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桃園川支流を歩く その40城山ロマンと栗コーダー

秋のイベントもの、第3弾は中野近辺です。・・・紅葉川はどこへいった!

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これは先週のことだったかと思いますが、駅前に八天堂がお店を出していました。北口の切符売り場とトイレの間の、いままで催事はやってなかったような空間で。

以前、伊勢丹にきたときに売り切れてばかりで買えなかったので、食べてみましたクリームパン。クリーム、クリーミーなのにあっさりでふわふわ。めちゃウマ!!

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え、もちろん主目的はクリームパンではありません。今回は、ライフのところから天神川をずい~~っと下っていきます。

天神川下流部、以前は途中で追えなくなると書きました。そして谷戸っ子さまから合流点まで追えるはず、というコメントをいただいていました。・・・はい、それらしき道が、ありました。どうやら、流れる水の気分になって進めばいいみたいですw。

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暗渠サインはほとんどないですが、道がくねっていて、じとっとしていました。うーん、天神川こうなってたかー。

この天神川を下ると、城山と名のついた商店街を横目に、谷戸川(わたしが呼ぶところの谷戸川は、桃園川の北側にある流れです)に流れ着くのです。この、城山、が、今回のターゲットです。

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谷戸小学校の正門前、つまり谷戸小学校の南側をあるきます。

ここらへん、大正期には”用水路だらけ”とかつて書きましたが、じつはこの道にあった水路は、もう少しだけ西に水源をもつ、川だったのです。というかこれが、谷戸川みたいです(谷戸川が固有の水源をもつかどうかは知らなかったのです・・・)

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え、谷戸川をさかのぼります。谷戸運動公園があり、少年が野球をしてました。

この谷戸運動公園、かつて城山町といわれた地だったそうで、
”谷戸運動公園裏に幅5.4mほどの土塁が残っていた”
”1675年の村の記録には「中野村のうちに9百坪ほど土手を築き、から堀を掘ったところがあり、これを昔から城山と申し伝えている。
そこは、もともと名主堀江卯右衛門の先祖からの屋敷地で、いまは年貢地になり、代だい卯右衛門が所持している」とある”

などと書かれた案内板がありました。

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谷戸運動公園のはんぶんは、工事中でした。”浸水対策の下水道管を新設しています”・・・ここは谷戸川と天神川の合流点からそう遠くないし、水のあつまってくる、とくに低い土地なのかもしれません。

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運動公園の入り口。地下には防火水槽も仕込んであるようです。
水っ気、ありますねぇ。

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そしてそして。
いまの運動公園の、お隣のブロック(谷戸川の隣であり、桃園川との間の地)には、えいはちさん曰く”最後の暗渠サイン”の、駐車場つきファミレスもあったのでした。
そしてお向かいには、これまた気づいていませんでしたが材木屋さんがありました。

・・・さて、今回は、このあたりにあった”お城”の跡を見に来たのですが、城そのものというよりは、城の内外にあった水関係のものを味わいにきた、という感じです。また、これは中世の城なので、所謂城と言うよりは、屋敷と土塁と堀、というつくりにすぎません・・・。中野区ではこの城山のことを比較的扱っているので、幾つかの文献が存在します。なかでも、もっとも信頼のおけそうな、「中野 城山居館跡 発掘調査報告書」を参考に以下を書いていきます。
以下の図は、前掲書にあった概略図から拝借(多少切り取りました)。北が下で、桃園川と天神川が見えますし、谷戸川はここからすぅっと始まっています。

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これは、1918年のようすだそうで、城山には土塁が残り、池がありますね。
・・・ふと思い出して、gooも見てみました。すると、

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・・・さきほどの、図にそっくりな池と土塁があります!城跡の輪郭がから堀のような感じで、残っているように見えます。(gooの昭和22年航空写真からとってきました。)じっさい、”昭和初期までは、土塁と堀についてはほとんど完存していた”といわれていました。
いまは、池のあたりで、少年野球が行われているわけです。(ちなみに、写真右で切れているのが谷戸小。)

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では、お城の周囲を歩いてみましょう。左のマンションは、城跡の上に建っています。そしてこの道が推定土塁範囲の東端で、城山中央通り商栄会でもあります。あまりお店はないんですが・・・。リンクを貼ろうとぐぐったら、おー、しかすけさんが記事にされてました!

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さてこんどは、土塁の西端へ。すると妙に暗渠くさい細道に出くわしました。これねぇ・・・暗渠かと思っちゃうんですけど・・・。

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ゆるい坂道になっていて、のぼってゆき、振り向くとこんな感じ。

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その、振り向いた位置で、少しだけ左側に寄って写真を撮ると、こんなんが見えてきます。みごとに左側の土地が高くなっていて・・・ここだけ土塁が残されたまま埋められでもしたんでしょうか?

