« ババノダカタノシミズガワ | トップページ | 暗渠さんぽのおとも ~久々のあるきたべ~ »

西荻窪ひみつ暗渠 松庵川のはじまり

西荻窪の暗渠たちは、まだまだひみつだらけです。

そもそも資料の少ない幻の川松庵川についても、上流部の正確な流路を実は確定できていません。とくに水源の位置は、なんとなくそう思っているだけで・・・

・・・そのぼやけた感じは、西荻窪(とくに駅近辺)の地形のあいまいさのせいでもあれば、この雑な地図のせいでもあり。

Shoankubo1

                     「杉並の川と橋」より

松庵川をさがすとき、最初に得た資料がコレでした。もうちょっと、こう、、と唸らざるを得ない、いろいろとキビシイ図です。

左上に女窪と男窪の名が書かれています。これらはもともと窪地ではなく、甲武鉄道敷設の際に土を採取してできた、人工のもの。そこに水が湧き、排水のため水路が延びてゆく(そして恐らくもとからあった自然河川と繋ぐ)。・・・つまり、明治期にできた水源でした。おなじころ、高円寺や阿佐ヶ谷でも同様の池が複数存在しましたが、西荻窪においてはこのふたつ。そしてこのふたつを合わせて、松庵窪と言ったようです。

松庵窪(女)からの流れは、第二松庵川(仮)へと。
松庵窪(男)からの流れは、松庵川へと。
いずれも善福寺川に注ぐ。と、ある文献には書かれています。

現地に行ってみるとそれなりに、女窪、男窪(推定)のあたりは低いように感じます。
しかし、女窪は水源そのものよりも、そこから下のルートがわかりにくいので、そちらに気を取られていました。
男窪は松庵川の流路上にあると思っていて、よくよく考えてみるとこの”雑な地図”とは違う位置なのに、まあ地図がズレてるんだろう、くらいの気でいました。

Shoankubo2
             だいたいの地図。googleさんありがとうございます。

東京時層地図でも、西荻窪は残念なことにバッサリ切られて見られません。
それに、わたしは西荻窪に4年住んでいたのだから、このへんのことはだいたい「わかったつもり」になっていて。だから正直、男窪の位置についてはあまり考えないできていました。少なくとも、あえて検証、という気は起こさずに。

ところが、あるときボォーーッと時層地図を見ていたら、

Nisi

           古地図はカバーされていないけれど、陰影図は可能なんだ!

え、なんかここ(赤丸部分)すごく窪んでないか?

女窪と思っていた場所でも、男窪と思っていた場所でもないところに、わりと大きな段差を見つけたのでした。それは、西荻窪に住んでいた時代にも、見た覚えのない場所でした。心がざわざわする高低差です。

これは、行ってみたい。
そう思って、西荻に行ったならあれこれ食べたい、ってなるのを我慢して、何かの合間に、この窪を見るためだけに、途中下車してきました。わずか数十分の旅。

Otoko1

駅を出て南口から、吉祥寺方面に向かいます。すると、まっすぐの下り坂が突然尽きます。このヘタ地っぷりは、たしかに気になってはいましたが・・・。

Otoko2

左折したら最初の路地を奥に入ります。この時点で、ここの住民しか入ってはこない道です、たぶん。

Otoko3

奥はT字路になっていてすぐに行き止まる。

Otoko4

そこで立ち止まって、左を見ても、

Otoko5

前を見ても、少し右に歩いてみても、たしかに崖があるのでした。

松庵川の水源地帯は、とにかく緩やかなので、西荻=平坦気味、という頭になってしまっていました。・・・こんなに立派な崖があったなんて!わたしの知らない、西荻さんの横顔を見た瞬間。

しかしこの位置、前掲の”雑な地図”からすると、ずいぶんと北西にあるように思います。

Kubo

もともと自分が思っていた位置からも、ずっと西です。
しかし、西荻に珍しいこの劇的な窪み方、それから、陰影図で見たときの突然の凹みが、どうも人工的な気がしています。(女窪もそうで、所謂谷頭のかたちになっていないような。)

松庵川は、男窪の湧水を流すほか、吉祥寺の悪水処理も兼ねていた、といいます。ですから、ちょうど吉祥寺からの通り道(の低地)であるここは、水路が脇を駆け抜ける場所であり、かつ、甲武鉄道用の土を掘った場所ではなかろうか・・・
ここが男窪であり、松庵川のはじまりであったのではないだろうか。住宅しかない路地でしたが、そんなふうに思わされました。

さて西荻めしといえば、

Ca

キャロット。
ステもりチキン、とかね。お腹がそんなにすいてないときは(そんなときにここに来るな)、ビーフシチューだとちょうどよいんですよね。

Ca2

それがなんと、閉店しちゃってました。。まさかの。。
ベーコン巻きステーキ、好きだったな・・・。コスパがほんとに最高の店だった・・・。

街は変わるもの。ロンドンもなくなった。長崎亭もなくなった。
いっぽうで、ここ数年でオサレな雑貨屋やカフェが西荻にもたくさんできた。大規模再開発がなくたって、こうやって少しずつ、かさぶたができてはゆっくりと剥ぐように、街は変化してゆく。

<後日追記>
キャロットはいつのまにか、復活していました。これは2014年6月に確認したときの写真。

Hukkatu

以前の店主の事情で閉店→替わって復活、という流れのようですが、色々とベツモノになたっという噂もネット上では見かけます。以前のように外にズラリとメニュー&値段は貼られておらず、サンプルも整理されてすっきり(しかも値段書いてない)。そのうちこの舌で、たしかめにいこうと思います。

                        ***

さてさて、今回の窪から松庵川(の、現在明確にわかる)暗渠まで、地形上不自然な点は否めません。
しかし、西荻窪はかつて大規模な区画整理を行っており、そのさいに水路はかたちを変えられ、また盛土された箇所もあったのではないか、と推測しています。この工事の詳細についても、いつか明らかにしたいと思いつつ、あまりの資料のなさに、なかなか掴むことができないまま。
さらに、松庵川の下流部分は自然河川のかたちをしている・・・つまり、明治期にできた松庵窪の他にも、松庵川の水源は存在する可能性があって。それはいったい、何処なのか?

まだまだ服を脱がない、エロスな街西荻窪。松庵窪もまた艶めかし。ひきつづき、エロい目で西荻のことを、眺めていこうと思います。

<文献>
杉並区郷土博物館研究紀要別冊「杉並の川と橋」

|

« ババノダカタノシミズガワ | トップページ | 暗渠さんぽのおとも ~久々のあるきたべ~ »

1-4 さんぽ:松庵川」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/24013/59569104

この記事へのトラックバック一覧です: 西荻窪ひみつ暗渠 松庵川のはじまり:

« ババノダカタノシミズガワ | トップページ | 暗渠さんぽのおとも ~久々のあるきたべ~ »