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2014年5月

暗渠蓋コレクションvol.1

先日はじめたfacebookにて、これまた先日「暗渠蓋コレクション」という「ただ蓋の写真を載せ、思いついたことをつらつら書くだけ」というシリーズをはじめました。

このブログでは、ある程度調べたことを、ある程度の長さをかけてしっかりと書きたいと思っているため、こちらでやろうとは思わなかった形式です。が、facebookだと読めない方もあるということ、twitterだと短すぎて再現できないこと、等から、ここに数枚ずつ転載しまとめてゆくことにしました。facebookでも読んでくださった方には、重複スミマセン。

というわけで、暗渠蓋コレクションNo.1から、はじまりはじまり。

                       ***

No.1 

Adati

神領堀東堀のコンクリ蓋、足立区マンホール付。

足立区のことは、まだよく知らない。
地図上、地形上等の印象から、暗渠は概ね車止め付の道か、適当に気の抜けた緑道になっていそうだ、と思っていた。想像を覆す、コンクリ蓋の連なりはうれしい。マンホールが中央に置かれないのは、強度のためだろうか。この、足さんマークの四角マンホが、とてもよいアクセントになっている。
残念ながら下流側にはもうコンクリ蓋はなかった。東堀は、遡ってゆけば見沼代用水に到達するようだ。
さて、上流側はどうだろう。

(足立区皿沼3丁目)

                       ***

No.2

Oume

玄関擬態蓋。

多摩川に流れ込んでいただろう、名もなき水路。・・・水路?民家へのアプローチのように見える。が、よく見ると厚めのコンクリ蓋の連なりだった。
逆に、民家のただの敷石(コンクリ蓋様の)を、暗渠だと思って凝視してしまうこともよくある。だからこれも、前後をきっちり確かめる。
あった、あった。
細々とした蓋たちが、多摩川へと駆け下りていた。

(青梅市滝ノ上町)

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No.3

Senkawa

土被りコンクリ蓋、農道仕様。

仙川の支流のひとつに、こんなものがあった。
ぱっと見は畑の脇にあるただの地面。しかしよくよく見てみると、うっすらと四角いマンホールが、そしてコンクリ蓋の継ぎ目が、浮かび上がってくる。コンクリ蓋暗渠の部分から辿ってきたからわかったものの、これは、こちら側から見たら、お手上げの物件かもしれない。

しかし、畑の脇にある暗渠って、いつもちょっと不思議。
蓋、しなくったって良かったんじゃない?と、少しだけ思いながら歩く。

(世田谷区上祖師谷3丁目)

              

                       ***

現在7蓋めを書いたところですが、どうも、枚数を重ねるにつれ、だんだんとこの短文にも「想い」が籠もり始めている気がします。どうも、ウェットですみません。
これから、長編記事がなかなか書けない時期(まさにいま)などに、ときどき蓋コレを登場させてしまうと思います。どうぞ、よろしく。

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暗渠さんぽのおとも ~久々のあるきたべ~

なんだかこのシリーズ、すごく久しぶりに書く気がします。
次のあるきたべ記事は〇〇にしたい、などと、2種類くらいのコンセプトを持っていたのだけれど、それらがなかなか達成できずにいました(そもそも暗渠を歩きに行けない日がとっても増えた)。それは相変わらず達成できていないんだけど、とりあえず、あるもので書いちゃうことにします。

暗渠を気ままに歩いて、食べたいなと思ったお菓子を食べた、ただそれだけの記録たち。

Habutae

羽二重だんご on 音無川。

日暮里駅の近くにHABUTAEという小ぎれいなカフェもあったけれど(椅子がだんごデザインでかわいいのだけれど。いまもあるのかな?)、より情緒が欲しくなって本店に行った。

羽二重だんご、期待通りのむっちり、もちもち、やわらかい。

音無川洋酒マラソンのロケハンに行ったときじゃないかな。
立派に残る、将軍橋さんもご一緒に。

Grim

大判焼き on ”キヌ電”周囲の水路。

この日はお菓子を食べるつもりじゃなかった。ところが東尾久の住宅街を歩いていると、突然「グリム」というお店が出現。
なに、グリムってwwww
と、まずは名前のインパクトで買うことを決意。