ちなみに、土塁の内側には側溝が、建物近辺には溝が、あったようです。また、屋根付きの井戸と、小型の補助的な井戸(どちらも推測)跡もあります。

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土塁の南端は、谷戸川(=自然のお濠になっている)の手前だったわけなので、さっきの運動公園前の道が南端です。
そうだ、谷戸川の水源っぽい地形は、残っていないかな?うろうろしていたら、侵入は出来ないけれど、この写真の奥に崖があって、そこらへんが湧水の雰囲気を醸してました。そこから手前に向かって、ずいっと流れてくる、という感じじゃないでしょうか。

なお、このお城の主について、前掲書では、これまで挙げられていた人物は”平将頼・平正常・太田道灌・中野氏・平重俊・堀江氏”としたうえで、さまざまな検証を経て、14世紀~16世紀の主が中野氏、あるいは平重俊。15、16世紀は堀江氏であった、と考察しています。太田道灌!って書いてる史料もあるのですが、そこには夢と希望が詰まってたんでしょうね・・・

また、「桃園郷の今昔」には、この城にからめ、灌漑用の貯水池の話が書かれていました。しかし、その位置は、今回の話の場所からは、ど~~も遠いんです。なので、貯水池については、またこんど。

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さてさて、この日はこのイベントのために中野へまいりました。栗コーダーカルテット in プラネタリウム!!!  栗コーダーカルテットは、生渋栗というアルバムを買ったさいに(けっこう最近)知りました。もともとは渋さ知らズが好きで(あの吉祥寺っぽさが)、そっち目的で買ったそのアルバム。これが、2つのグループが互いの曲を、交互に演奏しあっていくという、おもしろいつくり(←ぜんぜん説明できていない)。なおかつ、ノリの”渋”、癒しの”栗”が絶妙で・・・そんなわけで、癒しの”栗”が、プラネタリウムだってよっ!!と、すぐに飛びついたのでした。じつはこれで、ここでは3回目のライブだそうですが・・・リコーダーやらのやさしくかわいい音楽、プラネタリウムの星空と解説。それにとどまらない、すてきな時間でございました。・・・ちょっぴり、寝ました。それがまた、いいのかもw

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コメント

お、このファミレスは知ってますよ。
堀越学園の近くでしょ。
そういえばあの辺りの桃園川にも支流っぽい路地がちらほらと。

栗コーダーはいいですねえ。
「めちゃイケ」のユルい企画「近くへ行きたい」のBGMでも使われてました。
我々のやってる散歩にもぴったりハマりそう。

投稿: えいはち | 2010年12月 1日 (水) 14時05分

ちょうど日曜日、この城山の脇を通って、地図の「農業試験場」と描いてあるあたりに行ってました。それにしても渋さ知らズがお好きとは、意外です。。。栗コーダーカルテット、いいですよね。

投稿: HONDA | 2010年12月 2日 (木) 00時06分

栗コーダーいいですよね。
中野の図書館を徘徊していたころ、それ、行きたくてアレだったのですが、アレがアレで。
農業試験場も気になって訪れていたのですが、あの頃はiPhoneアプリしか情報がなくて...今だったら再チャレンジしたい感じです。

投稿: 味噌max | 2010年12月 2日 (木) 20時18分

>えいはちさん

そうそう、そこらへんです。この前何度も通ってるのに、見落としてました。 
栗コーダー、めちゃイケのゆるい感じにも合いそうですねw そっか、さんぽにも合うかも。このとき初めて聞いた、不思議な感じの曲があったんですけど、あれなんか不思議空間にも似合いそうだなあ~。

>HONDAさん

おー、なんか、渋さ<栗コーダーの人のほうが多いのでしょうかw 渋さは意外ですか?たしかに、最初聴いた時にはよくわかんなかったですね・・・でも麻薬みたいな感じで、聴くほどに「たのしさ」がすごく伝わってきて、今では掃除とかのノリたい時にかけたりしてます(たまにですがw)。「渋響」のジャケなんてすごくカッコいいですよ!!

>味噌maxさん

そそ、中野の図書館に行った時にみつけましたわたしも。アレがアレでしたか・・・きっとまた来ると思いますよ、栗!
でもって農業試験場、こっちが気になってたんですねww あああ、農業試験場および城山、某アプリではどうなってるんでしょー!見てみたいです~。

投稿: nama | 2010年12月 3日 (金) 14時01分

栗コーダーは某深夜アニメで知りましたw それから10年経ったかと思うとちょっと自分に悲しくなります。

城山のあたりの変な道はこういう歴史があったんですね。なにしろ何も調べず歩いているので参考になりますw

投稿: しかすけ | 2010年12月12日 (日) 17時38分

>しかすけさん

おー、そんなに前から!深夜アニメで流れていたのですか、栗コーダー。最近までなにも知りませんでしたよ~・・・。

それにしても、城山の商店街のことぐぐったらしかすけさんの記事がバッと出てきたので、暗渠のみならずココにも!ととってもうれしくなりました。かなりマイナーな商店街まで行かれてるのですね~~、さすがです!

投稿: nama | 2010年12月14日 (火) 10時10分

最近、中世城跡、山城にきょうみしんしんで調べています。

結構城跡ありますね!昭和の写真に土塁が残っているとは驚きです。参考になりました。!

投稿: microrelief 大佐 | 2012年4月13日 (金) 21時39分

>microrelief大佐

おお、自分も中世の城(というより城まわりだけど)が結構好きになってきてます。自然な形で河川が絡んでる点が好きなのだけど、どんな屋敷があったのか、誰が住んでいたのかさえわかっていないことが多いという謎めき加減も好きです!
拙ブログではこの中野の城山、それから西荻の城山、
http://kaeru.moe-nifty.com/ankyo/2012/02/post-6137.html

それと新宿の牛込城跡
http://kaeru.moe-nifty.com/ankyo/2012/03/post-9221.html

くらいしか扱っていないけれど、都内にはきっといっぱいありそうですね~!

・・・でも高低差がけっこうすごいから、微地形じゃないけどイイのね大佐?

投稿: nama | 2012年4月14日 (土) 08時44分

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