり、史料上の埋立時期を比較すると、藍染川と浜町川も交差している時期が僅かにあるはずなのですが、それが見て取れる情報がありません。なので、そこはサクッと通り過ぎて、

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ちょうど、その龍閑川との合流地点のところに一つ目の給水ポイントがありました、昭和横丁。アウトドア席に座ります。待ってましたビーーール!

メインランナーL氏、なんと熱燗を頼んでいます。マジか。そして心優しきM氏が冷酒で伴走しています。わたしは無慈悲にビール。ごめんね!

奥に見えますのは鶏の唐揚げの残骸です。今は無き橋本会館の跡地を眺めながら、鶏唐や、ニンニクの天ぷらやモツ煮をつつきました。

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さ、サクッと飲んでは去るのが暗渠マラソンのポイントです。

夜の浜町川をどんどん下ります。
こんな雰囲気の場所なんですが、なぜか、ところどころで人が座り込んで喋ったりしています・・・某氏の名コメント「浜町川は人が多い」。なんだろうオフィス街だからなのかな、夜に人が増える暗渠なんて珍しい気がしますよ。

川沿いに上品なイタリアン、賑やかな韓国料理、餃子のお店など、給水できそうなお店は数軒あるのですが、それぞれスルーして、

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2つ目の給水所は、ここにします。きらく
実は1杯目のサワーとビールが安いので狙ってた店なんですが、そんでわたしは狙い通りサワーを飲んだのですが、・・・L氏がまたも熱燗を、M氏が冷酒を頼んでいます・・・ww
そして2軒連続で、熱燗はすぐ来るけど冷やは遅く来るという不思議。

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ポテトサラダの天ぷら。
ちくわにポテサラがイン。この「きらく」にはなかなか気になる独創メニューがあり、また飲みに来てみたいな、と思いました。

そしてトイレでこの店の住所を見て、やっと気づいたのですが、ここは東日本橋3-2。・・・浜町川が最初に開削された時の上流端だった場所なんです!
奇しくも1軒目も2軒目も、浜町川の歴史的境目で飲んだことになるわけです。たんなる偶然だったんですが、なんかうれしいぞ!

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鯛とオクラのわさび和え、珍味三種などをサクッと食べて、再び浜町川へ。
その先、遅れて参加のM氏とかなりスムーズに合流できました。お互いに現在位置を知らせるでもなく、「川を下る/上るから」という言葉だけで出会えるってスゴイな~w

夜の問屋橋商店街を味わいます。こちら側はしんとしていますが、

Tatinomi

反対側にはこのような海鮮立ち飲み屋があり(昼間の写真で失礼します)、かなり気になってました。店内、かなり賑わっており期待が高まったものの、人数制限があるようで「5人までだから」と断られてしまいました(6人だった・・・号泣)。

仕方がないので給水ポイント探しつつ下ります。浜町川から離れないというのが本来のルール(つっても自分で決めたやつだけど)なのですが、竃河岸だけは行かせて欲しいとお願いします。なぜかというと、

Hettuimap

前回の記事のとき、”久松橋のあたりから竃河岸が始まっていた”という記述を見て、消防署の裏から始まるように書いていました(この地図で青線を引いているものの一本北の太い通り)。が、それよりも一本ずれているということが時層地図等により判明し、しかもその道が細道だったので、胸がきゅんきゅんしていたのです。

竃河岸に入ります(写真撮り忘れ)。飲み屋さんが数軒あって、給水し放題!と嬉しくなります。

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竃河岸の段差だけはなぜか撮ってました・・・。

竃河岸沿いの飲み屋さんも給水ポイントとして許可します(竃河岸=浜町川の入堀なので広義には浜町川・・・)!ってことで、入ったのがごっつぉう。位置的には、元吉原の廓内です。

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串天盛り合わせ。なんか、見た目に風流ですね~。今度はL氏、冷酒にしているようです。

・・・って、また揚げ物か!気づくと揚げ物を頼んでいませんか、この人たち。

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竃河岸の後半はこのように極細道となっていて、非常にたのしかったです。
歌舞伎町の辺りにある、裏路地に似てる。

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最後の一ブロックだけ入れなくなって、人形町通りとの合流点に回ってみるとこういう感じ。
もとは、ここから左に折れ、吉原の周囲をぐるり囲って、浜町川に戻る入堀だったのでした。元吉原が火事で焼けてしまい、浅草に移転となったさい、その入堀は埋められてしまいました。けれど、この向こうにあった蛎殻銀座のおかげで、竃河岸だけが水路としての寿命を延ばすことができたといわれています。今も、その名残がこんな風にたしかめられます。

Hamam14 

ついでに人形町をぐるっと歩いて川に戻ります。いい感じの建物が多い!

酒つながりってことで酒屋さんをパシャリ。それから、この右側の路地を入ると、ワイン飲み放題の店もあります。

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これこれ。暗渠沿いで梯子酒だなんて酔狂なことをしている一行に、おあつらえむきの店かもしれない。しかし残念なことに、ここは流路じゃないんですよ・・・だから寄るわけにはいかなかった・・・嗚呼実に残念です!

我々には浜町川を最後まで歩くという目標があります。浜町川に戻ります。

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夜の緑道。
一人で歩くとちょっと怖い夜の緑道も、数人いるから、なんだか安心な気がする。

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で、箱崎川と合流してゴール!と相成りました。
夜の箱崎ジャンクションは、昼間よりも「ゴウン、ゴウン」と音が響いてくる感じがしました。これ見て、川跡のときよりも興奮してる人も・・・

で、箱崎川支流跡もちょっと見て、

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人形町に戻って打ち上げ飲みをしました。
なぜか袋小路の話で盛り上がるなど。それぞれ、ぎりぎり終電に間に合うように帰ったようですが、終電を逃して更に神田川を歩いたというS氏・・・お疲れさまでしたホント。他のみなさまも、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!

※しかすけさん(←上記S氏のことですw)が、マラソン時に撮られた写真をUPしてくださいました。うーん、すてきな写真がいっぱい!!ぜひご覧あれ→”散策家しかすけブログ:浜町川日本酒マラソン” (しかも夜歩き続編もあるようですw)

暗渠酒マラソンシリーズ、焼酎、ビール、日本酒、という流れでやってまいりました。次はウィスキーかホッピーか、はたまたマッコリか?どの川、ってまだ決めていませんが、おそらく突発的に開催すると思うので、参加お待ちしてまーす。

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藍染川桜酒マラソン

去年、花見を兼ねて行おうと思っていた暗渠酒マラソン。
先日、無事に開催することができました。

久しぶりのマラソン記事なので、暗渠酒マラソンの趣旨について再掲しておきます。初回である竜閑川焼酎マラソンでは、以下のように決めていました。

企画コンセプト:(竜閑川の)埋立てられた掘割沿いを歩きながら、飲み屋を飲み歩く。遺構が少ないが飲み屋は建っている、下町系暗渠に対する新しい味わい方の提案。

さらに、細かいルールとして、
・川沿いを逸れずに歩きながら、適当な飲み屋を何軒かはしごする。
・メイン走者は掲げた種類の酒を1杯は必ず飲むこととし、伴走者はそれに限らない。
・つまみは自由。

を、掲げています。

これまで、焼酎縛りの竜閑川焼酎マラソン、ビール縛りの忍川ビールマラソン、を開催しました。そして、藍染川桜酒マラソンは前2回とは異なり、酒の種類で縛らずに「桜を見ながらの酒」、また、青空宴会も含む、という特別ルールとすることにしました。
※後半部では居酒屋に何軒も入ることを考えると、人数は少なめに抑える必要があったので、広く周知できませんでした。

・・・去年、花見どころではなかった春を過ごし、今年、まだ花見どころではない人もいらっしゃるだろう中、いろいろな思いを抱えながら、花見をする人はしたのだろうと思います。
わたしもいろんなことを思いつつも、それなりに準備をし、楽しみに臨みました。

では、マラソンレポートに入りたいと思います。まずは、巣鴨駅に集合。そこから、マラソンスタートです!