餡子、むらさきいも、マロン、カスタード、チーズ、と種類も多く、ひとつ130円という良心的な値段。むらさきいもを買って、ぱくぱく。
嗚呼、グリム柄だなあ。これはグリム焼と呼びたいなあ。

荒川区特集、やろうと思ってからまた1年以上経ってしまったけど、ちゃんとやろうと思い続けてます。だいじなルーツだもの。

さて、甘いのつぎは、しょっぱい。

Yazawa

たこせん on 谷沢川支流。

祖師ヶ谷大蔵にいったときのこと。
たこっぺ」というたこ焼き屋さんが、暗渠の近くにあった。
たこ焼きのほか、「たこっぺ焼き」という謎のたべものもあったけど、あるきたべるなら「たこせん」でしょう。

たこせん、もっともっとアチコチにあるといいのにな。
子どもの頃、うちの方には存在しなかった食べものなので、よけい気に入ったというか。
たこせんを頬張りながらあるくの、大好きです。

たこっぺのは、大きめでアツアツでゆるめのたこ焼きだったので、持つ手も熱い、中が垂れても頬張っても熱い、しばらく暗渠上で格闘しましたとさ。はふはふ。

さいごに、番外編。

Inokasira

井の頭煎餅 on お茶の水。

ここは暗渠じゃないけれど。
でも、今や湧いてはいない神田川の水源、お茶の水の井は湧水跡のようなもんで、ということは川跡のようなもんで(論理の飛躍)。井の頭池も、神田川も、ちゃんと水があるけれどもさ。でも、暗渠の兄弟みたいなもんじゃないかなと思って。

吉祥寺の東急地下で買った井の頭煎餅は、井のかたちであり、そして本体と似ているような、いないような。
でも最初にこのお煎餅を見たとき、「ああ、これは、ココに来なきゃ!」と思ったので。

・・・という、今回のあるきたべは、気づいたら「茶色い食べもの」特集になっていたw
もっとカラフルなものとか、ある系統に寄ったものとか、思い出した頃にまた、あるきたべ特集をやろうと思います。ほな。

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西荻窪ひみつ暗渠 松庵川のはじまり

西荻窪の暗渠たちは、まだまだひみつだらけです。

そもそも資料の少ない幻の川松庵川についても、上流部の正確な流路を実は確定できていません。とくに水源の位置は、なんとなくそう思っているだけで・・・

・・・そのぼやけた感じは、西荻窪(とくに駅近辺)の地形のあいまいさのせいでもあれば、この雑な地図のせいでもあり。

Shoankubo1

                     「杉並の川と橋」より

松庵川をさがすとき、最初に得た資料がコレでした。もうちょっと、こう、、と唸らざるを得ない、いろいろとキビシイ図です。

左上に女窪と男窪の名が書かれています。これらはもともと窪地ではなく、甲武鉄道敷設の際に土を採取してできた、人工のもの。そこに水が湧き、排水のため水路が延びてゆく(そして恐らくもとからあった自然河川と繋ぐ)。・・・つまり、明治期にできた水源でした。おなじころ、高円寺や阿佐ヶ谷でも同様の池が複数存在しましたが、西荻窪においてはこのふたつ。そしてこのふたつを合わせて、松庵窪と言ったようです。

松庵窪(女)からの流れは、第二松庵川(仮)へと。
松庵窪(男)からの流れは、松庵川へと。
いずれも善福寺川に注ぐ。と、ある文献には書かれています。

現地に行ってみるとそれなりに、女窪、男窪(推定)のあたりは低いように感じます。
しかし、女窪は水源そのものよりも、そこから下のルートがわかりにくいので、そちらに気を取られていました。
男窪は松庵川の流路上にあると思っていて、よくよく考えてみるとこの”雑な地図”とは違う位置なのに、まあ地図がズレてるんだろう、くらいの気でいました。

Shoankubo2
             だいたいの地図。googleさんありがとうございます。

東京時層地図でも、西荻窪は残念なことにバッサリ切られて見られません。
それに、わたしは西荻窪に4年住んでいたのだから、このへんのことはだいたい「わかったつもり」になっていて。だから正直、男窪の位置についてはあまり考えないできていました。少なくとも、あえて検証、という気は起こさずに。

ところが、あるときボォーーッと時層地図を見ていたら、

Nisi

           古地図はカバーされていないけれど、陰影図は可能なんだ!

