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カニの谷の鉄塔

安田成美の歌声でどうぞ。

・・・カニの谷に行ってきました。

蟹ヶ谷に行きたい。と、思っていました。だってあそこは、軍事ものと谷の場所。なにより、わたしは蟹が大好きなんです。一番好きなのは、毛ガニ。つぎは、ワタリガニとズワイガニが互角の戦い。山形の鮎茶屋で、鮎の塩焼きを食べつつ、サワガニの味噌汁をすするのも非常においしいです。

ちょうど、横浜時層地図も出た時分。蟹ヶ谷もぎりぎり載っていて、まるでカニパンのように入り組んだ谷戸たちに、気分はいやでも盛り上がる。そんな場所です。

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これがカニの谷です。google earthさんありがとうございます。
猫またぎさんも、つい最近記事にされています(蟹ヶ谷をたどる)。わたしとは反対向きにたどってらっしゃるようですね。

それにしても何故”蟹ヶ谷”なのでしょうか。
神の祭祀を行う場を意味する”神庭(かにわ)”、急崖の地につけられることのある地名”カニ”、沢蟹がいたから、など、諸説あるようです。川崎に住んでいるある方は、実際に家の隣に水が湧き、沢蟹がいると仰っていたので、地名の由来であったかは不明としても、沢蟹がいる(た)可能性も低くない場所ではあります。

さて、現地へ。まずは最も標高の高いところまで行ってみます。
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バス停で降り、トコトコ歩いていると、あらまあ懐かしや。

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マンホール多発地帯。

などなど、あいかわらず川崎はたのしい。

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ふう、来ました。
蟹ヶ谷槍ヶ崎住宅や明石穂団地などがあり、バスターミナルがあります。2005年まで四方嶺住宅という団地もあったようですが、現在はそれらしき場所はだだっぴろい原っぱになっています。

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最も高いと思われる場所には、お店屋さんがありました。けれどシャッターが閉まっています・・・。
今でもたくさんの人がここには住んでいるはずなのに、なぜか買い物できる場所が団地付近にはありません。

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”商店街”はありました。
が、今や”商店”は小さめのデイリーヤマザキがあるのみでした。・・・。

さあ、本日のさんぽはここから。まずは、蟹ヶ谷にあるはずの谷川を探します。さきほどの陰影図の、谷の南端を目指します。

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早速、すごい眺め・・・!

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だいぶ下ったところに専念寺というお寺の入り口があります。
地形図を見ると、この奥に、メインの谷頭があるようなのです。

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お寺の駐車場には既に、待ちきれない水たちがジワジワ湧いていました。

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入ると、池がありましたが、湧水池のようには見えませんでした。
しかし、その上にあたるところには墓地があって・・・このように、みごとな墓地谷頭になっていました。
目黒の高福院の墓地(渋谷川支流の上流端であり、同じく墓地谷頭)を思い出しました。それを、更に凝縮したような場所でした。

ここで湧いた水が、おそらく以前は池になっていて、そして左右の崖からの水も集めた川が、

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ここから始まります。専念寺の門のところから。

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流れは門を出、コンクリ蓋暗渠となります(ガードレールの向こう)。

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矢上川をめざしてさらさらと北上します。
矢上川蟹ヶ谷支流(仮)とでも呼びましょうか・・・。

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左右から更に支流がやってきます。
両側は急峻な崖ですから、「そりゃ、来るよね」などとブツブツつぶやきながら歩きます。

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ときどき、のぞき穴もあります。
中には、勢いよく湧水が流れています。

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左岸にちょっと変わったマンションがあって、その脇からも、支流がにゅっと。

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うわはは!なんだ、これ?(すべり台?w)

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歩道の下を流れてゆきます。

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下流は暗渠らしい道になっています。

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この後いったん建物に遮られますが、

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矢上川に到着します。
あれ、水が出てこないぞ・・・?と思ったら、ここにはポンプ所があって、これはおそらくポンプ所の雨水放流口。

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お隣では蟹ヶ谷支流(仮)のきれいな水が合流していました。

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ちょっと上流にはコンクリ蓋暗渠と防火水槽様のものがありました。このへん、小さな谷戸が多いので、こういうのがいっぱいありそうです。

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暗渠のとなりには、畑があり葱が育っていました。
右手には幼稚園があって、夏祭りの準備中。子どもが遊びまわっていました。

・・・さて、軍事ものの話に移ります。
蟹ヶ谷には、かつて海軍の東京通信隊蟹ヶ谷分遣隊がありました。といっても、今下ってきた谷底にあったのではなく、左岸の丘の上と、もうひとつ西の谷に隊は居ました。

昭和5年、蟹ヶ谷に旧日本海軍の通信基地橋村短波受信所がおかれ、昭和12年にに東京通信隊・蟹ヶ谷分遣隊と改称。その役割は短波受信専門の通信基地であり、世界の情報を傍受していました。
丘の上には22棟の建物と、無線通信用の鉄塔6基があり、多くの電柱とアンテナ線を張り巡らしていたといいます。

