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忍川ビールマラソン

えー、べつに走りません。

暗渠酒マラソンとは、#1竜閑川焼酎マラソンにて概要を記しましたが、
”暗渠沿いを逸れずに歩きながら、適当な飲み屋を何軒かはしごする。
 メイン走者は、掲げた種類の酒を1杯は必ず飲むこととし、伴走者はそれに限らない。
 つまみは自由。とにかく、目についた雰囲気の良さそうな店に入る。”
という、たんに暗渠で酒を呑みまくるという企画でございます。

暗渠酒マラソン#2は、忍川ビールマラソンでした。
メイン走者はlotus62さん、いつのまにか「生ビール」縛りになってましたが、しっかり最後までたすきを離さずw、完走されてました。天晴。わたしは今回、メイン走者目線で記事を書こう、とか思ってたんですが、むつかしいので自分目線ホッピーマラソン的文体×川情報の記事のミックスで書いていこうと思います。

Sino1 集合場所は、ひそかに忍川が不忍池から注ぎ出す地点にしてたんです。そして”猫またぎさんを猫じゃらしでじゃらそう”という待ち合わせコンセプトだったのに、唯一遅刻したのが自分。そうなんですアタシャ、ダメ幹事なんです!(時々幹事とかやるんですけど、皆を連れて道に迷うとか、会計の計算ができないとか・・・。)
不忍池まで競歩で行ったのですが、それがこの日一番体力を使った瞬間でしたねぇ。。

で、着いたら、「ここに水門があるよ」と、すでにみなさん忍川歩きスタート体勢に入られてる御様子。す、すいません。とりあえず、ルールを説明して、lotus62さんにたすきを託して、スタート!でございます。

忍川:忍ヶ岡台地がその名の由来といわれ、その台地を縫うように流れていた幅3mほどの小川。不忍池から立花氏構堀までがその流路といわれ(「消えた大江戸の川と橋」より)、また、大正中期~昭和初期に埋め立てられたといわれます(「川の地図辞典」より)。

上流部は上野の繁華街なんで、お店選び放題。お店選びも、さっそくlotus62さんに丸投げしちゃいますよ。さー、酒呑みの勘で、良いお店選んでくださいまし!
江戸の御成道である中央通りを渡り、その真中にある三橋も渡る、と。そいから、アメ横んとこも抜けていき・・・、お、なかなか慎重にお店選んでますねぇ。

Sino2

さて1軒目の給水所に選ばれたのはココ、「Tる松」。なかなか良い見ためですね。このときあんまり気づいてなかったんですが、ここは”JRの橋裏観賞ポイント”かつ2つ目の橋”寛橋跡”みたいなんですよ。いやー、ニクイねセレクトが。
そして最初の給水に、「カンパーイ!!」。lotus62さん、しっかり生ビール飲んでます。ビール早飲みには自信が無いので、コチラ瓶ビールで失礼。なんとなく頼んだ鶏の唐揚の味付けが良かったですねぇ。・・・とまぁ、おつまみは唐揚げとアスパラ、あとは1杯ずつ飲んで次行きますよ。すみませんね、今日はまだまだ先があるもんで・・・。

寛(ゆるや)橋:1662年創架の石橋。由来は不明ですが、「消えた大江戸の川と橋」では寛永寺の寛?と推測しています。

Sino3

さて首都高もくぐっちゃいますよ。ココ、くちぐちに「このトンネル良いね。」と言われてたトンネルです。なんとなく暗渠好きさんの気持ちをくすぐるトンネルなんでしょうね。潜るあたりが。

さ、トンネル抜けて、東上野に入りますよ。”東上野で焼肉”、これ、アタシが最初っから言ってたことなんですけど・・・、ガッデム。なんと東上野に焼肉屋さんの給水所は無かったんですヨ。ロケハン無しだったもんで、焼肉腹になってたみなさんには悪いことしました、心の中で平謝りです(自分は完全に焼肉腹でした。「ハラミだけ頼む」とか決めてましたもん・・・)。ぴかぴか輝く、コリアンタウンのネオンに後ろ髪をびしびし引っ張られながらあるきます。

さらにですね、自分でマラソンコース描いた地図を作っていったんですがね、これがまた自分で全然読みとれない。大体、いま自分がどこに居るかってのがわかんない。てんでダメ幹事です。(幹事じゃなくて企画段階で終了の人でした・・・。)コースについては、地図を上手に使えるHONDAさんと味噌maxさんにかなり教えてもらっちゃいました。いやー、ほんとありがとうございました。