え、なんかここ(赤丸部分)すごく窪んでないか?

女窪と思っていた場所でも、男窪と思っていた場所でもないところに、わりと大きな段差を見つけたのでした。それは、西荻窪に住んでいた時代にも、見た覚えのない場所でした。心がざわざわする高低差です。

これは、行ってみたい。
そう思って、西荻に行ったならあれこれ食べたい、ってなるのを我慢して、何かの合間に、この窪を見るためだけに、途中下車してきました。わずか数十分の旅。

Otoko1

駅を出て南口から、吉祥寺方面に向かいます。すると、まっすぐの下り坂が突然尽きます。このヘタ地っぷりは、たしかに気になってはいましたが・・・。

Otoko2

左折したら最初の路地を奥に入ります。この時点で、ここの住民しか入ってはこない道です、たぶん。

Otoko3

奥はT字路になっていてすぐに行き止まる。

Otoko4

そこで立ち止まって、左を見ても、

Otoko5

前を見ても、少し右に歩いてみても、たしかに崖があるのでした。

松庵川の水源地帯は、とにかく緩やかなので、西荻=平坦気味、という頭になってしまっていました。・・・こんなに立派な崖があったなんて!わたしの知らない、西荻さんの横顔を見た瞬間。

しかしこの位置、前掲の”雑な地図”からすると、ずいぶんと北西にあるように思います。

Kubo

もともと自分が思っていた位置からも、ずっと西です。
しかし、西荻に珍しいこの劇的な窪み方、それから、陰影図で見たときの突然の凹みが、どうも人工的な気がしています。(女窪もそうで、所謂谷頭のかたちになっていないような。)

松庵川は、男窪の湧水を流すほか、吉祥寺の悪水処理も兼ねていた、といいます。ですから、ちょうど吉祥寺からの通り道(の低地)であるここは、水路が脇を駆け抜ける場所であり、かつ、甲武鉄道用の土を掘った場所ではなかろうか・・・
ここが男窪であり、松庵川のはじまりであったのではないだろうか。住宅しかない路地でしたが、そんなふうに思わされました。

さて西荻めしといえば、

Ca

キャロット。
ステもりチキン、とかね。お腹がそんなにすいてないときは(そんなときにここに来るな)、ビーフシチューだとちょうどよいんですよね。

Ca2

それがなんと、閉店しちゃってました。。まさかの。。
ベーコン巻きステーキ、好きだったな・・・。コスパがほんとに最高の店だった・・・。

街は変わるもの。ロンドンもなくなった。長崎亭もなくなった。
いっぽうで、ここ数年でオサレな雑貨屋やカフェが西荻にもたくさんできた。大規模再開発がなくたって、こうやって少しずつ、かさぶたができてはゆっくりと剥ぐように、街は変化してゆく。

<後日追記>
キャロットはいつのまにか、復活していました。これは2014年6月に確認したときの写真。

Hukkatu

以前の店主の事情で閉店→替わって復活、という流れのようですが、色々とベツモノになたっという噂もネット上では見かけます。以前のように外にズラリとメニュー&値段は貼られておらず、サンプルも整理されてすっきり(しかも値段書いてない)。そのうちこの舌で、たしかめにいこうと思います。

                        ***

さてさて、今回の窪から松庵川(の、現在明確にわかる)暗渠まで、地形上不自然な点は否めません。
しかし、西荻窪はかつて大規模な区画整理を行っており、そのさいに水路はかたちを変えられ、また盛土された箇所もあったのではないか、と推測しています。この工事の詳細についても、いつか明らかにしたいと思いつつ、あまりの資料のなさに、なかなか掴むことができないまま。
さらに、松庵川の下流部分は自然河川のかたちをしている・・・つまり、明治期にできた松庵窪の他にも、松庵川の水源は存在する可能性があって。それはいったい、何処なのか?

まだまだ服を脱がない、エロスな街西荻窪。松庵窪もまた艶めかし。ひきつづき、エロい目で西荻のことを、眺めていこうと思います。

<文献>
杉並区郷土博物館研究紀要別冊「杉並の川と橋」

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