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桃園川支流を歩く その36馬橋川たち①

桃園川の大支流のひとつ、天保新堀用水にはさまざまな別称があり、たとえば弁天川、馬橋川、などとも呼ばれることがあります。そしてまた、馬橋川、と呼ばれていた川が他にも何本もあるらしい(たとえば馬橋稲荷支流(仮)もそうらしい)という、なんだかややこしいことが高円寺では起きています。(田圃の用排水のため、2本構成になっている川はわりとあると思いますが、この馬橋川に関してはもっとあるようなんです。)
ちゃんとしたまとめはまだできていないのだけれど、とりあえずその”馬橋川群”を見にゆこうではないか。と、馬橋に向かうことにしました。

「馬橋村史」を改めて読んでみると・・・かつて青梅街道の北(阿佐ヶ谷寄り)に湧泉があり、田端村からの湧泉もともなって「蕎麦窪」から2派に分かれて東流し、付近の水田を潤し桃園川に注いでいたそうです。この湧泉が1839年の旱魃によりほとんどでなくなってしまったことから、天保新堀用水の話しになるのですが・・・、このもともとの自然河川は、馬橋川のようです。それにしても、蕎麦窪、かぁ。いつか蕎麦窪で蕎麦食べてみたいなあ・・・(うっとり)。蕎麦焼酎でもいいな。

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馬橋川に早く行きたくなってしまいましたが、そのまえに、高円寺駅すぐ近く、長仙寺(エトアール通りの北にある、西友の向こうにあるお寺です)にも湧水があったようなので、長仙寺に寄りました。

境内にはこのように大きな池らしき空間があって、崖というか段差というか、ともかく水が湧きそうな地形ではありました。

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斜面の中腹に水(水道水だろうけれど)が出るようなところがあって、下の池へと流れていくように見えます。しばらく水は流れていないようでしたが。

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しかし、水が流れているときもあったようで、池の端っこから下水管が伸びていて、このように出口から排水されていくのでした。

この下水の出口のむこうがわには、

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コインランドリーがあり、その先に西友があり、エトアール通りがあり、

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その先に桃園川があるのでした。延長線上に合流サイン(タイル)もありました。しかもこの合流サインは、両側から出ている豪華版です。

両側!じゃあ、いまの短い流れ(長仙寺支流(仮)とでも呼びましょうか)のすぐ反対側に、今回目指す馬橋川群のひとつがあるのかも。

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見上げてみるといきなり暗渠感のない道になってしまいましたが、ひとまず、遡ることにします。

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ここは、ルック商店街のすぐ西の道です。ちょうどその、ルックのすぐ西に、桃園川探検隊さまの地図では1本流路が描かれているので、それを探したいわけですけど・・・暗渠らしさはまだないですね。

これが暗渠ならば、天保新堀用水、馬橋稲荷支流(仮)につぐ、第三の馬橋川とも呼べるかもしれませんが(←でもここは不確かだしテキトウw)、ここではわかりやすく”ルック脇支流(仮)”と名付けたいと思います。

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道はずっと続くのではなく、1ブロックぐらいずつでぶつぶつと切れます。それを、回ってはたしかめる。ここまではあまり暗渠感がないですが、ここで初めて車止めの道が出現しました。

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そして車止めの道の上流もあんまり暗渠サインが無いので、がまんして歩くと、お!ここ、駐車場の地面がちょっとヘン!!

コンクリ蓋じゃあないんですけど、敷石かもしれないんですけど、ちょっと暗渠の匂いがします。

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そしてその、ちょっと怪しい地面の延長上には、もっと怪しい空間がありました。

ここはコンビニの奥なんですが、コンビニのゴミ箱がずらっと並んでいて、その後ろにこんな細長い空きスペースが。空きスペースの隣には物置が。これは暗渠指数かなり高め!