Sino4 で、東上野の忍川沿いはみごとに居酒屋さんが、「無い」か、「満席」か、「ビューティフルサンデーの生演奏が漏れ聞こえていてコワい」しか、無いんですわ。

しばし彷徨って、やっと見つけた「Kぼっこ」で、カウンター一列並びで給水ですよ。第二次、カンパーイ!!ああなんか、”給水”って感じ、しますねえ。それと、フルボッコしか思い浮かびません。

つまみは餃子と葱チャーシュー。これいいですね、生ビールマラソンにふさわしい料理って感じするじゃあないですか。そして餃子がね、ちゃんとおいしいんですよ。lotus62さん2杯めの生ビール行ってましたが、やっぱり残りのメンツは瓶ビールと、梅サワー(←違ったらゴメンナサイ)です。ら、ラーメン、食いたい・・・がまん。。。

Sino5

さーKぼっこを出たら、三味線堀へと清洲橋通りを南下します。清洲橋通り、店があるものと思ってたら無いんですねえ。「○○通り」ってのは、居酒屋があるもんじゃないのか。困った困った。

・・・砂漠のオアシスのごとき、やっと見つけた店は「C」。入ってみたら、和風で良い感じ!しかも貸し切り状態で給水ですよ。おでんときたら、日本酒、ってなもんで一人ぬる燗を頼んじゃいました。ぐびぐび。すみませんねぇ、メイン走者さん。つきだしの卵焼き&明太子、ってのが泣かせるね(また酒に合うし)。料理好き味噌maxさんもかなわない卵焼きの丁寧さのようですよ。

ここでえいはちさんも合流し、やっとテーブル囲んでワイワイ出来る席になったんで、皆で情報交換。デカイ地図、地形図、コンパクト地図、古地図・・・、それぞれ持ち寄った地図を見ては、誰かと「あ~~ココはこうなってたんだ!」やら、「あの記事のあそこはきっとこうですよ」やら、ひたすら暗渠の話です。

これに、おかみさんが興味示してくだすって、帰り際に「みなさん、地図見てらしたでしょう?一体なにを・・・?」と聞いてくださる。ナイスアシスト!そこで待ってましたとばかりに、「三味線堀がここにあったらしいですよね」と、誰かが言うと、おかみさん、なんと周辺をみずから先頭を歩いて案内してくださるんです。

三味線堀:「消えた大江戸の川と橋」によれば、立花家構堀→佐竹家構堀を一巡した忍川の水が、注ぎ込んでいた人口堀で、三味線のような形をしていたのでこの名がついたよう。さらに昔は”姫ヶ池”の跡地で、池沼の多いところだったのが、この堀を掘った際の土で池沼を埋めたとのこと。また、季刊Collegio14号「江戸東京消失地名録」によれば、三味線堀が掘られたのは1630年で、江戸・明治における生活廃水路&物資(下肥・材木・野菜・砂利)の集散所だったそうです。しかし周辺の人からすると”汚れたどろどろの堀”なので、明治期に改修や埋立の希望が出されたけれど、下水施設&通船のための重要な堀ということで許可されなかったという歴史があるそうです。ところがその後の埋立の経緯は定かでなく、その年代も大正初期~震災後まで諸説あるという謎ぶり。埋立後は幾つかの施設が建てられ、そのうちの1つ三味線堀小売市場は平成10年まであったそうです。

Sino6

「C」のちょうど向かいが三味線堀の岸だったみたいで。おかみさん「そこらへんで家建てるときに、地下掘ったら堀の石がごろごろ出てきた」って言うんです。もう、一同目をキラキラさせながら、夜の台東区で一生懸命地面の下のこと妄想してるんですよ。
そしてこの写真の建物が”三味線堀市場”の跡。おかみさん、この前まで案内してくれました。ホント、感謝です。ありがとうございました!「C」、最高なお店です!!

