« 紙はこぶ、十条倉庫の汽車ポッポ | トップページ | 桃園川銭湯巡礼 その1 藤乃湯とやきや »

西荻窪ひみつ暗渠 善福寺川城山下支流(仮)

べつに、ひみつでもないんだけれど。
西荻窪には何本か暗渠があるのですが、それらに関する文献がとても少ないのです。
だから、ひみつめいてる暗渠ってことにしちゃいます。

松庵川はファンが多くて、行ってるひとも多いみたいだけれど、それでも関連文献は1~2個しかない、というありさま。今日とりあげる暗渠はもっと少なくて、いまのところ「杉並史跡散歩地図」で暗渠マークがついていただけで、ほかにはまだ文献が見つかってないものです。

西荻窪の駅、北口から出て、暗渠の先っちょへと向かいます。
その途中、まずはここ、銭湯跡地です。北口から線路沿いに、東へ進んだところ。

Siro1

むかしこの場所には、「第二喜志の湯」という銭湯があったらしいです。
銭湯跡地って、きれいさっぱりとマンションになることが多いイメージ(だいたい3階建ての)なんですが、ここは建物が残ってます!
いまは楽音という音楽スタジオになっているのですが、中身だけ入れ替えたみたいで、もう明らかに銭湯。ビルにはめ込みのちょっと新しい類の銭湯。写真だと伝わりづらいかな?前まで行って、うろうろしてみると、だいぶ雰囲気がわかると思います。

Siro2

それから、ここは、高射砲陣地があったとされる場所。
この桃井第三小学校校庭に、かつて高射砲が設置されたといわれます。目的は、荻窪にある中島飛行機工場を守るためであり、他にも久我山、松ノ木、下井草の計4か所に設置されたといわれます(「杉並風土記」より)。
ところが、gooの昭和22年航空写真を見ても、他の4陣地は写りこんでいるのに、ここだけは確認できません。うーん、ほんとにここにあったのかなあ?

Nakase

・・・この写真は中瀬中学校にあったとされる高射砲陣地。横を井草川が通っています。

Siro3

高射砲陣地は、水辺が近く、高くなっている位置に作られる傾向があるように思います。たしかにこの場所は、川も近いし、高台になっているようです。・・・ま、よくわからなかったのでこれは宿題として。

そこから、北へ進むこと2~3ブロック。

Siro4

暗渠の始点が出現します。一見、家の庭みたいな感じですが、やはり庭に混ざりきれていない雰囲気があります。

Siro5

そこから、細いコンクリ蓋の連続です。

Siro6

この暗渠はとても直線的です。用水路なのでしょうか。

家の塀のとなりに、擬態しそこなったような木の塀。

Siro7

その先、アパートの玄関になっていて、さらに先がこれ。
ゴミ捨て場になっています。
こんな雰囲気だったら、いつもはこの車止めを飛び越えて奥まで行っちゃうんですが、このときは残念ながらまだ足を怪我中でした。回り込むのさえひと苦労だったので、奥までは行けませんでした。・・・うーん、そんな理由で行けなかったとは悔しい。

Siro8

先回りします。
すると、一時通行止めを言われてしまいました。

Siro9

奥には飛び出しかけたマンホールと、苔が見えます。クランクになっています。

Siro10

その下流。地面にはかつて車止めが入っていたであろう、穴が見えます。
もっともっと水路敷アピールがなされていたんでしょうね。

Siro11

その、使用済の車止めはなぜかこんなふうに立てかけられていました。・・・これ、あの穴にはめてみたいぃぃぃ・・・

Siro12

橋跡、および、まっすぐなコンクリ蓋暗渠が始まります。さあ、杉並の本領発揮。

Siro13

左側の壁のヨレヨレ感と、暗渠のまっつぐさの良いコントラスト。

Siro14

道路と交差するときには、だいぶ盛られるようです。いつのものなのか、新しめの土嚢。

Siro15

だんだんと深くなって良い感じの道になってきて。
お約束の暗渠猫が登場しました。このコ、暗渠沿いにすまして座っていたので呼んでみたら、みゃーみゃー鳴きながらこっちに一目散に来てくれるじゃないですか! さわり放題です。でも、わたしではなく、後ろに居た近所のおばさんのところに行きたかったみたいでした。。。哀