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さらに南へ行くと、ルック脇支流(仮)の表通り側には、クリーニング屋さんが2軒並んでいるという!
実はむかしこの通り沿いに住んでいたのですが・・・2軒並んでるなんて気付かなかったなあw

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桃園川探検隊さまの地図だと、そのクリーニング屋さんのあたりで流路が止まっており、「ルック通りにカクッと曲がる」のと「ルックの反対側に折れて、桃園川に戻っていく」の2バージョンありました。

が、現地を歩いてみると、このようなコインランドリー(ここは銭湯跡っぽい)があったりと、もう少し南まで来ている可能性がある・・・もしかしたら、青梅街道から分流している可能性さえあるでしょう。ちなみにこの近辺にオー○リーの春日が住んでいるというので、ここも使っていそうな気がします。

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といっても、痕跡がなさ過ぎるので、非常に探しにくいですが。とりあえず、このルック脇支流(仮)は、中流部あたりに痕跡が僅かにあります。辿って楽しい感じでもないけど、ルックで買い物される際には覘けますw

さて、ゴハンゴハン。ほんとは牛乳ラーメンの素晴らしさをご紹介したかったのですが、朝ご飯が遅すぎたので、あっさりめのランチにしました。バーボンタコスカフェでタコスランチ、スイカの生ジュースつき!

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テラス席でのんびり食べてました。すると、お向かいのけっこう気に入ってる和菓子屋さん、吾妻屋のシャッターが閉まってて、なんか書いてるー!まさか閉店じゃないよね・・・見てみると、お休みなだけでした、よかった。
団子や海苔巻を買い食いしたり、あんみつ(小さめで安価で、バナナがのってたりして素敵)をたべたり・・・、良い店なんです。

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このとき初めて気がついたんですが、ルック通り沿いには染物屋さんもあったようです。へぇ~!
商店系暗渠サインが目白押しの上流部でした。

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で、尻切れトンボ的になっているルック脇支流(仮)の着地点をさがしたくて、高円寺南三丁付近をウロウロウロウロウロウロしましたが、もはやなにも見つけられませんでした。こんな、変わった車止めくらいです。用水路の可能性もあるだろうけど・・・いずれにせよ、決め手に欠ける結果となってしまいました。ルック脇支流(仮)めー。。

それらしき史料にもまだ出会っていません。これから、ですねぇ。

Lookmap 今回の行程はこうです。ルック脇支流(仮)もはっきりしていませんが、点線部分はもっともっとはっきりしないです。

次回も馬橋川群のつづきの予定。

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1-1 さんぽ:桃園川」カテゴリの記事

コメント

「暗渠指数かなり高め!」には笑っちゃいました。「蓋掛ヨシ!指数高め、進行注意!」みたいに指差し確認したりして。

吾妻屋さんの二階の戸袋の菱形の柄、あれたまに見ますね。昔流行ったデザインなんでしょうかね。

投稿: 俊六 | 2010年10月24日 (日) 04時21分

おー、支流探し&高円寺の街再発見!!みたいな感じになってますね(笑)

「馬橋村史」読んだんですか、あれはなかなかじっくり読んだ事ないんですよね~(;^o^A

あ、既に読んだ事あるかもしれませんが、高円寺近辺の歴史を詳細に記載してある、「高円寺-村から街へ-」というPAL商店街の方達がまとめた本が非常に面白かったです!

桃園川の改修経緯や改修前後の河川近辺の地図、幻の馬橋駅から高円寺駅の設立まで、PAL商店街の変遷等々、かなり詳細にわかりやすく紹介されてます(^^♪

さすが地元密着の取材や検証だけあって、実名入りの証言や後日談もあって、より高円寺周辺の歴史がわかる内容です。

もし、まだ読んだ事がなければ、是非一読してみて下さい~(・∀・)ノ

投稿: ima | 2010年10月24日 (日) 18時38分

>俊六さん

こんにちは。へへへ、暗渠指数ってのはたしかlotus62さんが言いだしたものです。ちょっと良いですよねw 
指差し確認って良いですね!一気にイメージが軍事モノっぽくなってきましたよ。
たしかに菱形は他でも見た気がします。看板建築って、すてきだな~と思いつつもあまり写真におさめないしうろ覚えなんですけど。ルック商店街はあちこちにこういうのが残ってて、上を見て歩くのもなかなかたのしいとこですよ。