Sino7

そして三味線堀については、えーとたしか、ここらへんに碑があったって聞いてるんだけどな。
どこだどこだ・・・探していたら、見つけて欲しくないのかよっていう位置に碑がありましたですねぇ。えいはちさん目ざとく見つけてましたねぇ。
そんで、この近くにその名も”高橋”っていう橋があったらしいんですよ。高橋てw
きょろきょろすると、佐竹通りっていうアーケードの出口が見えて・・・、嗚呼商店街、寄りたい・・・けど寄れない。佐竹ってのは、”三味線堀の佐竹”と言われた秋田の大名らしいんですけど、リバーサイドさんがこの佐竹氏と秋田美人の関連づけるオモシロ話を教えてくれましたw

佐竹原:前述の佐竹氏の家が、明治2年に火災により焼失し、その後はただの野っ原だったので”さたけっぱら”と呼ばれ地図上でも空白になっていました。その後見世物興行場になったり、寄席や演芸施設が並んでいたりと、賑わう場所へとなっていったそうです(前掲「江戸東京消失地名録」より)。

高橋:水面からの高さが高いからという由来のよう。三味線の部分(巻き締めをする部分)を指す転軫橋(天神橋)という別称あり。(「消えた大江戸の川と橋」より。)そして高橋のあたりから流れ出し、隅田川へ注ぐのが鳥越川。

Sino8

さてここで今回一番の懺悔です!!高橋のつぎ、鳥越橋がおかず横丁の入口なんて言っちゃいましたが、アレ間違いでした。鳥越橋=須賀橋の位置でした(つまり流末)、ごめんなさい、地図書きなおしといてください。うーんお恥ずかしいことで。
そして銭湯やら、こういう歯車製作所やらに、目をキラキラさせつづける御一行。・・・リバーサイドさんは抜け予定時間よりだいぶ過ぎちゃってますけど、大丈夫なんでしょうか・・・、そんな余計な心配をしながらあるきますw。

Sino9

さてさて鳥越川の流路、じつはHONDAさんが踏破済みとのこと。この植え込みが流路だと教えてもらいました。

鳥越川:「消えた大江戸の川と橋」によれば、鳥越川は明治以降の呼称で、それ以前は名無し川だったそうです。「川の地図辞典」によれば、大正末~昭和初期に埋立てられたとのこと。なお、下流は須賀堀(別名おいてけ堀)とも呼ばれていたそうです。

Sino10

そのさき、流路はこんな道路になっちゃっいまして、もう居酒屋のイの字もない。ていうかお店が無いか、遅くて閉まってるかのどっちか。この集団、レトロ酒場が好きな人の割合高め、と勝手に思ってるんですが、そのようなレトロ酒場を選ぶ余裕もない、居酒屋不足にございました。鳥越川の途中、lotus62さんがステキ大衆酒場を指して「あすこが良いんです」と言っても、自分が行きたかった三色ライスのお店を見つけても、流路外だったり閉まってたりで涙をのんでお別れします。
そして、神社×橋を2つほど見て・・・、

甚内橋:唯一橋跡を示す石柱がありました。名前の由来となる甚内神社が近くにあり、そこには江戸の大盗賊で死刑となり、死後神格化された向坂甚内がまつられています。甚内が処刑された場所が、まさにこの橋の東、鳥越川の南岸だったそうです。

稲荷橋:由来となる稲荷神社は今も近くにあります。猿福橋、猿屋橋という別称もあり、それはここら辺に猿ひきのお屋敷がありそれが町名→橋名となったよう。
(以上、「消えた大江戸の川と橋」より。)

Sino11

あれ、すごい数の合流マンホールですよ!新堀川暗渠との交差・・・?しかし今までに見たことない数です。

あ、そうそう、ここで言い忘れましたけど、水コン協の方にこの前、これの目張りマンホール(三ノ輪で見たもの)について質問しましてね、「基本的には臭気対策だと思う、それ以上は現地で見ないとわからない」というお答えでした。

Sino12

そのときにお答えしてくださった水コン協の方が、マンホールについて話すときに非常~~に楽しそうだったのがなんとも羨ましかったです。

そんで、このマンホール、食いこんでる!食いこんでるよ!!と興奮。

Sino13

さあ須賀橋交番にきました。リバーサイドさんとここでお別れです。ここら辺でも給水所を空振りしてまして、ええい、もうゴールして打ち上げしちゃおうぜ!ってなことになります。

ちなみに何度も引用している「消えた大江戸の川と橋」の著者さんはこの交番にインタビューをしたらしく、「今もこのKOBANの下は暗渠である」とのことです。KOBAN蓋!?(ちがうか。。。)

鳥越橋:ここにあったのが鳥越橋です、ごめんなさい。2本並ぶ大きな橋だったそうです。明治以降、ここらが須賀町となったので須賀橋と改名したようです。ほか、前述の処刑場が近くにあったことから地獄橋、米蔵が近くにあったことから千石橋、天王町という地名より天王橋、といった別名も持っています(「消えた大江戸の川と橋」より)。