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源流である染井霊園を目指します。この辺の隠れ名所の一つだと思っている縄ばしご屋さんを通り過ぎ、霊園入口にあった「禁糞」という張り紙に衝撃を受け、のら猫に気を取られ・・・(こんな風になんだかんだと時間を取られちゃうのです)、霊園に入っていきます。

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染井霊園の桜は、残念ながらほぼ散っていました。なので、上を見上げても桜色ではありませんでしたが、そのかわり、地面は桜色の絨毯でした。歩いていると、はらり、はらりと桜が落ちてきて、それもまたよきかな。
ここ(目の前の窪地)に長池があり、藍染川の水源となっていた、といわれます。

と、いっても、

Aizomemap0

藍染川の谷はこんな形をしています。(google earthさんありがとうございます。)古石神井川の谷を間借りするような形なので、源流部が所謂源流部らしいバランスをしていません。

長池は、お隣にある中央卸売市場(巣鴨御薬園跡)の土地までまたがる、大きなものだったようです。霊園には別な場所に丸池もあるという情報もありましたが、今回は突き止められず。

長池のほかにも、このあたりにはかつて至る所に湧水口があり、また、大根の洗い場もところどころにあったということです。今回の地図には載っていませんが、もう少し北にも谷がいくつかあって、川はそれらの水も集めて流れていました。

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長池から流れ出す川跡に沿って、歩き始めます。

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少し行くと、慈眼寺のところに不染橋の親柱(このまえ谷戸ラブさんが書かれてました)。わたしはマラソンのロケハンに来た1年前、この前を思いっきり通っているのに、見過ごしていました(がくーっ)。そしてその奥にある家のあたりが、少しだけ低くなっています。そこに、かつて釣堀藍染園という釣堀があったといわれます。
さっそく盛りだくさんな最上流部。このあたりは、「池ノ尻」という地名だった時代があるようです。

第一回目の給水にします。
給水ポイント(①)は、かつての海軍火薬製造所→外語大跡地、そして藍染川に西から迫る谷戸(の、公園)。そこで、レジャーシートをひろげ、チャーシューや玉子焼きやおにぎりと、日本酒をやっちゃいます。まだ午前中、11時にもなってないくらい(悦)。(なんと、給水中の写真を撮っていない・・・。)

ささっと飲み食いをしたら、大人な感じでさっと移動。支流が通っていたり、植木屋さんの伊藤伊兵衛宅の池があった場所などもありましたが割愛します。

本流に沿って下っていきます。

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やがて染井銀座商店街と流路が重なります(商店街の北に区境があり、そちらも流路のようですが)。
染井銀座商店街は、マンホールが桜型になっているすてきな商店街です。
さっきからわたしは藍染川と連呼していますが、場所によって呼ばれ方が違います。このあたり、即ち上流部では谷戸川と呼ばれていたようです(そして田端あたりまでは谷田川がとても優勢)。でも、ここでは用語の統一ってことで藍染川と呼ばせてください・・・

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染井銀座商店街は、猫のたくさんいる場所でした。この猫は犬と向き合ってくつろいでいたのだけど、シャッターチャンスをのがした!犬、逃げた!

さてそろそろ、2回目の給水です。給水ポイントは染井コミュニティ広場(②)。そこはすばらしき猫公園で、ろっちさんもレポートされていました。人なれしているし、とてもかわいい猫さんたち(またも写真を撮っていなかったので、ろっちさんの記事をご覧ください)。
桜もありつつ。缶ビールをプシュッ!と開けて、しばし猫さんとご歓談いたしました。・・・またも、給水中の写真がない・・・orz
ここではそんなに食事をしなかったけれど、猫の引力でなかなか長居した気がします。

で、伊藤つつじ園(崖下湧水をくみ上げた人工池)、染井跡(井戸跡、現染井稲荷)といった湧水ポイントはすっとばし、一行は大きい湧水池があったらしい林武平邸跡地を目指して、本流から逸れます。

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商店街から、豊島区と北区の区界に沿って南下します。その道は狭く未整備で、池からの流れはここを通っていたのかな、と思わせるような雰囲気が漂っていました。入口は魚屋さんで、バケツに入ったどじょうを「むかしはこの川で採れてたかな」なんて眺めたり。

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そして辿り着いた池跡は、たぶんだいたいここらへん。
左手に崖、そして道は中央のみ緩やかに凹んでいて非常に興奮する眺めでした。汽船会社で富を築いた林家の敷地はとても広く、庭内にはテニスコートと大きな湧水池があったそうです。

もうひとつ、目指した支流がありました。それは、駒込~西ヶ原にあったといわれる小川です。林家の池跡から東に回って、駒込3-6と3-8の間にあったという水源を目指して歩いていると・・・、

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突如現れる絶景。支流脇にある、妙義神社の桜のうつくしいこと・・・!
神社のロケーション自体、みごとな岬っぷりで、それだけでもため息が出るほどで・・・。この美しさはこの写真では伝わりませんねぇ。とにかく、藍染川散策をするならば、妙義神社は入れたほうがいい場所です、ホント。

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水源は上述の場所で、そのなだらかな谷頭で湧いた水と、津藩藤堂家下屋敷の下水とをあわせ、妙義神社の下を通り、このような狭い、いい谷を通って霜降橋の辺りで藍染川に注いでいたようです。妙義支流(仮)とでも呼びたいところです。

下流には亀の湯というどっしりとした銭湯があり(以前は妙義湯という名だったという)、その脇も小川は通っていたようです。ほかにもよく見ると、お店の名前などに「妙義」が残っていました。

合流地点である霜降橋霜降銀座のゆるキャラ、しーちゃんもお忘れなく!ちなみに霜降銀座商店街のページは川の情報も多くて秀逸)には、肉のホンダがあり揚げ物がいろいろあります。そこで、次の揚げ物を仕込み、次なる給水ポイントへ。
つぎのポイントは、実は流路を若干逸れてしまう(マラソン的にはダメなこと)んですが、んーーー、まああげ堀とかあったかもしれないしいっか!と、無理やり採用された、東中里公園(③)。またもレジャーシートを敷き、食べつつ飲みつつ桜を愛でます。   Σまた、給水中の写真を撮っていない!