既述のように蟹ヶ谷は傍受専門であり、送信専門は船橋分遣隊と戸塚分遣隊です。ここで、谷戸ラブさんの最新記事とも不思議とコラボしますw。

そしてその遺構ですが・・・、6基の鉄塔は次第に撤去され、今は航空管制用として1基だけ残っている、と言われるので、それを見に行きます。まさに、最初に降り立った、あの団地の中に。

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いったん下り終えた谷を、こんどは北側から上ります。
継手多発地帯。

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丘の上に戻ってきました。
さきほどの、槍ヶ崎住宅の東には、公務員蟹ヶ谷住宅と、国税局蟹ヶ谷宿舎がどーん、どーん、と建っているのですが、国税局の団地は立ち退き後のようでした。

ここで鉄塔を探し回ったのですが、無い、無い・・・。
情報が殆ど得られていませんでしたが、どうやら、2010年頃に最後の一本も撤去されてしまったようです。

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なんとなく、ここ、でしょうか・・・。
地図を見ると東京航空局とか書いてあるし、戦時中にあったものの名残を感じていた(地図上では)んですが、2012年現在、着々とそれらは姿を消しているようでした。

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団地の端っこはまるで展望台のようでした。矢上川沿いに広がる低地を一望できる丘の上、いかにも通信向きの地。

残念ながら今回は見られなかった鉄塔ですが、航空写真では在りし日の姿を見ることができます。

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さらば、蟹ヶ谷の鉄塔。(わたしは会うことも出来なかったけど。)

もうひとつ。蟹ヶ谷分遣隊は、この地に地下施設もつくっていました。
さきほどの谷の1つ西、”城法谷(じょうほうや)”というところに、です。通信関連の部隊との繋がりをイメージさせられる名ですが、由来についてはよくわかりません。

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この、城法谷にあった地下施設の模型を、平和館でみることができます(手前の水路は二ヶ領用水)。

この日は平和館に寄り、イメージを膨らませたうえで、ここに来ています。しかし、ただでさえアップダウンの激しい川崎で若干疲れ、かつ、鉄塔が見つからず、意気消沈気味でした。そんなところに、この看板が飛び込んできました。

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名残があった・・・!
整備された比較的新しそうな公園でした。しかも、地下に雨水貯留施設が埋め込まれている、興味深い場所です。
気を取り直して、地下壕を探しにゆきます。

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今度は、蟹ヶ谷のように谷底にちゃんとした道がない(畑や企業の用地のみ)ので、いったん谷を下りきり、そして遡ることにします。すると、早速暗渠です。

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遡ると、開渠になり、

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ふたたび暗渠になります。
のどかなのどかな、畑の脇を流れる小川です。

・・・いや、むしろ農家の方の私道ぽくて、無目的に歩くにはハードルが高い道だったんですけど。おそらくここは、久末谷戸ともいうようなのですが、自分としては矢上川城法谷支流(仮)と呼びたいです。

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城法谷支流(仮)のコンクリ蓋暗渠は、クネクネ続いたかと思うと、その先クッと直角に折れ、

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唐突に人工池が現れます。妙に黒いんですが・・・生き物の気配は、とてもありました。蟹っ!?と思ったら、ザリガニでした。

ここでも湧きそうな地形ですが、さらに上の方から湧水が注ぎこんでいます。その上は、渓流のような蓋暗渠で、さきほどの城法谷公園の方につながっていっていました。

そして、この池の隣には、

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地下壕の入口がありました。

今も山林と竹藪と畑といった風景が主なこの谷戸ですが、戦時中もそのような風景だったようで、その中に軍は昭和18年に2つの耐強受信所(地下壕)をつくりました。地下壕の中には電信室があり、多くの通信機材が置かれていたそうです。傍受した内容は、東京通信隊本部や日吉の連合艦隊司令部にも伝えていたといわれます。

地下壕は厚さ40センチメートルのコンクリートでアーチ状に作られ、3か所の出入口がありました。これはその1つで、現在唯一外から見ることのできるもののようです。

地下壕入口のすぐ脇に、こういったことが書かれた説明板が立っていました。そしてそのまん前を、コンクリ蓋暗渠が走っています。
説明板、コンクリ蓋、人工池の位置関係はというと、

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こうなっています。つまり、池のすぐ向こうが地下壕入口なのです。なんという三位一体・・・。

城法谷は、清水も湧いている緑豊かな谷戸だった、と、戦時中の記録にはあります。隣の蟹ヶ谷がそれなりに開発されているのに対し、ここはその雰囲気が今も残っています。

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けれど、畑の緑、山の緑の脇に、にょっきりと現代の人工物も同居していて。 地下には過去の人工物が眠っていて。いろいろなものが在る谷戸です。

さて、概ね見たいものは見たので、帰ります。

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蟹ヶ谷から下ったところに、たつみという中華屋さんがあります。ここにはなんと”カツカレーラーメン”をはじめとする、ワンダーな世界が広がっているようなのですが、涙を飲んでスルー。
だって、わたしは今日は蟹を食べたいんだもの!・・・と、憲兵隊分遣隊が置かれていた、溝の口に移動します。