>imaさん

へぇ~、パルの方々がまとめたものが!「村から街へ」というフレーズはめっちゃ見たことがあるので、もしかしたら持ってるかも知れないのですが、でもとりあえず今思い出せていないので、読み込んでいないのだろうと思います。そもそも見つけていないかもしれないし。河川改修の情報元としても有力そうですね~!これは大助かり。さっそく探そうと思います。ありがとうございます。

投稿: nama | 2010年10月25日 (月) 17時04分

こんにちは、度々失礼します。
二軒続いたクリーニング店はそれぞれ商店街の別のところからほぼ同時に移転してきました(笑)。
コインランドリーのところには以前「馬橋湯」という銭湯がありました。正確には、ルックに面しています。現在美容室と歯科医院と接骨院の入居しているビルですね。
余談ですが、吾妻屋さんは今年閉店されてしまいました。(;_;)

投稿: なかざわ | 2011年10月19日 (水) 00時12分

>なかざわさま

こんにちは。なんとなんと、クリーニング屋さんは移転されてたのですか。しかし、なぜ、わざわざ移転してお隣に・・・w これは地元の方しか知り得ない情報ですね、とっても興味深いしありがたいです。
「商店街の別のところから」ということは、やはりルック脇支流(仮)沿いにそれらのクリーニング屋さんがあった可能性は高いですよね。もとは染物の別々の工程の専門職の方だったのが、クリーニング屋さんに変わっていたり・・・なんて妄想したりしています。(http://kaeru.moe-nifty.com/ankyo/2011/01/post-a7b2.html ←きっとこの記事のせいです)
ただ、ルック通りの発展は、上記リンク先の中野の小淀東通りよりも遅かったはずなので、見当違いな妄想かもしれません。

そして、馬橋湯!ありがとうございます。実はわたしも、この記事を書いた後に馬橋湯の存在をたしかめ、地図にプロットしていました。但し、資料によると馬橋湯は通りを挟んだ向かい側にあることになっていて、なんか変なの~、と思っていたのです。あのビルと言うことは、やはり、コインランドリーがあるのと同じブロックだったんですね!これでとてもすっきりします。
もうひとつ、「三平ストアのあたりに大きめの池があった」という情報があります。いまの地形からはわかりにくいですが、これが本当であれば、三平ストアの近辺はもとは湧水池であり、そこからルック脇支流(仮)が流れ出していた。しかしその後池は埋められ、馬橋湯となり、ルック脇支流(仮)は排水路として使われた。さらにルック脇支流(仮)も埋められ、現在は建物の名残のみが残る・・・こんな仮説になります。
もう少し探ってから、これも記事にしたいと思います。なかざわさん、もし、三平ストアのあたりの、昔の情報が入ってきたら、ぜひ教えてくださいませんでしょうか。あつかましい感じですが、もし、ということで・・・宜しくお願いします。

吾妻屋さんの閉店は、わたしも最近知りました。好きなお店だったので・・・残念です。

それと、前回のコメントに関連することなのですが、コムシス近辺について。よく見ると、小沢川支流の延長線上にあるコムシスの西隣のブロック、建物が両方半地下まで掘ってありますね。そのつくりは、もと湿地の可能性を高めるかもしれません。あのへん、他に半地下の建物がなくもないですが、2軒並んでいるし、ちょっとワクワクしてきてしまいました・・・w

長くなってしまいました。お読みいただきありがとうございます!では。

投稿: nama | 2011年10月19日 (水) 22時07分

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