Sino14

ここら辺、幕府の米蔵があったところで、古地図だとフォーク状の港みたいなものがあります。鳥越川の流末(須賀堀)は付け替えられたりもしてるらしく、とりあえずジグザグしながら隅田川のとこまで来ました。途中、「暗渠サイン!」とか言ってクリーニング屋さんをパシャリ、猫またぎさん「このクリーニング屋さん、なんで撮られてるかわかんないだろうな」とボソリ。

合流口は現在ビルになってる、と書かれてるんで、この水門ははてさてなんの水門?とも思うけど、まーいいや撮っちゃえ、そこに水門があるんだからね!水門がゴール!w

Sino15

さー、無事完走しましたよ!打ち上げ飲みに移行です。たすきも3本分揃いました、このぼやけた写真の缶バッヂがそれです。しかし、まったく撮る気が無いような写真ですな。
浅草橋の「S界の山ちゃん」に入ります。さーlotus62さん、もう何飲んでもいいんですよ?え、まだビール飲むんですか!好きですねえ、ビール・・・。そんなに飲んだらおなかいっぱいになっちゃいますよ。。

Sino16

手羽先唐揚げ、ごぼう唐揚げ、チャンジャ、塩焼きそば、小倉トースト・・・嗚呼だめだもう覚えてないや、それと皆好きな飲み物で。味噌maxさんお勧めのかちわりワインを飲んでみました。はい、ゴールのカンパーイ!!

・・・量は少ないけど、ビール→日本酒→ワイン、とやってしまったので、アルコール分解力のないわたしはそろそろ酔ってます。酔ってもわかんないらしいから別にいいんだけど、それにしてもみなさん、デカいジョッキでがぶがぶ飲んで・・・お強いですねえ!!さすがですよ。

この時点ですでに終電を失っている人が実は複数名、会社に泊まる猛者あり、予定よりずいぶん遅くなっちゃいました。いろいろ不備あってごめんなさいです。でも楽しかった!
そして新宿でなぜかさらに焼酎をあおって(でもここらへんの記憶はかなり途切れ気味)、またも水辺を探索してから(えいはちさんがレポ済)、さいご、松屋のうまトマハンバーグ定食で〆ました。・・・時間をほとんど覚えていないけれど、たしか午前4時くらい?清水橋に松屋があったから、としか言いようがないけれど、なんだその〆・・・。

こんな感じの暗渠酒マラソン#2、無事?終了いたしました。参加された皆さん、どうもありがとうございました。
というわけで、実はすごい長い飲みとなってしまいましたが、楽しかったので懲りずに続けたいと思いますww暗渠酒マラソン#3を決行するか、つぎは昼スタートの酒マラソンにするか、昼間暗渠をたどって打ち上げ形式の忘年会or新年会にするか・・・。いまのところ”宇田川”という声だけは記憶しております(場所的に良いですよね)。あとは寒かったら堀切の暗渠が短くていいかもしれませんし。。。次回の参加を希望される方、飲み方、暗渠、なんでもリクエストあらば、コメント欄にお願いいたします。それから、今回は見送っていたけれど、次はチャレンジしてみたいなーと思っている方、いらっしゃいましたら、ぜひぜひ、コメントお寄せください(そのさいはメールアドレスも記入お願いします)。

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3-5 特集:暗渠酒マラソン」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。お疲れ様でした。無事完走何よりですね。
中野杉並以外の暗渠デビューも果たせましたしw
あの悪い夢に出てきそうなビューティフルサンデーの生演奏凄かったですね。あと熊Bっこの餃子、また食べたいくらい美味しかったです。
ともかく、素敵な企画立案、ありがとうございました。

iPhoneではどの写真も真っ暗になってしまい、私はレポ記事は書けない気がしてきましたw

投稿: 味噌max | 2010年11月 9日 (火) 08時49分

>味噌maxさん

おはようございます。そうでした、台東区暗渠デビューおめでとうございますw ほぼ暗渠感なかったですけど、だからこそ酒を、みたいな感じで。
ビューティフルサンデーの店はほんと凄かったですよね。清野とおる氏(赤羽の漫画描いてる人)だったら間違いなく入っていくと思いますけど。。熊ぼっKはおいしかったし、席を空けてくださったときに、お店全体の温かみを感じました~。
味噌maxさんにはいろいろとオモシロ発言をいただき、また時層地図によるナビもいただきましたね。どうもありがとうございました!またよろしくです~。
写真、まっくらでしたかw イケる写真があったら、古地図とともに拝見したい気がしますが・・・、ぜんぶまっくらだとキツそうですね~w