で、青空宴会はこれが最後なので、ひととおり飲み食べきり、また移動します。

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つぎなる名所、中里用水ガードを通過。
「用水ガード!!?」と、暗渠のひとびとを盛り上がらせる、ニクい場所。

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しかも、ガード脇にはこのような埋め込まれた橋があります。以前HONDAさんが教えてくださって、ずっと見たかったものでした。
今みたいにガードされる前の、もう少しくだけた風景をHONDAさんが記事にしています

・・・ここまでの行程をいったん地図に示します。(yahooさんありがとうございます。)

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木戸邸の池と書かれたものにまだ触れていませんでしたが、ここも割愛してしまいました。旧木戸孝允別邸であり、湧水で池を作り、下水を藍染川に流していたそうです。その湧水池は、木戸邸の敷地が分割された際に3つに分かれ、うち一つにはわずかに湧いていたようですが、近年マンションが建てられてしまいました。
また、左岸にある古河庭園の池も、藍染川の水源のひとつといわれます。

また、駒込には三業地(神明三業地)がありました(往時は400人の芸妓さんが居たものの、戦争を通し衰退)が、若干当時の建物が残っていたらしいんですが、もったいないけどスルー。谷田川通りを下ります。

交差点でもたもたしていたら、昔のことを語ってくれるおじさんがいました。その方は水源も流末も把握していて、そして、はっきりと「谷田川」と仰っていました。「藍染川じゃない」、と。この川のことを藍染川と呼ぶのはもっと下流のほうであり、「ここではそうは呼ばない」という意思が強く伝わってきた瞬間でした。

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この近辺(田端)には田んぼが多く、洗い場が5つほどもあったといいます。それから、近デジだと細かい水路があちこちにあったりします。
谷田川通り、というダイレクトな名前の立派な通りもありますが、こんなふうな狭い道の方が実は区境であり、こちらも流路であったようです。

しばし、酒も飲まずに区界を歩き進める一行。

・・・それにしても、時々「あっちに地蔵があったから」とか、「いい看板建築があったから」とかの理由で、あさっての方向に人が消えては、小走りで戻ってくるのが面白かったですww

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動坂と交わる地点にはかつて谷田橋という橋が架けられており、それが田端八幡神社(けっこう上)にあるので、見に行きました。ここもHONDAさんが記事にされていますね。

もっと南に行くと、動坂遺跡という太古の湧水点があったのですが、そして谷戸ラブさんお勧めのパン屋さんもあったのですが、断腸の思いでスルー。

さらに下流へ行くとやがて、北区、文京区、荒川区、台東区の区界がぞくぞく現れる場所があって、さらに下ると、藍染川の氾濫をおさえるために大正2年につくられた、谷田川排水路の分岐点があります。”谷田川”排水路、と書かれた文献のほうが多い気がするんですが、その暗渠上につけられた名は”藍染川”通り(&藍染川西通り)・・・荒川区になってくると、藍染川って呼んでも良くなるということなんでしょうか。

その後の流路も、本流は文京区と台東区の境を、そして支流が台東区と荒川区の境を流れます。

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それが、ここ。藍染川の別称として「境川(区界なので)」というのがあることを、実感する瞬間です。すぐ西にはよみせ通りが通っているのですが、この細い支流のほうをあえて行きました。

このあたりは低湿地で、本流までの湿地帯が蛍沢と呼ばれていたようです。その名の通り、蛍の名所とされ、藍染川の別称として蛍川というものもあります。また、シジミ川とも呼ばれるほど、シジミが採れていたそうです。

うろうろしていたら、大使館というすばらしく気になるお店がありました。ここで給水できたら良かったけど、残念ながら休憩中。「大統領」があると思えば「質屋おぢさん」もあるし、ここらへんはすごいね。

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蛍沢からの支流を追っていくと、やがて区界の道ではなくなり、カーブを描いて本流に合流してゆきます。その、流末部分には防災倉庫があったり、この写真のようなあやしい空間に木の蓋?みたいなものがあったり、

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こんなふうな余った隙間となり、暗渠らしさがグッと上昇します。
この写真が合流点。もう少し下流に行くと、琵琶橋が架かります。
琵琶橋の架かる道の右岸側には団子坂があり、坂道には細い溝があり、きれいな水が流れて藍染川に注いでいたといいます。坂上の銭湯が捨て湯を流し、あたたかいので、子どもたちが長靴で溝に浸かっていたりしたそうです。

・・・ずいぶんながいこと、酒を飲んでいない気がします。疲れてきたのでよみせ通り沿いにある焼鳥屋Kに飛び込み(④)、喉を潤しました。焼鳥うまかったな、ここ。 ふぅ、写真(略

Kを出ると、すてきな屋根の工場。かつて、リボン工場だったとき、ここから色水が藍染川に排水されていたといいます。

しばし左岸ばかり見てきましたが、右岸にも湧水点があります。
千駄木2~3丁目には崖下の民家が湧水をためた池をつくっている、という記述を2つほどの文献で目にし、非常に見てみたかったですが現存しない可能性もあり、時間もないので割愛。

須藤公園は松平備後守の屋敷跡で、いまも立派な公園です。戦前までは湧水だけで滝ができていたそうです。いまでも湧きそうな地形ですが。

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そしてそれよりも気になっちゃったのが、須藤公園脇のあやしい埋め跡。
2個ありました。なんだったんでしょねー?これは。
今見返してみると、縁に水抜きが集中していて、それもなんだか思わせぶり。

だんだん急ぎ足になってきます。元根津(古い根津神社の社地)、海蔵寺といった、過去の湧水ポイントは時間がないのですっとばし、汐見小裏の崖をてくてく歩きます。この崖がまた立派で、大正までは豊富に湧水が滴り、”竹筒を崖に刺すだけで良質の飲料水が得られ、水道不要の地”とまでいわれたそうです。

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次は、太田ヶ原とも言われるやや高いところにある湧水池。太田道灌の子孫、太田備中守の屋敷跡であり、大きな池が2つあったようです。その跡は、どうなっているか知らなかったのですが、今はこのようなワイルドな公園として、崖下の池の雰囲気が残っていました!これうれしいなー。
ここから、藍染川に向かってほぼまっすぐに支流が流れ、そこにはウナギが棲んでいて、採って食べたという話まで残っています。

その支流に沿って下り、へび道(へび道の記事はこちら)をくねくね歩いて根津に到着します。

Aizomemap2


ここまでの行程は、こんな感じです。その後もみどころはあったのですが、以下の要領ですっとばしてしまいました・・・。

時間の都合で、まさかの根津神社の池たちを割愛。それから、根津には明治21年に洲崎に移転するまで、立派な遊郭がありましたが、それにはほとんど触れず・・・。
ひとつ前の記事で書いた、駒込邸内の2つの谷戸のうち、ひとつは藍染川の支谷で、それをせきとめて池にしていた場所がその後東大の野球場になったのですが、スルー。
藍染川の聴き取りをした文献には大概出てくる、「バンズイ(金魚屋で、藍染川氾濫時に金魚が溢れ、近隣の子どもが喜んで掬ったという)」跡地は横目で確認程度。
江戸期に藍染川の水はけを良くするために旗本5人で掘ったという五人堀についてもほとんどスルーで、むしろ根津の路地を練り歩いて孤独のグルメに出ていた「すみれ」を見つけてはしゃいだりしました。すみれで呑めたらすごく素敵でしたが、若干席が足らずに、「(おじさんの)膝の上なら空いてるよ」などと仰る先客の膝の上に同行者の男性が座る図を想像して「ウーン」と思ったりしました。

もう外は暗い。
急ぎ足で不忍池へ向かい、忍川ビールマラソンのときの集合地点で一本締めをしました。これで、2回分のマラソンがつながって、ちょっとうれしかったな。

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・・・で、打ち上げは上野の、肉の大山です。最後の給水のみ、写真が撮れていました(涙)。

大山は、とにかく秀逸な店。混んでいたので、入口の立ち飲みエリアで、やみつきメンチ(100円)をパクつきながらハイボールを飲みます。うまいんだこれが!