Siro16

ここらへんは新しめのアスファルトで盛られていて、車止めもきれいです。近年工事が入ったんでしょうねえ。

Siro17

でもなぜか、その盛りが薄くなっていって、またコンクリ蓋になります・・・なんでしょう、アスファルトが切れちゃったのでしょうか・・・北国育ちとしては、ここに雪が積もったら、ぜひともミニスキーで滑りたい。

Siro18

反対側からみるとこんな感じ。

Siro19

そのさき、カクッと曲がって、

Siro20

また道路と交差盛り。

階段とスロープから選べます。やさしいですね。

Siro21

さて、これがラストの直線。

Siro22

フィニッシュです。中田橋のあたりで善福寺川に注ぎます。

で、この暗渠はいったいなんなのか。
冒頭に書いたように、なんだかはわかりません。でも、形状は用水路っぽいです。

なにか手がかりを得ようと西荻図書館に寄ったら、その一帯がかつて「城山」と呼ばれていたことが分かりました(橋名になって残っています)。図書館前にある案内板には以下のように書いてあります。

城山とは、善福寺川によって形成された急崖な舌状台地上に位置し、現在の西荻北二丁目19・33番一帯を指します。城山と言う地名の由来について、荻窪八幡神社の由緒書によれば、「後冷泉天皇の永承6年(1051)に、源頼義が奥州下向の際、この付近に布陣し、康平5年(1062)凱旋した時、八幡神社を修め、部将を停めておいた場所で、後世この一帯が城山の名を有した」と記されています。
 明治中頃までの城山は、杉や松等の密生する雑木林でしかも篠笹が群生しており、人が分け入ることもできないほどであったと言われています。当時は、善福寺川も台地直下を流れており、川から引かれた水路が城山の下を通っていました。また、七ツ井戸と呼ばれた井戸は、城山の南側に一列に7ツ並んで掘られていたようで、何故か土地の人々からは近付くことも恐れられていました。
 この鬱蒼とした雑木林も、大正11年の西荻窪駅の開設、昭和2年の区画整理事業等の影響によって徐々に失われ、昭和30年代前半までは辛うじて残っていましたが、今ではその面影は全く消え失せ、住宅地や公共施設としての新しい姿を見せています。

とても気になるのが、城山の下を通っていたという”川から引かれた水路”。これが、そうなのでしょうか?たしかに、城山のすぐ南側を通過してはいます。が、始点がよくわからないので、善福寺川から取水しているのかどうかわかりません。
「杉並風土記」では、水車を動かすのに落差をつけるため、蛇行する川から城山の下を一直線にトンネルを掘って水路を作ったことが書かれています。つまりは水車堀ということですから、今回辿ったような長めのカクカクした流路は違うような気がします。
「武州多摩郡上荻久保風景変遷誌」によれば、善福寺川の堰から取水した水が、城山の底を通っていた、しかも七つ井戸の底をこの水路が通っていたといいます。ずいぶん深いところに流れる水路であることがうかがえ、やっぱり、今回のものとは違うような気もします。
ただし、善福寺川が蛇行していたときの流路と照らし合わせる必要もあるので、結論が出せません。

・・・詳細はわからないままです。
とりあえず、この暗渠だって城山の下を通っているわけなので、城山下支流(仮)と名付けてしまいましょう。
Siroyamap

ヤフーの地図を拝借します。だいたいこんな感じの流路です。
関根橋のところに堰があったといいますから、そこから南下する暗渠をみつけることができれば、城山下支流(仮)が上述の水路と一致するかもしれません。みつけられなければ、なにものかわからないまま・・・要再訪、ですね。

Siro23

城山のあたりにはこんな風な、ちょっとかわいい集合住宅もありました。

駅へと向かう帰り道、ふと、懐かしい感じのする道がありました。むかし西荻に住んでいたときに、たぶん図書館の帰りに通った道です。上京した最初の年だと思います。
歩いていたら、石焼き芋屋さんが向こうからやってきたので、焼き芋が食べたいなと思い、ひとつ買ったのでした。わたしのイメージする焼き芋は、中がほっくり黄金色で、そして1本100円くらいで、甘くてとってもおいしいやつなんですが(山形ではそういう焼き芋屋さんにしか出会わなかった気がする)、そのとき買った焼き芋はおっきいけど中はべしょっとしていて薄い黄色で、甘くもおいしくもなくて、なのに1000円近くしたんです。
これには海外旅行でぼったくられた時以上のショックを受けて、速攻で山形の友人に「東京の焼き芋はひどい」と愚痴ったことを覚えています。

