桃園川支流を歩く その10陸軍中野学校~天神川
古地図を見ていて、私的にかなりワクワクする支流を見つけました。それは陸軍中野学校の敷地から出ているように見え、中野駅北から浅い谷をつたって桃園川に注ぎます。
最初わたしはそれを、”陸軍中野支流(仮)”と呼んでいました。ええ、もう完全に、呼びたいだけ ですww 陸軍中野学校なんて萌え要素多すぎですからね~!
で、晴天にも恵まれ、その支流に向け出発いたしましたが、まずは腹ごしらえ。その流路沿いにあるお店から選択し、中野のローズガーデンでハンバーグ定食でも、と思っていましたが、生憎お休みでした。ここ、街の洋食屋さん!って感じでいろいろとレトロで良いです。
つぎに選択したのは流路沿いではないけれど、近くののれん。写真にもあるように、さばみそ定食1本のお店、良店です。おかみさんが「ご飯がごちそうなんだからね、いくらでもお代わりしてね。」と仰るのでそれに甘え、っていうかすべての品々(サバ味噌、シジミの味噌汁、ひじき煮、やっこ、漬物2種、りんご)がおいしくって、どんどんご飯を食べたくなるので、これからさんぽだというのにお代わり!(この日はおなか痛くならず!)
そして駅のほうまで行き、サンプラザの前でパシャリ。
この、正面の広場のようなところあたりからでしょうか、排水っぽい感じで最初の水路が出ていました。
ちなみにわたくし、中野サンプラザを知る前にサンプラザ中野を知った田舎の子ですので、さいしょにそういう建物があるんだって知った時にはえらい驚きましたねぇ・・・。
そして流路は、サンモールを突っ切ります。遺構も何も、って感じの空間ですねw
ただ、サンモール脇から伸びる細道は、用水路ぽさを帯びているものがいくつかあります。
サンモールの東側には、中野駅前のなかではブロードウェイと張るであろう良き空間、ごっちゃりした飲み屋街があります。
そこをかくかくっと流れていくのです。この壁のところは、昔からあるお宅のようで、どうもここで水路が南へと曲がるような気がします。
そうすると出るのがこの通り。
さきほどのローズガーデンあり、奥のほうには鰻屋さんがあって、お水をダバダバ排水していました。
その通りのさき、ライフがあって、流路はその両側を2手に分かれていきます。
南側の流れ。入口に第二力酒蔵という大衆酒場があります。居酒屋礼賛にもあるとおり、ここで安くおいしく飲める人は上級者でしょう・・・私は初心者です。。ついでに、”第一”があるのかどうかは謎です。
ライフの北側の流れはここを奥に向かって行きます。こちらのほうが若干狭く、お店がなくて地味ですが、2つの流れは両方とも、住宅街の道という感じで、あまり暗渠感がありません。
けれども、陸軍中野学校をイメージしながら、たとえば、「潜水の訓練で使用した水が流れていたかも!」とか(注:完全にイメージですw)思えば、ちょっとワクワクするでしょう。
南側の流路は、わりとすぐ横を中央線が走っていて、線路に向かって土地が高くなっています。
よく見ると、こういう古そうな石垣?があったり・・・。
暗渠感がないと書きましたが、こういうグネグネが続くので、河川ぽさは多少あるのです。
ここ、陸軍中野支流(仮)って名付けて歩いていたときは、最初のところは人工感があるのに、進んでいくと自然河川ぽいなあ~、と感じていました・・・後で調べたら、どうやら途中からは自然河川のようです。江戸期の情報によれば、ライフの少し先あたりに池のようなものがあり、そこから流れが始まっています。その河川と、陸軍中野の排水路をつなげたのでしょう・・・
そして、流路沿いに銭湯、天神湯が見えてきます。付近には北野神社と天神公園があり、その一帯には天神の名を冠した商店街があります。
おだやかでのどかな商店街。天神湯のすぐ周りには、クリーニング屋さん、染物屋さん、豆腐屋さん、花屋さん、と、水を使うお店ばかり。
それと、天神湯の煙突はなぜか途中からポッキリ折れています・・・いびつに折れていて、梯子が所在なさげに伸びています。