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そして中に入って、また飲みます。
今回初挑戦したのが、プレミアムメガ純ハイ。・・・でっか!
470円ほどで、めっちゃでかいです。持つだけで腱鞘炎になりそう。ってか重いんで持たないで呑んでました。そして濃いww飲んでも飲んでも減らない、果てしない!  最近出ていたジャン酎欲がちょっとおさまりましたw

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そして、大山ステーキ。この肉肉しいかんじと、ソースがうまいのよ。われわれ、3回頼んじゃったのよ。それから本日2回目のコロッケも食べなきゃね・・・カレーコロッケもうまいんだね。。

と、まあ、夜は更けていったのでした。

反省点としては、酒マラソンのわりに酒を飲んだくれなかったこと。
よく考えてみたら、酒マラソンはもともと、あまり遺構のない暗渠の楽しみ方として考えたものだったのでした。竜閑川や忍川のように、あまり凹凸のない、どちらかというとオフィス街でやると、ある程度酒に集中できるわけです。それが、藍染川のように遺構も支流もいろいろ楽しめてしまうところだと、寄り道しまくっちゃうわけですよ。。
なので、なんだか中途半端な感じになっちゃったなー、行程が長くなって疲れた人もいたかなー、なんて、反省しております。

この反省を次につなげ、またそのうちに企画したいと思います。ご参加のみなさま、グダグダ企画におつきあいくださり、ありがとうございました!

4/25 HONDAさんのご指摘により、陰影図内の長池の位置、および、第3給水ポイントの記述について訂正しました。

<参考文献>
上村敏彦 「東京花街・粋な街」
菅原健二 「川の地図辞典」
清水龍光 「水」
原祐一 「教育学部総合研究棟地点・インテリジェント・モデリング・ラボラトリー地点の成果 第一節 『向陵彌生町舊水戸邸繪面図』の解読と描かれた施設の検討」 東京大学埋蔵文化財調査室発掘調査報告書10
森まゆみ 「路地の匂い、町の音」
横山恵美 「豊島区の湧き水をたずねて」 豊島区郷土資料館研究紀要第11号

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藍染川桜酒マラソン、延期のおしらせ

東北地方太平洋沖地震で被災された方々へ、心よりお見舞い申し上げます。
この地震関連で起きている多くのこと。・・・なかなか言葉が見つかりません。。そしてそのことと関係して、以下のようなお知らせがあります。

すでにtwitter上にてつぶやいてしまいましたが、暗渠マラソンは勝手ながら延期にさせていただきたく思います。以前書いたもののコピペですが、概要は以下のようになっていました。

企画名:藍染川桜酒マラソン
概要:藍染川を、水源から不忍池までたどる。たどりながら、うっすらと咲き始めた桜を愛で、そして酒を飲む。桜をみるため(&墓地沿いを通るため)、開始は明るいうちとする。(詳細はこれから詰めます。) 
*追記*お店を転々とするのが従来のやり方でしたが、この回に限っては”レジャーシート等を持ち歩いて桜の木の下を転々とする”というやり方もありかもしれません
日時:3月後半の土曜(場合によっては日曜)、それ以上細かい日程は桜の状況次第。

ありがたいことに、ご希望を何件もいただいていました。むしろ決行する意義もあろうかとも思いましたが、なかなか自分自身がこの企画を進める気持ちになれず、熟慮の末、延期することとしました。今週末も候補に入っていましたが、少なくとも今週末は実施しません。状況から言って、来週末も可能性が低いと思います・・・
そんなわけで、参加希望を出されていたみなさま、申し訳ありません。桜の咲く時期のうちにできるか、違う花を愛でることになるか、まだ決められませんが、ひとまずはご了承いただければと思います。実施が決まった段階で、またお知らせいたします。

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今回、地元である山形は、隣県ほど大きな被害が出ていません。家族も無事でした。しかし、被害が甚大な地域は、思い出のある場所が多いです。東北にはまだ安否確認ができない知り合いもいます。

山形内陸には海が無いので、夏になると家族でよく太平洋沿岸に海水浴に行きました。なかでも、浪板海岸(大槌町)は遠浅で本当にうつくしく、お気に入りの海水浴場でした。松島も何度行ったかわからないくらいで、野蒜に泳ぎに行くこともありました。

毎月一度、ものすごく早起き(暗いうちに)をして、家族全員で塩釜港へ行き魚をたくさん買う、というイベントも我が家にはありました。わたしはそれがとてもとても楽しみで、早起きは苦手だけれど、その日だけはワクワクしていたことを覚えています。

山形空港からは出ていない飛行機に乗るため、仙台空港は何度か利用しました。空港へと向かう名取の道路は、広くて、ひらけていて、これから旅行に行くぞというときの高揚感をともなう道だった気がします。

・・・わたしにとって、あたたかな思い出をたくさんくれた場所、好きな場所ばかりです。いま、わたしにできることはほんの僅かですが、少しでも多くの人が助かるよう、少しでも早く状況が好転するよう、つよく祈っています。そして、その先、被災地が元気になっていけるよう、出来る限りのことをしようと思います。

こんな風に書いていると、凹んでいるかのように見えるかもしれませんが、とにかく寝て食べて、むしろしっかり仕事をしています。ご心配なくw ブログの更新が止まっていますが、去年からの繰り越し記事もあれこれあるので、いずれ書き始めようと思います。

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と、いうわけで、お知らせでした。では、また!

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藍染川桜酒マラソンのおしらせ

暗渠酒マラソンの次回について、あれこれ考えておりましたが、なんだか自分が忙殺されるうち、12月も1月も過ぎていってしまいます。そこで、すでにtwitter上で出ていたちょっと先の暗渠飲み案を、酒マラソンとくっつけて企画することにしちゃいました。(Aさん、Lさんはじめアイディア下さった方々、ありがとうございました!)

暗渠酒マラソンについての説明は、以下に前回のをコピペします。
暗渠酒マラソンとは、#1竜閑川焼酎マラソンにて概要を記しましたが、
”暗渠沿いを逸れずに歩きながら、適当な飲み屋を何軒かはしごする。
 メイン走者は、掲げた種類の酒を1杯は必ず飲むこととし、伴走者はそれに限らない。
 つまみは自由。とにかく、目についた雰囲気の良さそうな店に入る。”
という、たんに暗渠で酒を呑みまくるという企画でございます。

そして次回の企画概要はコチラ。

企画名:藍染川桜酒マラソン
概要:藍染川を、水源から不忍池までたどる。たどりながら、うっすらと咲き始めた桜を愛で、そして酒を飲む。桜をみるため(&墓地沿いを通るため)、開始は明るいうちとする。(詳細はこれから詰めます。) *追記*お店を転々とするのが従来のやり方でしたが、この回に限っては”レジャーシート等を持ち歩いて桜の木の下を転々とする”というやり方もありかもしれません・・・アイディアを下さったlotus62さんありがとうございます。

