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桃園川支流を歩く その47 ”小淀川”を追え!⑤

2010年。ひとつの文献をきっかけにして、迷走し続けた”小淀川”探し。
要領の悪いわたしは、何度も訪問してやっと、下流側になんとかそれらしい隙間を見つけられたのですが(”小淀川”を追え!③)、残念なことに中流部であやしいと思った道は川跡ではなく、池の跡であるというコメントを地元の方からいただきました(”小淀川”を追え!④にて。鍵ノ手さん、その節はありがとうございました)。

いま、小淀川の流路特定はほぼ完了しているのですが、今回はそちらではなく。上述の池=伏見宮別邸にあった大きな池の、跡がたしかに道になっているということを検証してみたいと思います。川跡の道ばかりを歩き続けていると、池跡の道、ってちょっと貴重な気がしてきたりして・・・

まず、一番最初(”小淀川”を追え!①)に流路と間違えていた、小淀東通りを歩きます。

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当時ベタベタと貼られていた、JT跡地を公園に!という”飴と鞭ポスター”が一切なくなっていました。
いつのまにか決着がつき、建物が建ち始めていました。公園にはならないことになってしまったようです。

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包丁研ぎ・・・こんな貼り紙、あったっけなあ?
以前はJTの貼り紙ばかり見ていたから、気づかなかったのかしら。

どんな道でも、通るたびに発見があったりします・・・。

それでは、池跡に接近します。まずは池の写真を見てみましょう。

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昭和22年の航空写真です(gooさんいつもありがとうございます)。

池が見えます。山岡鉄舟宅であった場所は、その後伏見宮別邸となり、その一部が現在は高歩院というお寺になっています。伏見宮別邸(いま中央に見える敷地)には、大きな瓢箪型の池がありました。池の水は澄みきっており、冬になるとカモが飛来したそうです。

昭和22年、伏見宮別邸と池は、まだ残っていたようです。池の西側は暗くて境界がはっきりしませんが、東のヘリは、クネクネとしていることがわかると思います。
邸宅の周囲に壁のようなものが見える気がしますが、地元の方の回想によれば塀は無く、近所の子どもたちはよく敷地内に遊びに行っていたそうです。瓢箪型のうち片方(六角堂のない方)の池では、遊ぶことが許されていたそうで・・・。池に架かる橋でザリガニ釣りなどもしたそうです。
ちなみに小淀川は、水色点線部分を流れていました。

S38ike

そしてそれから16年が経過。昭和38年の航空写真です。池は埋められ、東のヘリは道になっています。北側の複雑なクネクネはまぁるく処理されちゃってますが、南側はほぼそのまま!

このカタチを、よく覚えていてください。

さ、では現代へ。名残の道を歩いてみましょう。

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ここから始まります。

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このかたち、これこれ・・・ふふふ。

このあたり、瓢箪のくびれのように思えるので、もしかしたらこの辺に橋が架かっていたのかもしれません。そこにいたかもしれない、ザリガニ釣りの糸を垂らす子どもたち・・・

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左側が池です。
ブラタモリのようなCGを見せられる技術がわたしにあればよかったですが、そんなわけがありません。各自、どうか自分CGで左側の敷地を池に変えていってください。ガァガァと鳴くカモたち、。澄んだ水面・・・周囲はほとんど田んぼです。

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ほうら、池の畔をあるいているような気持ちで。

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最後のカーブに入ります。

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向こうに高歩院が見えてきました。
左手奥には、ちょっと小高くなっている、小淀山がとてもよく見えたことでしょう。

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振り返って。この中が池です。

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池の中には、この地が小淀であった頃の表札が残っていました。ちょっと、うれしい発見。

ちょっとしか歩いてないけど、さてゴハン。
小淀川沿いに、実は”中野の本格隠れ家的イタリアン”があります。
その名は"La Freccia"。ランチ時に行ってみたら、なんと満席で、並んでしまいました。こんな、どの駅からも不便な立地で・・・これぁ、食わせる予感!

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Cランチ、ボスカイオーロスパゲティ(木こり風)にしました。
ミネストローネと、パンがついています。パンの1つは炭入りみたいで真っ黒。それもまたよし。
パスタもちゃんと美味しかったですが、おススメはピザのクワトロフォルマッジみたいなので、こんどは昼ワインができる状態でまた来てみたいなあ、と思っています。

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で、このお店。後ろをこのように小淀川が流れているのでした。
暗渠めし、でしたねぇ。

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さてさてまた池のところまで戻って。

現代の地図でおさらいをしてみます。
じっと見ていると、”池”が浮かび上がってくるようではありませんか?