さて、実はこの一帯の”天神”がこの流れの名前になっていました。この神社、打越天神とも言うようなんですが、かつて近辺に水が湧き、そこからの流れが南下して谷戸川(桃園川の中野近辺における北側支流として私は認識していた流れで、谷戸と呼ばれていた地域を桃園川と並走していました)と合流していたようです。この流れを、”天神川”と呼んでいたそうです(「桃園郷の今昔」による)。
そうか・・・天神川か・・・。もともと流れがないと思っていたところに、あったことのうれしさ、それから、陸軍中野支流(仮)などと名付ける高揚感、しかし、立派なお名前があったことを知るちょっとせつない感じ・・・一喜一憂w
それから、天神近くの湧水が、さも水源であるかのような記述ではありますが、地図上ではもっと西側に水源があるので、この流れのはじまりについてはまだよくわかりません。
ちなみに、ここまでは依然、暗渠らしさが道からはあまり感じられませんが、歩いているだけで、頻繁に中央線がチラリズム。
これはある種のテツな方にはたまらんさんぽではないでしょうか・・・w
さて、その先には謎の”お蕎麦屋さん脇にたくさんの金魚飼育グッズ”があり、もすこし先にはもう一軒”文園湯”という銭湯があったようなんですが、そこはなくなり、マンションが建っていました。そこから中央線のガードをくぐり、桃園川目指して南下していきます。そこから先は、後半へつづく~。
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コメント
こんにちは~。“陸軍中野支流”な、なんて萌えるネーミングなんでしょう!? 旧軍施設と(の)水路とか大好きです。なんだか嬉しくなって、事務所から見える夜のサンプラザをたったいま眺めてしまいました。(笑)
サンモールと言えば、喫茶クラシックを思い出します。学生時代通いました。ワンカップのコップで出てくるお冷やが懐かしいです。
でわまた!
投稿: imakenpress | 2010年1月19日 (火) 18時40分
サンモールを横切る流れがあったのですね!
サンモールといえば、ここのBGMにはなぜか坂本龍一の昔のソロアルバムからの選曲が多い気がしているんですが・・・
ほかの商店街では絶対ありえない渋い曲が流れてたりしません?いや、うれしいんですけどw
投稿: lotus62 | 2010年1月20日 (水) 09時18分
>imakenpressさん
こんにちはー。ふふふ、陸軍中野支流って呼んじゃいたいですよね~!事務所からサンプラザが見えるのですか。良い眺めですねえ~~。わたしもこの流れのおかげで、サンプラザを見る目がまたちょっと変わりました。
喫茶クラシック・・・知らなかったです。ワンカップのコップて・・・wwすばらしい中野ワールドですね!!
>lotus62さん
そうなんですよ、サンモールを。もうあとかたもないけれど。
BGMの件は、・・・すみません、そんな渋いことわかりませんwwwそれを聞き分けられるlotusさんがすごいですよ・・・。ブロードウェイに続く道だと思うと、サンモールの選曲はなんでもありな気はしてきます。
投稿: nama | 2010年1月22日 (金) 09時55分
リポートの一帯はわが故郷ですが、
ライフから天神湯にかけての裏道が、
陸軍中野支流(仮)の水流だったとは、
知りませんでした〜(@.@)
でも、言われてみれば谷間の蛇行道、
うかつでした(笑)
クラシックは今ではもうなくなってしまいましたが、
強烈な店だったのを思い出します。
http://blog.goo.ne.jp/ruinsdiary/e/5f16213923e820eef8e138fab3095cd6
投稿: 廃墟徒然草 | 2010年1月25日 (月) 13時41分
>廃墟徒然草さん
故郷だったのですか!おおお~。ええ、あそこ、地形的にはアリなんですけど、どうも暗渠の匂いがしづらいですよね~・・。
クラシックのこと、リンクをはってくださってありがとうございました。記述見てるだけで、強烈さが伝わってくるようですww 紐と、「ティーーー!」ww 5年も前に、なくなってしまったんですね。近くをうろついてはいたはずだから、知らなくって惜しいことをしました・・・<自分。
投稿: nama | 2010年1月25日 (月) 15時16分