日時:3月後半の土曜(場合によっては日曜)、それ以上細かい日程は桜の状況次第。
メイン走者:未定。希望者を募ります。今回は「桜を見ながらの酒」とし、酒の種類ではとくに縛らない予定なので、通常の酒マラソンよりずっと自由です、チャンスですよw(あくまで予定ですが。*追記*上記レジャーシート形式の場合、”日本酒縛り”にしたくなってしまいますが、、、御意見募集中。

今後の流れ:参加希望の方は、その旨をnamaまでお知らせください。①この記事へのコメント(その際はメールアドレス欄にメールアドレスもお書きください)、②twitterにてヒトコト(わたしのアカウント名はnama_kaeruです)、③twitterのダイレクトメッセージにて、の3種類の方法にてお願いします。
その後、希望者の方々とはメールにて(ALLで)、やり取りと日時や行程についてのご連絡をさせていただきます。

忍川ビールマラソンのさい、人数的に入店できない、というほろ苦い経験もしましたので、もしかすると状況によっては人数制限をさせていただくかもしれません・・・が、そこまで大勢にもなることもないでしょうし、ともかくご興味を持たれましたら、ご連絡くださいませ!!酒酒言っていますが、飲めない方ももちろん大歓迎です。ご質問等がある場合も、上記①~③の方法にてお寄せください。
ではでは、暗渠と、桜と、酒を、春の到来を、皆でたのしみましょう!

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忍川ビールマラソン

えー、べつに走りません。

暗渠酒マラソンとは、#1竜閑川焼酎マラソンにて概要を記しましたが、
”暗渠沿いを逸れずに歩きながら、適当な飲み屋を何軒かはしごする。
 メイン走者は、掲げた種類の酒を1杯は必ず飲むこととし、伴走者はそれに限らない。
 つまみは自由。とにかく、目についた雰囲気の良さそうな店に入る。”
という、たんに暗渠で酒を呑みまくるという企画でございます。

暗渠酒マラソン#2は、忍川ビールマラソンでした。
メイン走者はlotus62さん、いつのまにか「生ビール」縛りになってましたが、しっかり最後までたすきを離さずw、完走されてました。天晴。わたしは今回、メイン走者目線で記事を書こう、とか思ってたんですが、むつかしいので自分目線ホッピーマラソン的文体×川情報の記事のミックスで書いていこうと思います。

Sino1 集合場所は、ひそかに忍川が不忍池から注ぎ出す地点にしてたんです。そして”猫またぎさんを猫じゃらしでじゃらそう”という待ち合わせコンセプトだったのに、唯一遅刻したのが自分。そうなんですアタシャ、ダメ幹事なんです!(時々幹事とかやるんですけど、皆を連れて道に迷うとか、会計の計算ができないとか・・・。)
不忍池まで競歩で行ったのですが、それがこの日一番体力を使った瞬間でしたねぇ。。

で、着いたら、「ここに水門があるよ」と、すでにみなさん忍川歩きスタート体勢に入られてる御様子。す、すいません。とりあえず、ルールを説明して、lotus62さんにたすきを託して、スタート!でございます。

忍川:忍ヶ岡台地がその名の由来といわれ、その台地を縫うように流れていた幅3mほどの小川。不忍池から立花氏構堀までがその流路といわれ(「消えた大江戸の川と橋」より)、また、大正中期~昭和初期に埋め立てられたといわれます(「川の地図辞典」より)。

上流部は上野の繁華街なんで、お店選び放題。お店選びも、さっそくlotus62さんに丸投げしちゃいますよ。さー、酒呑みの勘で、良いお店選んでくださいまし!
江戸の御成道である中央通りを渡り、その真中にある三橋も渡る、と。そいから、アメ横んとこも抜けていき・・・、お、なかなか慎重にお店選んでますねぇ。

Sino2

さて1軒目の給水所に選ばれたのはココ、「Tる松」。なかなか良い見ためですね。このときあんまり気づいてなかったんですが、ここは”JRの橋裏観賞ポイント”かつ2つ目の橋”寛橋跡”みたいなんですよ。いやー、ニクイねセレクトが。
そして最初の給水に、「カンパーイ!!」。lotus62さん、しっかり生ビール飲んでます。ビール早飲みには自信が無いので、コチラ瓶ビールで失礼。なんとなく頼んだ鶏の唐揚の味付けが良かったですねぇ。・・・とまぁ、おつまみは唐揚げとアスパラ、あとは1杯ずつ飲んで次行きますよ。すみませんね、今日はまだまだ先があるもんで・・・。

寛(ゆるや)橋:1662年創架の石橋。由来は不明ですが、「消えた大江戸の川と橋」では寛永寺の寛?と推測しています。

Sino3

さて首都高もくぐっちゃいますよ。ココ、くちぐちに「このトンネル良いね。」と言われてたトンネルです。なんとなく暗渠好きさんの気持ちをくすぐるトンネルなんでしょうね。潜るあたりが。

さ、トンネル抜けて、東上野に入りますよ。”東上野で焼肉”、これ、アタシが最初っから言ってたことなんですけど・・・、ガッデム。なんと東上野に焼肉屋さんの給水所は無かったんですヨ。ロケハン無しだったもんで、焼肉腹になってたみなさんには悪いことしました、心の中で平謝りです(自分は完全に焼肉腹でした。「ハラミだけ頼む」とか決めてましたもん・・・)。ぴかぴか輝く、コリアンタウンのネオンに後ろ髪をびしびし引っ張られながらあるきます。

さらにですね、自分でマラソンコース描いた地図を作っていったんですがね、これがまた自分で全然読みとれない。大体、いま自分がどこに居るかってのがわかんない。てんでダメ幹事です。(幹事じゃなくて企画段階で終了の人でした・・・。)コースについては、地図を上手に使えるHONDAさんと味噌maxさんにかなり教えてもらっちゃいました。いやー、ほんとありがとうございました。

Sino4 で、東上野の忍川沿いはみごとに居酒屋さんが、「無い」か、「満席」か、「ビューティフルサンデーの生演奏が漏れ聞こえていてコワい」しか、無いんですわ。

しばし彷徨って、やっと見つけた「Kぼっこ」で、カウンター一列並びで給水ですよ。第二次、カンパーイ!!ああなんか、”給水”って感じ、しますねえ。それと、フルボッコしか思い浮かびません。

つまみは餃子と葱チャーシュー。これいいですね、生ビールマラソンにふさわしい料理って感じするじゃあないですか。そして餃子がね、ちゃんとおいしいんですよ。lotus62さん2杯めの生ビール行ってましたが、やっぱり残りのメンツは瓶ビールと、梅サワー(←違ったらゴメンナサイ)です。ら、ラーメン、食いたい・・・がまん。。。

Sino5

さーKぼっこを出たら、三味線堀へと清洲橋通りを南下します。清洲橋通り、店があるものと思ってたら無いんですねえ。「○○通り」ってのは、居酒屋があるもんじゃないのか。困った困った。

・・・砂漠のオアシスのごとき、やっと見つけた店は「C」。入ってみたら、和風で良い感じ!しかも貸し切り状態で給水ですよ。おでんときたら、日本酒、ってなもんで一人ぬる燗を頼んじゃいました。ぐびぐび。すみませんねぇ、メイン走者さん。つきだしの卵焼き&明太子、ってのが泣かせるね(また酒に合うし)。料理好き味噌maxさんもかなわない卵焼きの丁寧さのようですよ。