投稿: nama | 2010年11月 9日 (火) 10時14分

幹事のお努めから、この詳細レポートまで、本当にご苦労さまです。
で、あそこの松屋でまた食べちゃったんですか!
それもハンバーグ定食って…、牛メシ小盛くらいにしておかないと。
基礎代謝は確実に下がっていきますので、気をつけてくださいよ。
あ、僕もコンビニでレトルトカレー買って帰って食べちゃったっけ。

投稿: えいはち | 2010年11月 9日 (火) 11時46分

>えいはちさん

素晴らしい資料をはるばる持ってきていただいたり、新宿案内など、こちらこそありがとうございました。
で、カレー食べてるんじゃないですかww わはは。
基礎代謝はもうとっくに下がりまくりですよ~。
まあ、まあ、いっぱい歩いたしそんなに食べてないし、大丈夫ですって。 

投稿: nama | 2010年11月 9日 (火) 12時03分

おつかれさまでしたー。
なんかますます楽しくなってきましたねー。
このレポの解説もさすがです。
「そういえばそういうこと、当日きいたよなー」的なリマインドができて大変ありがたいですw

投稿: lotus62 | 2010年11月 9日 (火) 12時52分

>lotus62さん

やっぱり間違いがあったんですけどね。しかもデカイ。
lotusさんには店決め・会計管理を丸投げしたあげく、隅田川にダイブとかいろいろなお願いをしちゃいましたねぇ。ホント、お世話になりました。感謝です。
・・・で、次回のリクエストもできたらお願いしますねw

投稿: nama | 2010年11月 9日 (火) 18時01分

お疲れ様です。
namaさん、飲みながらも、要点はしっかりとチェックしている・・・さすがです。
私はカメラも持っていなかったせいか、完全にブラ歩き気分でした。

投稿: リバーサイド | 2010年11月 9日 (火) 20時49分

>リバーサイドさん

ありがとうございます。って、後から記事で補填してる感じですけど・・・w
あ~、あまり撮られてないと思ったら、カメラお持ちじゃなかったのですね。でもカメラ使う頻度下がってましたよね、きっと皆。「ブラ歩き気分」がむしろ目指すところかも!なので嬉しい感想です~。

投稿: nama | 2010年11月 9日 (火) 21時36分

幹事お疲れさまでした。ビューティフルサンデー、怖かったですね!
さて、最後の大きい水門は合流口で正解でした。新堀川のルートと、新堀川合流以降の鳥越川のルートが現在雨水幹線の「元浅草幹線」となっています(遡ると東日暮里まで行きつきます)。水門直前では幅5m深さ2.5mの矩形の暗渠が道路下を通っていたようです。

投稿: HONDA | 2010年11月 9日 (火) 23時49分

そうそう、それにしてもまさかあの後タクシーに乗らずに
目の前の松屋で食べていたとは!おそるべし・・・
あれ、確かに午前4時ちょい前でした。

投稿: HONDA | 2010年11月 9日 (火) 23時51分

>目の前の松屋で食べていたとは
あの、私が「食べたい」と言い出したんです、namaさんに罪はないんですww

投稿: lotus62 | 2010年11月10日 (水) 10時02分

>HONDAさん

お~!下水道台帳見てなかったです。東日暮里、ということは、途中新堀川のルートを外れてまっすぐ行っちゃうんでしょうかね。いやーしかしそんな立派な暗渠でゴールだったんですね~嬉しいです!調べてくださってありがとうございました。

>松屋の件

ええ、でも松屋派なんで、ちょっと拒めませんでしたねぇ・・。あそこに松屋があったのがいけないんですよ、きっとww

投稿: nama | 2010年11月10日 (水) 17時56分

こちらにコメントするのを忘れており、ちょっと出遅れましたw

あやうく私、猫じゃらしでじゃらされるところだったんですね。
あぶないあぶない。
ふぅーっ。

当日の一行はかなり怪しい団体でしたよね。
でもって、皆さんが口々に「私たち怪しい団体ですよね」と言っているのが面白かったですね。

投稿: 猫またぎ | 2010年11月11日 (木) 10時28分

>猫またぎさん

猫じゃらし持って行ったのに、結局あの日はなにものもじゃらすことができませんでした(涙)。まあいつも持ち歩いてるんですけどw
面白かったですねぇ。怪しい団体ではありましたが、みんなで怪しいと、あんまり怖くないですよね(赤信号みたいに)~~w

投稿: nama | 2010年11月11日 (木) 17時53分

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