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滅多に頼むことのない、カニサラダ。
え?そりゃ蟹じゃないって・・・?うぇへへ。

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そして大好きなカニ汁。こんにちは蟹さん。

と、蟹を口にして満足げに帰路に着いたのでした。季節はずれの、蟹づくしさんぽ。毛ガニも食べたかったなぁ。

<参考文献>
「平和ウォーキングマップ川崎」平和マップづくり実行委員会

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コメント

おお!鉄塔の航空写真が残っていましたか!!へえええーなるほどこうなっていたんです…。
地下壕入口での暗渠・池との「三位一体」もすごいですが、
今回テーマそのものが暗渠、軍事、蟹という「好きなもの三位一体」になってるところが基本的にすごいw

投稿: lotus62 | 2012年8月 3日 (金) 16時27分

うう、懐かし。。。。
実は20数年前、蟹ヶ谷の南側(横浜市側)に住んでおりました。峠の商店街も当時はもっと活気がありました。西の団地方向にいくと、夕方は買い物客もかなりいて。峠周辺だけで一つの町になっている感じでしたが、昔の団地タウンの光景だったんですね、あれは。

峠を越える道は、綱島子母口道路といって、見栄えがぱっとしないのに付近では重要な道で。「なんでかなあ」と思っていたのですが、鎌倉街道下道の末裔だと最近知りました。

投稿: sumizome_sakura | 2012年8月 5日 (日) 02時25分

か、川崎ってすごいですね!この秘境感!!
それにしてもカツカレーラーメンが気になります。
行ってこようかな!!\(^o^)/

投稿: ジプキン | 2012年8月 6日 (月) 10時46分

ご紹介いただきありがとうございます。
通信所つながり、本当奇遇ですね、私達がどこかの地下水路を通じて無線通信していたのかも、なんて。
こちらは傍受専門だったとの事、初めて知りました。
私が見たことの有る通信所では、佐世保の針尾送信所が最も美しいものでした。空から見ると三角形に配されているものです。
蟹以外目に入らぬ感じ、すごーくわかります。
頭にインプットされると、どんなに空腹でも排他的になってしまいますよね~。堪能できて良かったですね。

投稿: 谷戸ラブ | 2012年8月 6日 (月) 14時49分

>lotus62さん

2年前まであったのなら、航空写真はイケるかもと思った次第で・・・。蟹は、実家に帰省するよと告げると、「じゃあ毛ガニ解凍しておこうか」と言われる程度には昔から大好きです。

>sumizome_sakuraさん

なんと。お住まいでしたか・・・!
峠の、写真にちょっと写っている肉屋さんは現役です。きっと、いらした頃からやってるお店じゃないでしょうか。でも、コロッケでも買おうかと覗いたら、お惣菜は売っていなくて・・・皆さん車で大きなスーパーにでも行くのかなと思いました。ほか、デイリーの両脇に美容室、理容室、少し離れてクリーニング屋さん、あとは新しめの酒屋さんぽいもの(コンビニ風?)はありましたが、どこも静かでした。”商店街”の向かいにも玩具屋さんなどが数軒あったようですが、仕舞屋で・・・以前とはだいぶ違う景色なのでしょうね。
綱島子母口道路、たしかにバスががんがん通っていたような。

>ジプキンさん

カツカレーラーメンはほんと、よくぞ!って感じですよね。エビフライラーメンも気になります。
この日は、もしここに「カニチャーハン」があったなら、確実に寄っていたんですが・・・なかったためにこうなりました。自分もいつか、カツカレーラーメンのためだけに行ってしまうかもしれません。。

>谷戸ラブさん

そうなんです、蟹ヶ谷記事のことを考えていたら、谷戸ラブさんと猫またぎさんが連続で近いことを書かれたので、・・・心の無線、傍受?w
佐世保の通信所のこと、知りませんでした。丸型が多いものかと思ってましたが、三角ですか。それ、空から見てみたいですねぇ~。
蟹は、実は蟹ヶ谷内でもコンビニで蟹サラダ入りの巻きずしを探したり、肉屋さんでカニクリームコロッケを探したり、定食屋さんでカニチャーハンを探したりしてました。でも無くって無くって・・・蟹の味噌汁があって本当に良かったですw

投稿: nama | 2012年8月 6日 (月) 18時11分

聞いたことあるのですが
ザリガニって別名でエビガニというらしいですよ

投稿: 横浜駅 | 2014年7月22日 (火) 20時39分

>横浜駅さま

はじめまして。そういえばザリガニもカニという言葉がついているじゃないか、といただいたコメントを見て気づきました。

投稿: nama | 2014年8月 2日 (土) 12時02分

言い忘れていました
始めまして!
あ!そうでしたね!

投稿: 横浜駅 | 2014年8月 7日 (木) 23時31分

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