滝の川 足元を流れていた川のこと 暗渠カフェで暗渠ソング(1)
「泥水は揺れる」という歌がある。
スーマーさんの歌だ。スーマーさんの歌を、ライブで聴くことがしばらくできなくなってしまった。
スーマーさんは、ご自身の歌を配信するページを作ってくれた。
その中に、暗渠カフェSammy'sさんでのコラボ・シリーズの一つも載せてくださった。
とてもとても、素敵な歌声です。「泥水は揺れる」、この暗渠的な歌詞もぜひ味わってほしいのです(歌詞を暗渠写真とともに視覚化するスライドをつけています)。
投げ銭もできます。
さて、その、六角橋でのライブで、何度か前座暗渠トークをさせていただいていた。
そのためだけにネタを仕込んだ回もある。郷土資料のみならず時には周辺のインタビューも。なんだか面白くなっちゃって、決して近くはないのに通ったなあ、白楽。
それらを、文章にしてみようと思います。
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前座暗渠トーク1回目は、白楽周辺の滝の川についての話だった。
滝の川の名の由来は、下流にあたる神奈川宿付近、権現山のところに滝があったという説が有力だ。現在は滝はない。
が、滝の川は、どこに滝があってもおかしくないような、横浜らしい地形を縫って流れゆく。最下流部は開渠になっている。
多くの川が暗渠化された歴史と同じような流れを、滝の川も、少しだけ後からたどっている。汚れがひどくなり、氾濫するようになったことがきっかけだった。たとえば流域の神大寺では、昭和40年代に車も動けないほどの洪水や、家にも浸水したとか、校庭が池のようになったなどという記録が残っている。そして昭和50年代、滝の川は暗渠化された。
滝の川の本流支流について、主要な流路をスーパー地形にプロットした。このうち、赤点線あたりが、今回の話のエリアである。
このように、滝の川には立派な支流がいくつもある。そのひとつが、六角橋商店街を突っ切っていることは、意外と知られていない。
六角橋商店街の地図をお借りして、そこに滝の川支流暗渠を水色で書き込んだ。暗渠、バッチリ、横切っている。
商店街でお茶を買い、この近くに川がありませんでしたかと尋ねた。
「そこに川があったよ。」少し先を指差して店主は言った。川幅はここでは3mくらい、先では5mくらいというから、想像より細い。「汚かった。ゴミが捨てられ、自転車まで捨てられてた。洪水になったこともある。昭和30年代に暗渠化、土管を通したんだよ。(30年代だったらこの辺じゃ早い方だ。商店街に橋はあった?)なかった、もともと下を通してた。鳥肉屋さんの隣が川だった。」店主は、じつに鮮明な記憶をもっていた。
六角橋商店街の脇に、薄汚れた自転車のただようドブが現れた。少なくとも、そういうふうに、わたしには感じられた。
「鶏肉屋さんの隣」、それが、Sammy’sのことである。(厳密にいうと、滝の川支流暗渠はSammy'sと鶏肉屋さんの間にまたがっている。)
指差された先を見に行く。初めて、Sammy’sを見た瞬間である。営業時間帯とメニューを確認。ハワイアンカフェであり、昼からビールを供されていることがわかった。ぜひともここで一杯飲みたい、と、強く思った。
それで、付近の暗渠探索の帰りに寄って、一杯だけ、ハートランドを飲んだ。カウンターに座ったこの初訪問のぎこちない客に、店員さんが気遣って話しかけてくださったことを覚えている。それよりもわたしは、この足下の暗渠のことばかり考えていた。無愛想な客だ、と思われたことだろう。
流路の反対側は店が建たず、また、隣は鮮魚店だった。なるほどな、と思った。
水辺のたましいとは、こんなふうに遺るものだ。
その後、「はま太郎」という横浜の酒場を探求した出版物の製作者と縁をつなげてもらい、彼らのイベントで「泥水は揺れる」という暗渠ソングの歌い手スーマーさんと出会うこととなる。
スーマーさんと初めて話したとき、「ライブが白楽である」と言われ、その店名を聞いてのけぞった。Sammy’sだった。まさか、そんなことが。興奮の度合いがえらいことだった。関内の、地下にあるイベントスペースだったが、心はすぐに六角橋に飛んでいった。
…。
話を滝の川に戻そう。滝の川のことを調べると、六角橋周辺の昔の風景がより明細に見えてくる。暗渠の持つ力は、じつに偉大だ。
郷土資料を眺める。市電の停車場が、六角橋の交差点近くにあった。
滝の川本流の上に境橋がかかり、交番、対岸に市電の切符売り場があった 。古い写真をみると、切符売り場の脇は「平和樓遊技場」である。そう、今もパチンコ店だ。
牧場もあった。
ここにあった牧場は、そのままの経営者でレストランに変貌した。現在の末広園である。
新しいビルの横に旧い建物があり、その後ろに慰霊塔がある。