ここでえいはちさんも合流し、やっとテーブル囲んでワイワイ出来る席になったんで、皆で情報交換。デカイ地図、地形図、コンパクト地図、古地図・・・、それぞれ持ち寄った地図を見ては、誰かと「あ~~ココはこうなってたんだ!」やら、「あの記事のあそこはきっとこうですよ」やら、ひたすら暗渠の話です。

これに、おかみさんが興味示してくだすって、帰り際に「みなさん、地図見てらしたでしょう?一体なにを・・・?」と聞いてくださる。ナイスアシスト!そこで待ってましたとばかりに、「三味線堀がここにあったらしいですよね」と、誰かが言うと、おかみさん、なんと周辺をみずから先頭を歩いて案内してくださるんです。

三味線堀:「消えた大江戸の川と橋」によれば、立花家構堀→佐竹家構堀を一巡した忍川の水が、注ぎ込んでいた人口堀で、三味線のような形をしていたのでこの名がついたよう。さらに昔は”姫ヶ池”の跡地で、池沼の多いところだったのが、この堀を掘った際の土で池沼を埋めたとのこと。また、季刊Collegio14号「江戸東京消失地名録」によれば、三味線堀が掘られたのは1630年で、江戸・明治における生活廃水路&物資(下肥・材木・野菜・砂利)の集散所だったそうです。しかし周辺の人からすると”汚れたどろどろの堀”なので、明治期に改修や埋立の希望が出されたけれど、下水施設&通船のための重要な堀ということで許可されなかったという歴史があるそうです。ところがその後の埋立の経緯は定かでなく、その年代も大正初期~震災後まで諸説あるという謎ぶり。埋立後は幾つかの施設が建てられ、そのうちの1つ三味線堀小売市場は平成10年まであったそうです。

Sino6

「C」のちょうど向かいが三味線堀の岸だったみたいで。おかみさん「そこらへんで家建てるときに、地下掘ったら堀の石がごろごろ出てきた」って言うんです。もう、一同目をキラキラさせながら、夜の台東区で一生懸命地面の下のこと妄想してるんですよ。
そしてこの写真の建物が”三味線堀市場”の跡。おかみさん、この前まで案内してくれました。ホント、感謝です。ありがとうございました!「C」、最高なお店です!!

Sino7

そして三味線堀については、えーとたしか、ここらへんに碑があったって聞いてるんだけどな。
どこだどこだ・・・探していたら、見つけて欲しくないのかよっていう位置に碑がありましたですねぇ。えいはちさん目ざとく見つけてましたねぇ。
そんで、この近くにその名も”高橋”っていう橋があったらしいんですよ。高橋てw
きょろきょろすると、佐竹通りっていうアーケードの出口が見えて・・・、嗚呼商店街、寄りたい・・・けど寄れない。佐竹ってのは、”三味線堀の佐竹”と言われた秋田の大名らしいんですけど、リバーサイドさんがこの佐竹氏と秋田美人の関連づけるオモシロ話を教えてくれましたw

佐竹原:前述の佐竹氏の家が、明治2年に火災により焼失し、その後はただの野っ原だったので”さたけっぱら”と呼ばれ地図上でも空白になっていました。その後見世物興行場になったり、寄席や演芸施設が並んでいたりと、賑わう場所へとなっていったそうです(前掲「江戸東京消失地名録」より)。

高橋:水面からの高さが高いからという由来のよう。三味線の部分(巻き締めをする部分)を指す転軫橋(天神橋)という別称あり。(「消えた大江戸の川と橋」より。)そして高橋のあたりから流れ出し、隅田川へ注ぐのが鳥越川。

Sino8

さてここで今回一番の懺悔です!!高橋のつぎ、鳥越橋がおかず横丁の入口なんて言っちゃいましたが、アレ間違いでした。鳥越橋=須賀橋の位置でした(つまり流末)、ごめんなさい、地図書きなおしといてください。うーんお恥ずかしいことで。
そして銭湯やら、こういう歯車製作所やらに、目をキラキラさせつづける御一行。・・・リバーサイドさんは抜け予定時間よりだいぶ過ぎちゃってますけど、大丈夫なんでしょうか・・・、そんな余計な心配をしながらあるきますw。

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さてさて鳥越川の流路、じつはHONDAさんが踏破済みとのこと。この植え込みが流路だと教えてもらいました。

鳥越川:「消えた大江戸の川と橋」によれば、鳥越川は明治以降の呼称で、それ以前は名無し川だったそうです。「川の地図辞典」によれば、大正末~昭和初期に埋立てられたとのこと。なお、下流は須賀堀(別名おいてけ堀)とも呼ばれていたそうです。

Sino10

そのさき、流路はこんな道路になっちゃっいまして、もう居酒屋のイの字もない。ていうかお店が無いか、遅くて閉まってるかのどっちか。この集団、レトロ酒場が好きな人の割合高め、と勝手に思ってるんですが、そのようなレトロ酒場を選ぶ余裕もない、居酒屋不足にございました。鳥越川の途中、lotus62さんがステキ大衆酒場を指して「あすこが良いんです」と言っても、自分が行きたかった三色ライスのお店を見つけても、流路外だったり閉まってたりで涙をのんでお別れします。
そして、神社×橋を2つほど見て・・・、

甚内橋:唯一橋跡を示す石柱がありました。名前の由来となる甚内神社が近くにあり、そこには江戸の大盗賊で死刑となり、死後神格化された向坂甚内がまつられています。甚内が処刑された場所が、まさにこの橋の東、鳥越川の南岸だったそうです。

稲荷橋:由来となる稲荷神社は今も近くにあります。猿福橋、猿屋橋という別称もあり、それはここら辺に猿ひきのお屋敷がありそれが町名→橋名となったよう。
(以上、「消えた大江戸の川と橋」より。)

Sino11

あれ、すごい数の合流マンホールですよ!新堀川暗渠との交差・・・?しかし今までに見たことない数です。

あ、そうそう、ここで言い忘れましたけど、水コン協の方にこの前、これの目張りマンホール(三ノ輪で見たもの)について質問しましてね、「基本的には臭気対策だと思う、それ以上は現地で見ないとわからない」というお答えでした。

Sino12

そのときにお答えしてくださった水コン協の方が、マンホールについて話すときに非常~~に楽しそうだったのがなんとも羨ましかったです。

そんで、このマンホール、食いこんでる!食いこんでるよ!!と興奮。

Sino13

さあ須賀橋交番にきました。リバーサイドさんとここでお別れです。ここら辺でも給水所を空振りしてまして、ええい、もうゴールして打ち上げしちゃおうぜ!ってなことになります。

ちなみに何度も引用している「消えた大江戸の川と橋」の著者さんはこの交番にインタビューをしたらしく、「今もこのKOBANの下は暗渠である」とのことです。KOBAN蓋!?(ちがうか。。。)

鳥越橋:ここにあったのが鳥越橋です、ごめんなさい。2本並ぶ大きな橋だったそうです。明治以降、ここらが須賀町となったので須賀橋と改名したようです。ほか、前述の処刑場が近くにあったことから地獄橋、米蔵が近くにあったことから千石橋、天王町という地名より天王橋、といった別名も持っています(「消えた大江戸の川と橋」より)。