・・・お腹がすいてきました。

Siro24

パパパパパインで仕上げます。西荻の南口のわりとすぐのところに、パイナップルラーメンのお店があると聞き、もう、ずっとそわそわしてました。
初訪問時にはたいてい、シンプルなラーメンを食べようとするわたくしですが、このときは塩ラーメンの全部乗せを意味する「塩ラーメン、いっぱいん」を頼んでしまいました。
完全に「いっぱいん」と言いたいだけです。

店は予想以上に混んでいて(並んでいて)、そして店主の方のパイン愛が予想以上にすごく(パインの置物多数、パイン柄の服、飲み物もパイン系)。
肝心のラーメンですが、実にふしぎでした。スープには多量のパイナップル果汁が入っていると聞きます。が、麺をすすると、実においしい塩ラーメンなんです!だけど、スープを飲んだり、具のパインを食べたりすると、「・・・ん?」ってなるんです。で、またスープに麺を絡ませて食べると、すごくおいしい!って思うし、チャーシューも玉子もおいしい。で、またパイン食べて「・・・ん?」。の、繰り返しなのです。ミルフィーユ。
うーーん、なんて面白い体験なんだ、これは。きっと病みつきになる人がいそうな、そんな西荻っぽい味がしました。

暗渠も食べ物も、奥が深い、西荻の街。もう一本のひみつ暗渠も、よくわからないまま記事にすることになりそうです。

 

|

« 紙はこぶ、十条倉庫の汽車ポッポ | トップページ | 桃園川銭湯巡礼 その1 藤乃湯とやきや »

1-7 さんぽ:善福寺川支流」カテゴリの記事

コメント

先日ここ行ってきましたが、まだレポしていません。(あと2~3週間先かな)
結構、味わいのある暗渠ですね。
通行止めを無視して(笑)。侵入してしまいました。
(というか、上流から歩いて出てきたら、実は通行止めという感じでした)

車止め、気づきませんでした。

投稿: リバーサイド | 2012年2月25日 (土) 20時06分

>リバーサイドさん

ああ、あのゴミ捨て場から入って行かれたのですねえ。たぶんあのクランク裏道が、盛り上がりのひとつだと思うので、入れなかったのちょっと残念です。
束になった車止め、きっとしばらくあるのでは、と思います。自分は怪我もあってとてもゆっくり歩いていたので、脇の要素に気づきやすかったかもしれませんw
リバーサイドさんのレポート、楽しみにしていますね~~!

投稿: nama | 2012年2月26日 (日) 21時55分

こんにちは。たまたま貴サイトへ辿り着いた者です。
銭湯懐かしいです。「第二喜志の湯」というんですね。
以前西荻に住んでいて小さい頃に数回入ったことがありました。熱めの湯で浴槽にはライオンならぬ蛙の蛇口?があったのを覚えてます。昔は西荻に銭湯がいっぱいあったんですね。

暗渠探索をなされているそうですね。素晴らしいと思います。
これからも続けていってください。
長文失礼しました。

投稿: | 2012年3月16日 (金) 13時35分

>?さん

コメントありがとうございます。
西荻に住んでいらしたことがあるのですね。この第二喜志の湯については、銭湯名簿から得た情報で、現役時代のことを知りませんでした。ここを利用されてたのですね~~。蛙の蛇口!?蛙の口から熱いお湯が出てくるのでしょうか??蛙が大好きなので、それは是非見たかったです。面白いですねぇ~。
貴重な情報、ありがとうございました!西荻の記事は、そのうちもう一つ書く予定なので、よろしければまた遊びにいらしてください。ではでは~。

投稿: nama | 2012年3月16日 (金) 17時28分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/24013/54033143

この記事へのトラックバック一覧です: 西荻窪ひみつ暗渠 善福寺川城山下支流(仮):

« 紙はこぶ、十条倉庫の汽車ポッポ | トップページ | 桃園川銭湯巡礼 その1 藤乃湯とやきや »