末広園には海鮮丼もあるが、わたしは土地の記憶に倣って牛丼を食べたい、と思っている。食べようとしたとき、残念ながら改装休業中だった。はやく、改めて行きたいものである。
小川牧場、という記載も見られた。小川牧場は、残念ながら川沿いではなく、標高の高い位置にある。
なぜ牧場に執着するかというと、牧場が川沿い、暗渠沿いにある事例は少なくないためだ。都市化とともに、牧場は次第に郊外に追いやられる。そのとき、川沿いに移転する割合は低くはない。
旧六角橋郵便局の向かいにはかつて「押尾牛乳店」があったという。その横に牧場があったようなイラストがあるが、実際はどうか、明確にはわからない。仮にあったとすると、その横には滝の川支流が流れていた。ビンゴ。Sammy'sまでやってくる流れだ。
この流れを遡ると、どこに行くものだろうか。
水源のうち、ひとつは篠原西町にある。
谷頭に行ってみると、今も水が湧き、側溝の下から小川のせせらぐ音がした。
そのうえを、苔むしたコンクリート蓋暗渠が、狭く真っすぐに突き抜ける。ここの暗渠は本当に絶景。
なぜかスコップが置いてあるが、それもいい。
流路沿いで話を聞いたところ、この川は篠原池の方に行くという人もいた。六角橋とは逆方向。そう、この付近は分水嶺になっていて、どちらにも行くように見えるのだ。古地図を見ると、少なくとも六角橋方向にここから田んぼが連なっている時期がある。
六角橋方向へ、流れを追おう。
まもなく出現するのが、二ツ池という大きなため池の跡。
天保8年、六角橋村には上池・下池という二つのため池があった。用途は、神奈川宿の用水である。
ため池はしばらく残り、このように戦前期の地図にも載る。戦後の航空写真をみると、まだ池っぽい区画が残っている。
現在は概ね道路になっている。池をブルーで描いてみると…、こんな感じにため池はあった。
池のことを知るひとは少ない。しかし、痕跡は少しずつある。
写真奥にあるわずかな段差は、池のヘリだ。
ジョナサン脇の細い細い謎の道は、池の名残だ。
ジョナサン脇のこの細道のことを会場で知っている人がいなかったが、こんなにもソソる道が六角橋にはある。
古地図と照合すると、この道は池のヘリと重なる。奥に進むと左右に細道が別れるが、片方は池のヘリ、片方はため池に注ぐ細流と一致する。
さきの池(想像)を重ねた写真、実は六角橋公園の市民プールを含んでいる。市民プールなぞ、もはや池の記憶をそのまま継承するといっていいだろう。わたしの妄想ではあるが。
そしてなにより、幹線道路にかけられた歩道橋。
実はこの歩道橋の位置は、ため池時代の築堤の位置と一致するのだった。
こういった符合は、本当におもしろい。江戸時代から、ひとびとは、この谷底を横断するとき、この場所を渡っていたのだろうと思う。現代も、その土地の記憶は受け継がれているかもしれないのだ。たとえば大きな木を目印にして、あの場所に行けば渡れる、ということにしていたかもしれない。江戸以降、深くきざみこまれた土地の記憶。交通量の多い幹線道路を渡る、「あの場所」として、昭和に歩道橋が設えられる。
そんな流れでこの歩道橋が作られているといいな、などと思う。わたしは階段を上るのが苦手なので、基本的に歩道橋は避けているのだが、この歩道橋はなんだか不思議と、渡りたくなる。
そして市民プールの脇から支流暗渠の緑道が始まる。区境も兼ねる、盛りだくさんの空間だ。
川の形に沿う家。
暗渠に舟があった。
流路を撮っていたら、話しかけられたので逆質問をした。(ここ、川でしたよね。)「ここは63年くらいまで開渠だった。魚もいたし、水もきれいだった。」(川で遊びましたか?)「遊ばないよ(笑)、蛇がいっぱいいたし。」…このすぐ下流の、商店街と交差する地点の暗渠化は早かったのに、すぐ上流は30年ほども開渠のままだった、ということになる。
※滝の川暗渠のことは、「はま太郎15号」にも書いています。「はま太郎」に書いた、市場の方に流れて行くんだろ?も、この辺りの人に話を聞いていた時に複数回聞いたこと。
そして暗渠は六角橋商店街へと流れこむ。
その先、滝の川本流と合流し、海にいたるのだ。
本流が開渠になる直前の橋も境橋。境橋、ふたつめ!
今回の記事で出てきた流路を、スーパー地形にプロットしたものがこちら。
第一回目のコラボ泥水のときに、歌詞をつけた暗渠スライドの一部はこちら。
回ごとに、テーマを変えています。この時のスライドは、滝の川の選りすぐり暗渠写真にしました。
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この記事を、スーマーさんと、Sammy'sさんに捧げます。良い場所、大事な場所、あの場を介してつながる、なんだかおもしろい人たち!早くまたあの空間が、歌声とビールジョッキで満ちますように。
「泥水は揺れる」、ぜひ一度、聞いてみてください。
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