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ここら辺、幕府の米蔵があったところで、古地図だとフォーク状の港みたいなものがあります。鳥越川の流末(須賀堀)は付け替えられたりもしてるらしく、とりあえずジグザグしながら隅田川のとこまで来ました。途中、「暗渠サイン!」とか言ってクリーニング屋さんをパシャリ、猫またぎさん「このクリーニング屋さん、なんで撮られてるかわかんないだろうな」とボソリ。

合流口は現在ビルになってる、と書かれてるんで、この水門ははてさてなんの水門?とも思うけど、まーいいや撮っちゃえ、そこに水門があるんだからね!水門がゴール!w

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さー、無事完走しましたよ!打ち上げ飲みに移行です。たすきも3本分揃いました、このぼやけた写真の缶バッヂがそれです。しかし、まったく撮る気が無いような写真ですな。
浅草橋の「S界の山ちゃん」に入ります。さーlotus62さん、もう何飲んでもいいんですよ?え、まだビール飲むんですか!好きですねえ、ビール・・・。そんなに飲んだらおなかいっぱいになっちゃいますよ。。

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手羽先唐揚げ、ごぼう唐揚げ、チャンジャ、塩焼きそば、小倉トースト・・・嗚呼だめだもう覚えてないや、それと皆好きな飲み物で。味噌maxさんお勧めのかちわりワインを飲んでみました。はい、ゴールのカンパーイ!!

・・・量は少ないけど、ビール→日本酒→ワイン、とやってしまったので、アルコール分解力のないわたしはそろそろ酔ってます。酔ってもわかんないらしいから別にいいんだけど、それにしてもみなさん、デカいジョッキでがぶがぶ飲んで・・・お強いですねえ!!さすがですよ。

この時点ですでに終電を失っている人が実は複数名、会社に泊まる猛者あり、予定よりずいぶん遅くなっちゃいました。いろいろ不備あってごめんなさいです。でも楽しかった!
そして新宿でなぜかさらに焼酎をあおって(でもここらへんの記憶はかなり途切れ気味)、またも水辺を探索してから(えいはちさんがレポ済)、さいご、松屋のうまトマハンバーグ定食で〆ました。・・・時間をほとんど覚えていないけれど、たしか午前4時くらい?清水橋に松屋があったから、としか言いようがないけれど、なんだその〆・・・。

こんな感じの暗渠酒マラソン#2、無事?終了いたしました。参加された皆さん、どうもありがとうございました。
というわけで、実はすごい長い飲みとなってしまいましたが、楽しかったので懲りずに続けたいと思いますww暗渠酒マラソン#3を決行するか、つぎは昼スタートの酒マラソンにするか、昼間暗渠をたどって打ち上げ形式の忘年会or新年会にするか・・・。いまのところ”宇田川”という声だけは記憶しております(場所的に良いですよね)。あとは寒かったら堀切の暗渠が短くていいかもしれませんし。。。次回の参加を希望される方、飲み方、暗渠、なんでもリクエストあらば、コメント欄にお願いいたします。それから、今回は見送っていたけれど、次はチャレンジしてみたいなーと思っている方、いらっしゃいましたら、ぜひぜひ、コメントお寄せください(そのさいはメールアドレスも記入お願いします)。

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竜閑川焼酎マラソン

竜閑川に行かなければ。

以前、竜閑川沿いで今川焼を食べた的な記事を書いてますが、じつはこのとき竜閑川の位置を大きく間違えていました。間違えていたので、風情のない大通りだと思っちゃってたのですが、先日のスリバチ飲み会で、会長やSさんが「竜閑川はとても良い」と仰っていたので、・・・ムム、コリャ自分間違えてるな、と思い至ったわけです。
ということは、竜閑川に、行かなければ。

そして、わたしの中ではいつのまにか、このことが、先日の「生ホッピー飲んでないな」と、なぜか脳内リンク。素晴らしき飲兵衛本、中央線ホッピーマラソンで大竹氏がやっていることを、暗渠でやったらいいではないか!と、思ったのでした。要するにパクリなんですけどw

しかし、浜町川のことも思い出してみると、わたしに竜閑川のハードコア飲み屋(+入口から中が見えない/常連さんで一杯/情報皆無)にひとりで入る勇気があるだろうか?・・・いや、無い。ここは、男手を借りよう。それと、なるべく酔いにくい焼酎で行こう(弱気)。
・・・と、いうわけで、lotus62のアニキに、企画書を提出してみることにしました。

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企画名:竜閑川焼酎マラソン

企画コンセプト:竜閑川の埋立てられた掘割沿いを歩きながら、飲み屋を飲み歩く。遺
構が少ないが飲み屋は建っている、下町系暗渠に対する新しい味わい方の提案。

企画概要:竜閑川沿いを逸れずに歩きながら、適当な飲み屋を何軒かはしごする。そこ
で、メイン走者は、掲げた種類の酒を1杯は必ず飲むこと(今回の場合は焼酎)とし、
伴走者はそれに限らない。つまみは自由。竜閑橋スタートで、神田ガード下近辺で一軒
、美倉町、岩本町あたりで一軒、小伝馬町あたりで一軒。とにかく、目についた雰囲気
の良さそうな店に入る。酩酊状態で馬喰町から帰る。

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わたくし企画書なんて無縁の業界で働いております。書き方等々はむちゃくちゃかもしれませんが、とりあえず、今回のメイン走者自分、取材報告者自分、ってことで企画書が通ったので、実行と相成りました!よりによってお仕事ダブルヘッダーつづきの、一番疲れている火曜日の夜に・・・。

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まずは、神田駅から日本橋川の方まであるいていって、分流されている点(=始点)をめざします。
その付近は広場みたいな空間になっていて、竜閑橋の遺構がひっそりと置いてありました。

これは竜閑橋と、その上にそびえたつ古めのビルを見上げたところ。ここが、スタート地点です!最初この写真の隙間が区境(=竜閑川)かと思って撮ってましたが、間違いwこの左にセマめの道があって、そこが区境でした。

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いきなり入口で迷ってしまいましたが、さぁ、マラソンスタートです。わはー、なんて地味な風景!

こっから流末まで、とにかくあるきながら、飲み屋さんを探して、探して、吟味する。飲む。これだけ。
それが酒マラソン。

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さて、最初に見えます給水地点は、いきなりのガード下ハードコア☆エリア。その名も今川小路です。

道にせり出すようなつくりの、小さなお店がぎゅうぎゅうとならび、うち数軒には明かりがともり、カラオケの音が聞こえます。いやぁこれは、ハードルが高すぎる・・・!