・・・ここまで見てきて、ふと、また新たな疑問が浮かんでしまいました。この池は小淀川から取水していたとか、湧水があって小淀川に流れ込んでいたとか(弁天堂があったので、湧水があった可能性は高い気がしています)、地元の人の記憶は何パターンもあります。
いずれにせよ、小淀川との連結点があったはず。では、それはいったいどの場所にあったのか?文献によるばらつきがひどすぎて、実はよくわからないのです。・・・どうやら、小淀川のことは、もうちょっと追わなければならないようです、やれやれ(と、ニヤニヤしながら言う)

というわけで、つかまえた、と思ってもスルリと逃げる小淀川。またいつか、つかまえにゆきたいと思います。

あっ・・・。そういえば”ダヌダヌ麺”を食べるのもすっかり忘れてた・・・!

<参考文献>
「昔をたずねて」
中野区教育委員会「青梅街道周辺地域」

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1-1 さんぽ:桃園川」カテゴリの記事

コメント

小淀川の形跡は中央1丁目の20番地の小淀東通り側から入った奥で多く見られます。ちょっとした石垣が多く残っています。
ちなみに町会が小淀川の西端を境に、小淀東町会と小淀西町会とで分かれています。

投稿: 地元民 | 2015年3月10日 (火) 01時10分

>地元民さま

こんばんは。コメントありがとうございます。
また、貴重な情報ありがとうございます。その1ブロック下流側にて、小淀川らしき空間が残っているのを見ましたが、その「ちょっとした石垣」は見た覚えがないような気がしています。さらにリベンジしに行きたいとおもいます。
町会の話も、気づいていませんでした!地元ならではの情報、あらためてありがとうございました!

投稿: nama | 2015年3月17日 (火) 21時56分

再度の投稿です。
20番地では、小淀川を境に西と東で高低差が数十cmから数mあります。ゆりの木公園の奥から東側を覗くと高低差を確認することが可能かと思います。
ちなみにイタリア料理屋の目の前のあるライオンズマンションが建つ前は、ヒロタの洋菓子工場がありました。唯一の小淀川を跨いだ建物です。
20番地の北側の道は、小淀川の跡が軽い坂道になっています。
又、20番地の北側のブロックは、小淀川を挟んで番地が異なっています。高歩院が17番地、小淀ホームが18番地。小淀ホームの場所は、むかし小淀市場があった場所で、肉屋、魚屋、八百屋、菓子屋、雑貨屋がありました。
小淀ホームの前のコインランドリーの経営者が昔のお肉屋さん。小淀東通りは商店街だったんですが、今はむかし。。。

投稿: 地元民 | 2015年4月23日 (木) 01時04分

>地元民さま

ふたたびありがとうございます!
ヒロタの工場は以前、他の方も言ってらっしゃいました。小淀川を跨いでいましたか!それから、コインランドリーは銭湯や水を使ったお店を想像してしまいますが、お肉屋さんでしたか・・・地元の方でないとわからないことですね。20番地周辺をじっくりと、また歩きたいです。
情報感謝いたします。

投稿: nama | 2015年4月27日 (月) 19時20分

お久し振りです。
実家にて建物の図面を見付けまして、その中の案内図に小淀川が描かれておりました。
場所は、何と現在のイタリア料理屋「La Freccia」の入り口辺りから南側に掛けてです。現在の20番地の場所には川が描かれていない為、既に埋め立てられていた様です。その横に亀湯なる銭湯も記載されています。イタリア料理屋があるマンションの玄関あたりです。この記事の写真で矢印が描かれている場所です。
母親へ訊ねたところ、確かにソコに銭湯があったとの事です。川については覚えていない様だったのが残念ですが。。。
小淀川が20番地を分断していた事を考えれば、イタリア料理屋の玄関あたりを流れていた事も納得ができます。

投稿: 地元民 | 2016年10月23日 (日) 02時03分

地元民さま

返信が遅れてしまい、すみません。素晴らしい情報をどうもありがとうございます。イタリア料理店の入口あたりでしたか!何年頃の図面であるか、ということもとても気になります。亀湯ではなく川添湯だったか、別な銭湯がこのエリア(違う場所)にあった地図は見たのですが・・・
いずれにせよ、再度現場検証に行ってきたいと思います。

投稿: nama | 2017年4月 9日 (日) 23時22分

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