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桃園川銭湯巡礼 その5 昭和浴場とお好み村 と、桃園川速報

お風呂に入っても湯冷めしない時期、どころか、外を歩けば汗ばむので銭湯に寄りたくなる時期、に、いつのまにか変わっていました。
こんな時期にこそ、あちこちの銭湯&一杯をやりにいきたいもの。

そんなわけで、桃園川沿いの銭湯でひとっぷろ&一杯の”桃園川銭湯巡礼シリーズ”を久しぶりに。ゆるゆると本流を下ってきた銭湯巡礼も、ようやっと中野区部に入ります。
今回もさっそくひとっぷろ・・・

の、まえに、近隣の桃園川本流沿い廃銭湯をご紹介しましょう。

1つめ、その名も”桃園湯”跡。
こんな、桃園川好きにはたまらない名前の銭湯があったんですねぇ。もうひとつ、すぐ近くの台地上に桃園浴場という露天風呂つきの銭湯もあったようなのですが、どちらも自分が知る前に廃業しており、出会えませんでした。

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桃園湯は、昭和初期の地図で見ると中野五差路のあたりにありました。このクリーニング屋さんの左隣の新しいビルがたぶんそう。少し前までは、古びた男性専用サウナだったので、きっとそれが桃園湯の名残だったのでしょう。
サウナがなくなってしまい、今や銭湯的な情緒は薄いけれど、お隣にクリーニング屋さんがあるので、なんとなく残り香がまだあるようなないような・・・

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ちょっと気になったので2階を拡大。

2つめは、藤乃湯跡です。

Fujinoyu

以前の記事でも登場したことがあります。
いまも、コインランドリーが残っていて、佇まいもすっごく廃銭湯ぽいです。建物自体はきっと建て直してあるのだろうに、「ぽさ」が残るのってなんなのだろう。

この2軒が、今回のエリアで本流および旧本流近くにあるものたち。

お次は、昭和浴場

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現役さんです。
昭和浴場の位置って、桃園川緑道から見ると少し遠いように見えるかもしれないけれど、旧本流からみるととても近いです。

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お風呂の種類が豊富です。
サービスも色々。
金曜日に深夜までやってくれるのもうれしいし、平日だって1時半と遅めです。

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えんとつに「マジック温泉」と書いてあるように、ここは銭湯界では有名なのではあるまいか。経営者にマジシャン(=タジマジック)がいて、銭湯でもときどきマジックがみられるようなんです。

つっても、わたし以前この近くに住んでいたのでよく来てたんですが、マジックは見たことがありません・・・タジマジックをスーパーで見たことなら、ありますけどもw

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昭和浴場の横には桃園川の支流暗渠が流れていて(西町天神支流(仮))、

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すぐ上流側ではコンクリ蓋を見ることができ、このコンクリ蓋の隣は飲み屋さんでもあります・・・この日はやっていなかった(最近やっていないような気がする)けれど。

それから、昭和浴場は猫のいる銭湯でもあります。
飼い猫(もともとはお隣の猫だったのが、銭湯が暖かいのでしょっちゅう来ていて居ついたらしい)のチョビがたいてい居ます。かわいらしい名前だけど、とってもとっても体の大きいサバ猫。人懐こくてみんなに愛されている猫です。
チョビのことは、女湯の脱衣所でよく見かけます。・・・なので、男性にとっては”運が良くないと”会えない貴重猫かもしれません。

お風呂から上がって、待合でビールを飲むこともできます。ある程度の量の漫画もあります。入浴時に30円ぶんのチケットをくれるので、それで駄菓子(番台においてある)を買っておつまみにするのもヨシ。
でもきょうは、おつまみは我慢してゴハンを食べにゆきます。

昭和浴場は区境にあり、いろんなものからちょっとずつ遠いので、ゴハンにはちょいと迷います。以前紹介した伊賀もいいけど、今回は東高円寺方面に歩いて、

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お好み村にします。以前はニコニコロード上にあったのが、建物の老朽化により大久保通り沿いに移転してきたお店。

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漂うカープ感。
移転前のほうが、もっと蓄積されたカープ感があって良かったな。ふるいテレビで広島戦を流していたりもして。いまは居酒屋さんの居抜きなので、これからカープ臭が蓄積されていくのでしょうか。

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広島風お好み焼き。
粉もののときは、レモンサワー率が高いかも。

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ハフハフ・・・。ゴクゴク・・・ぷはぁ。
この日は食べなかったけど、わたしはここのキムチ焼きそばが好きです。お姉さんが丁寧に作ってくれる、いい塩梅の焼きそば。

                     

さてさて今回の行程です。

Shouwayokujomap

前回(稲荷橋付近)と今回、本流に接している銭湯(或いは廃銭湯)はありませんでした。そういえば藤乃湯という名前は、桃園川本流上で2軒目ですね(1軒目の記事)。

中野区に入ったということは、本流沿いの残る銭湯は、あそこと、あそこ。そろそろ河口が近付いて来てますね。

                      

                        ***

ところで、最近桃園川をパトロールしていたら、びっくりな場所がありました。
ちょうど中野五差路の先なので、あわせてご紹介しておきます。

その場所とは・・・

Sokuho1

いまも立派な欄干の残る、桃園橋のところです。おとなりの、三好弥(ビルの1階でした)が無くなっている・・・!最近まであったはずで、閉店の知らせさえ気づかなくて、・・・「暗渠めし」シリーズで訪れる予定にしていたというのに。悶々。
解体されて道路になるのでしょうか?