あえなく、給水断念です。っていうかここも、川跡だったのか~!などと、川のことももちろん考えますよ。

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もっとも風情のある地点での給水をあきらめたのは、若干もったいなくもあったのですが、大丈夫、すぐまた良いエリアがきます。
ガード越えてまもなくやってくるのは、ラーメン店3連星。いやいやいや、ラーメンは好きだけれどもさ、いきなりつけ麺でおなかいっぱいにするってのは、マラソンランナーとしてどうなのさ。

注:ホッピーマラソン的テイストが文章に混じります

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そこはぐっとこらえて、数歩踏み込むと、なんとまあ素晴らしい雰囲気の一角!!今川小路並みに素敵です。この、取り残された昭和、みたいな味わいは竜閑川跡の魅力ですね。

かなり良い店構えのお店はとんかつ屋さん。いやいや、のっけからとんかつでお腹いっぱいってのもどうよ・・・。そのお向かいには新しめのバー。いやいや、今日のコンセプトにちょっと合わないよ・・・。

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というわけで入ったのは、居酒屋”Sんどう”。”秋田料理””天ぷら”とも書いてあって、入口は意外にもスナックみたいなドア。しかも中が見えないドアで、開けると中には常連さんがビッシリ!やー、ここは一人じゃ無理でした。
さっきとんかつをやめたというのに、うっかり天ぷらを頼みそうになりますが、はしご前提なんだからと回避して、lotus62さんが頼んだのはなぜかアナゴの白焼きを2皿のみwwなぜ2皿w でもって、わたしゃチューハイです。ほんとは、トイレ休憩をなくすために今日はロックだけで行こうと決めてたんですが、出鼻をくじかれました。
・・・疲れたからだに、チューハイをぐびり。むはぁ、しあわせー!!
何だったか忘れたけど突き出しもおいしかったし、雰囲気も良かったし、ランチの天ぷら定食は安ウマみたいだし、良かったです、”Sんどう”。ランチにも来てみたいなあ。

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そして今川橋跡を渡ります。以前今川橋だと思っていた場所は、間違っていたことを改めて実感します。
ほんとの今川橋跡には、ヘンな池があり、ここに今川橋があった的な碑がありました(暗くて読めない)。ヘンな池よばわりはいけませんね・・・ここに川があったことを示すものは数少ないそうなので、貴重です。金魚がいます。
ちなみに以前、今川橋の近くで売られていた菓子→今川焼、の記事を書きましたが、神田上水をつくった大久保主水の屋敷もここら辺にあったそうです。大久保主水はお菓子作りが趣味だったことから、菓子職人に転身したというすごく気になる人物(家康に手作りお菓子をプレゼント、とか)ですが、お!それと今川焼は結びつくか??と思いきや、「町人に菓子は売らぬ」と言っていたということで、結びつかないようです。ちっとヤな感じですねぇ。

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今川橋からちょっと行ったところにも何軒か飲み屋さんがありました。さて次なる給水地点は、”I駒菜館”、中華です、餃子です!ここの餃子、気のせいじゃなくってホントに美味しかったです!!
通常ならビールを合わせますが・・・マラソンランナーなので、ここでスダチ酎ロックですよ。うわぁ。
いや、美味いです、どっちも。スダチ酎は一時期ハマってよく飲んでました(家で)。なつかしいな~、美味いな~。
どうでもいいけど、餃子のたれがたまたま陰陽のマークみたいになってますね。

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しかし、たまたま入ってるだけなのに、ふたつともとても良い店だったなあ。うれしいです。

もう少し歩いて行くと、こんどは地蔵橋児童公園と竜閑川埋立記念の碑がありました。
橋!埋立記念!ただの酒マラソンじゃないってことを思い出します。

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高速?をくぐり、向こう側にもまた公園があり、そこには八丁堀と書かれた案内板がありました。・・・ん?八丁堀?
杉浦康著「消えた大江戸の川と橋」によれば、竜閑川は明治16年に掘り直されたもの。もっとむかしの江戸期に、同じ位置に運河として堀が掘られ、それは”神田堀”、別名”神田八丁堀””本銀町川””銀堀”などと呼ばれていたそうです。元禄以前からあったようだけれど、運河としてはあまり使われず、漸次幅を狭められていって、ついに安政4年(1857年)に埋立てられてしまいます。

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その埋立てられた神田堀が、先述のように明治期に再び復活、もともと神田堀の西の外れに架けられていた竜閑橋(当時の地名が由来)から、竜閑川と名付けられました。
岩本町東神田町連合会で出している「変わりゆくあのまちこのまち」によれば、この堀は竜閑川時代には材木の運搬が行われ、物流の動脈となっていたようです。・・・が、終戦後に埋立てられたとのことです。

しかし、道が地味になってきたなぁ。雰囲気は相変わらず、ちょっと周囲よりも置き去り感があり、、、思い出したように神社が2つ。ふるい家がポコンとあって、その昔風の意匠に見とれたりします。後から知りましたが、ここらへんには江戸期に牢屋敷があって、逃亡を防ぐための堀の水を神田堀から引き入れていた、とのこと・・・コワイ場所でした;

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さて。神田駅前とちがって、飲み屋さんが減ってきているので、そろそろ、見えた店に飛び込んだ方が良さそうです。つぎは四川料理の”T来”。

この麻婆豆腐がまたウマーい!!なぜか麺も少し入ってる、ピリッとしたおいしい麻婆。調子にのってライスを追加し、麻婆豆腐ごはんと、水餃子を交互にかっこみました。ウマーい!
合わせたのは、もうなんだか忘れたけど何らかの焼酎のロックです。もう焼酎だったらなんでもいいんですよ。えーと、気づいたら他にお客さん誰もいなかったんですが・・・、でも良いお店でしたよ。満足満足。

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さ、公園につきあたったら、そこが浜町川との合流点です。その名も、竜閑川児童公園。以前もこの脇を通ったわけですが、なぜか夜なのにけっこう人が居て、おしゃべりが聞こえる公園です。
よく見てみると、川と橋を模した空間がありますね・・・

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公園から竜閑川をふりかえると、そこにはちょっとよさげな洋食屋さんもありました。入ろうかと一瞬迷いましたが、ラストオーダーを過ぎていたようなので、止め。

浜町川沿いの、橋本会館のあたりもちょこっとあるきました。店は概ね閉まっていましたが、一軒、明かりのともっているシルバーアクセ屋さんがあり、なぜか駄菓子を売っていたので、買いに寄りました。店内にはアクセ制作中のおじさまが3人くらい世間話をしながら並んで座っていて、わたしがさささっと駄菓子を10個ばかし選んで「これください」と言うと、声を合わせて「早っ!!!」「男らしい!!」とびっくりされました・・・なんじゃそのツッコミw 夜の神田にあんな店があるっていうのも、とっても不思議です。酔っぱらって、狐にでも化かされたのでしょうか。なんだか幻のような店でした。

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事実、疲れていたせいか結構酔っぱらってしまいました。ふだんの飲酒量からみてもまだ少ないし、まして焼酎でそんなに酔うことはないわたしなのですが。。
とりあえず酒を追加するのはもうやめて、馬喰町あたりで、クールダウン用のおやつを食しました。キャラメル味のムースかなあ、この見た目は(あまり記憶が無い)。アイスコーヒーとともに。
ここで、ゴォーーール!と相成ります。

以上で暗渠酒マラソン、第一回目のレポートを終わります。ちょっと気に入ってしまったので、この企画、今後もやりたいなと思っています。そして、

①我こそはメイン走者をやりたい、という方(川と酒の選択はお任せ可能。ソフトドリンクもアリ!それと、もちろんご自分のブログでレポしていただいてOKですが、その方を主人公にしたレポをわたしも書かせて頂きますw)
②我こそは伴走者をやりたい、という方(要するにオフ会の変形版みたいなもんです)
③マラソンはしないけど、このお酒を飲んでほしい・この店に行ってほしい・この暗渠でやってほしい、というリクエスト

この①~③について、大募集いたします!どんなカタチでもいいので、参加してみませんか~?ぜひぜひ、よろしくお願いします。 
ちなみにわたしは大酒飲みではないし、酔うとあばれたり面倒くさくなったりするタイプではありませんので、ご安心くださいましw

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