中野三好弥の喪失も哀しいですが、三好弥が消されるんならこれって桃園橋だって消される位置なんです。でも、桃園橋といったら、そのむかし鷹狩りに来た将軍が渡ったとされるお成り橋。現在桃園川流域に残る古い石橋なんて、3つしかないはずだし、まさか消されないよね・・・

Sokuho2

・・・なんて思っているひとは、ごくごく一握りなのかもしれない。和泉川、清水橋の立派な親柱がゴミみたいに放置されていたり、橋跡が突然失われる例はあるわけで。。
中野区のサイトで見てみると、2019年までに”五差路交差点事業”というものが完了するようです。事業の詳細はわからないけれど、ここにもなんだか魔の手が迫っている感じはします。
既に今年、南側が大きな変貌を遂げた中野区。実は北側も東側も少しずつ変わっていくようです。桃園川流域では、この五差路付近と天神川上流部が影響を受けそうなので、定期的にパトロールしに行こうと思います。

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コメント

こんばんわ。

桃園橋のあの立派な欄干親柱が消えそうなんですか?
歴史的文化?遺産として残して欲しいですね。
無くならないことを祈ります。

銭湯は昭和の時代から比べると相当少なくなったようですね。
私はむかし谷戸小近くに住んでまして家風呂はありませんでした。ですから谷戸小近辺の銭湯はほとんど行きました。

平成の現在、残っているのかは解りませんが、覚えてる銭湯を列挙します。普段使っていた銭湯は金剛橋近くの大久保通り沿いにある『金剛湯』。金剛湯が休みの日は谷戸小の西側の通りに面してある『中野湯』。その次は気が向くと行っていた中野湯から北へ向かい途中を右に曲がった谷戸川(天神川)近くにある(名前が合ってるかイマイチ不安)『城山湯』。谷戸川(天神川)が中央線を潜る北側(中野6丁目)に『文園湯』これも名前が違ってるかも?
その他、名前は忘れましたが宝仙寺近くと現在では無い仲町小学校近くにも銭湯がありました。暗渠や川には全く関係ない高台の東中野2丁目中央線沿いにも銭湯がありました。
三味線橋より一つ下流の橋近くの千代の湯さんは地図に載ってますのでバリバリ現役ですね。まだ営業していてくれたなんて、とても嬉しいです。(笑)
またまたつまらない私の昭和の記憶ですが、何かの参考になればうれしいです。
しかし、今の時代、家に風呂が無い一軒家やアパートはもうほとんど無いでしょうね。銭湯も減る訳です。

PS.上記の銭湯の詳しい場所、ほぼ間違いなく覚えてますので、もしnama様が必要であれば地図に印を入れてメールすることも可能です。(o^-^o)

投稿: 谷戸っ子 | 2013年5月30日 (木) 01時02分

>谷戸っ子さん

こんにちは。消えてしまわないか、わたしも心配です。。

銭湯情報、ありがとうございます!!
毎回思いますが、谷戸っ子さんの記憶力って本当にすごいですね。わたしは昭和6年の地図から中野の銭湯情報を拾っているのですが、金剛湯、城山湯、文園湯、たしかにありました(文園湯は現在の地図にも載っていることがあります)。ところが中野湯は確認できていませんでした。比較的新しいのでしょうか。できれば中野湯の場所を教えていただけると助かります。それから、上記各銭湯の印象についても、何か覚えてらっしゃることがあれば、なんでも知りたいです~!

実は、杉並区の銭湯情報は銭湯名鑑(何年分かの)のようなものから取っていたので、わりと安心していたのですが、中野区にはそのようなものが見つからなくて、古い地図だけを頼りにしていました。それも年代が限られるので、つまりわたしの中野銭湯情報には抜けがいろいろありそうなんです。なので、このように教えていただけるのは本当にありがたいです!現存している銭湯ならばわかりますが、何十年も前に廃業されたものには、辿りつくまでなかなか時間がかかるので・・・。

投稿: nama | 2013年5月30日 (木) 13時08分

こんにちわ。

中野湯の場所は地図にマーク入れてメールにて早いうちに送りますね。

それにしてもnama樣がお持ちの昭和6年の地図は貴重ですね。その地図に銭湯が載ってるのが、また凄いです。

しかし、金剛湯、城山湯、文園湯が昭和6年に既にあったのには驚きです。この事実を知ることが出来たのもnama樣のおかげです。ありがとうございます。spa


投稿: 谷戸っ子 | 2013年5月31日 (金) 13時21分

>谷戸っ子さん

こんにちは。メール拝受いたしました。本当にありがとうございます。
地図、昭和6年と書いてしまいましたが8年の間違いでした。銭湯情報だけ別な地図に写して使っていたので、年代がうろ覚えだったのです、失礼しました。それから、そういえば文園湯は当時は違う名前だったようで、これはちょっと面白いので、天神湯の銭湯巡礼の記事の時にあわせてお知らせしますね。
こちらこそ、谷戸っ子さんの水路関係についての詳細で明確な記憶はどんな文献よりも面白く、そしてありがたいです。メール、じっくり拝読させていただきますね。ではでは~。

投稿: nama | 2013年6月 3日 (月) 10時11分

Thank you for your article.Thanks Again. Awesome.

投稿: polo ralph lauren | 2013年6月 8日 (土) 14時05分

五叉路の整備計画は区ではなく都のページhttp://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2008/12/DATA/20icp500.pdf
に詳細が乗っていました。

投稿: | 2013年7月13日 (土) 15時02分

> ? さん

ありがとうございます。このぶんだと、欄干は移動させるか撤去かということになってしまいそうですね。

投稿: nama | 2013年7月18日 (木) 15時56分

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