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池跡に萌ゆ

暗渠から少し離れますが、策の池(むちのいけ)にいってきました。正確に言うと、策の池および、その周辺にあるすばらしい窪地へ。

これは暗渠萌え以前から気になってはいた場所で、いつか来たかったのです。そこで、紅葉川跡と抱き合わせで見てくることにしました。

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四谷三丁目で降りて外苑東通りを曙橋方向へ歩き、右へ曲がると、凹凸ぶりがよくわかる地形に出会います。

いつもなら地図を手放しませんが、ここの場合、ただ低いほうへいけばよいので、がぜん安心してきて地図を仕舞います。

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やはりすぐに低地への階段を見つけることができました。しかもけっこう露骨な階段です。この先はすり鉢状の地形になっていて、その底に降りるのです。

下る、下る。

もうこの時点でワクワクしてきます。入ったことの無いテーマパークの入り口のような。いや、テーマパークのようなつくりものではない、もっと重厚な不思議さを持った空間が待っています。

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そして右折するとすぐそこに策の池が。

津の守(つのかみ)弁財天とセットですが、こぢんまりしています。すでに先客が2名ほど居ました。私が滞在している間も、2組ほど見に来ていたので、ここって結構な名所なんだなあ・・・。

策の池の由来としては、家康が鷹狩りに来た際、井戸水で策(むち)を洗ったから「策の井戸」となり、その水が滝となって注いでいた池が「策の池」ということです。

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かつてはもっともっと広い池だったのだそうです。摂津の守の屋敷の池だったのが、明治には庶民にも解放されて、そこに集まるひとびとのため、近辺には料亭や茶屋などが建ち、だいぶにぎわっていたそうです。

四谷荒木町の飲み屋街、私も何度か飲みに来たことがありますが、街の風情がなかなか良いんです。その基礎を作ったのがこの池だったとはね・・・。もう名残はないけれど、周囲との高低差を考えればここが滝つぼだったイメージも若干はわきます。

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井戸が池の目の前にありました。なんの説明も無いのでよくわからないけどw

先客が熱心に案内板を見ていたので、私はしばらくボーとしていました。ときどき、池の中で何かがぱしゃりと跳ね、その空間に居る数体の生物が、おもいおもいに時間を過ごしているような気がしました。

それはもう、ゆっくりと。しずかに。

日が暮れる前に、”すり鉢”をもっと味わおうと思い、腰を上げました。

Muti7 まずは金丸稲荷へとつづく坂を上ります。津の守弁財天もここもお賽銭箱が初めて見る形状で、弁財天ではお金の入り口が分からなくってお賽銭が入れられなかったので、ここでまとめて。お稲荷様をぐるっと囲む石には、料亭の名前などが書いてあります。

歩いていると傍らには色々なお店が。荒木町の飲み屋さんって、新宿通りから見える所しか知りませんでしたが、こんな奥のほうにもあったんだ!と嬉しくなるような、坂の近辺にあるお店のかずかず。

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そしてまたすぐ、見えた坂から下に降り、すり鉢の底のあたりを歩きます。住宅街なんだけれども、ちょっと異空間のような、味のある住宅街・・・。この「ちょっと異空間」が私の拙い写真では伝えられないことが、もどかしい。

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くねくねとした小径を。

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むおー、また坂!見えた坂から、節操無く上っては下り。

階段、古い石垣、新しめのレンガ、さまざまな時代のコラボ。良いですね。

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”すり鉢”が見下ろせます。

この坂、散歩の達人(2007年8月号)によれば、「モンマルトルの坂」という通称なのだそうです。

どこらへんがモンマルトル?行ったことがないのでぐぐって適当なサイトを見てみたら、たしかにモンマルトル的でした。

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モンマルトルの坂を下る前に、すり鉢を見下ろして味わいます。

日本・海外、現代・過去、都会・田舎、映画のセット・・・そういったものうちどれともなく漂う、そういう切り取られたエリア。

人があまり、歩いていないのもたぶん異空間要素だったのだと思います。こうやって見下ろしていても、街が動いている感じが、しない。

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また下って、細い細い道をゆきます。躊躇無くあるきます。

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そろそろ坂も尽きたかな・・・と思い帰ろうとしたところ、坂の上に防衛省(←ツボ)の通信鉄塔が見えました!!この不思議空間と、別な非日常要素との怪しいコラボレーション、激萌!

と、このように日が暮れるまでバカみたいに昇降運動を繰り返しました。策の池自体というよりかは、ここの地形のすばらしさに酔いしれました。

・・・が、帰宅後調べてみると、ここらに川の跡も、ちゃんと見れば橋の遺構もあったようなんです。私、今回はほんっと~~にただただ地形と雰囲気を味わっていただけで、それ以外の要素に目を向けようとしなかったんだなあ。

でも、いいんです。また来るので。非常に好みだったので。四ツ谷周辺もわりと縁があるところなのに、今まで来なかったなあ、なんで来なかったんだろうなあ・・・。

今回の行程。スタートは四谷三丁目駅です。

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コメント

はじめまして。
廃墟徒然草さんのところのリンクから飛んできて、ちょっと前から拝読しております。
拙写真サイトの荒木町のページ(その1)をTBさせていただきました。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: えいはち | 2009年9月18日 (金) 23時13分

いい記事ですね!このあたりにすごく行きたくなりました。こんな池が新宿にあったんですね。
この窪地萌えW。やぱ暗渠というか川の元になってる湧水ってすごく「ありがたい」感じがします。

投稿: lotus62 | 2009年9月18日 (金) 23時22分

>えいはちさん

コメント&トラックバックありがとうございます!
私もじつは廃墟徒然草さんのところからコッソリおじゃましていたので、存じ上げておりました(新宿のかた、としてw)。
が、失礼ながら、写真サイトのリンクに気づいておりませんで、今回おじゃまして、大興奮! 素晴らしい写真のかずかず!なぜかスライドショーが見られなくって悶々としていますが、なんとかPCを調整してガッツリ見ようと思います!!
こちらこそ今後ともよろしくお願いします。


>lotus62さん
この土地、きっとlotus62さんも気に入ると思います。なんとなくなんですけどw 私がぜんぜん写真で伝えられない”異”っぷり、ぜひえいはちさんの写真館でご覧になってみてください。それからもし近寄られることがあったら、ぜひじかに行ってみてください。雰囲気極上です。

投稿: nama | 2009年9月19日 (土) 00時53分

そろそろこの辺りの写真でも載せようかと思ってたところでしたのでタイムリーでした。突然現れる深い谷が魅力的ですよね。明治中頃までは谷底が全部池だったようです。そして、谷もさることながら、荒木町の呑み屋街もとっても魅力的・・・・

えいはちさん。
何かかなりご近所のようです。。。ブログ、じっくり拝見させて頂きます。

投稿: HONDA@tokyoriver | 2009年9月19日 (土) 10時56分

>HONDAさん

おお~、そうだったんですか!あの谷良いですよね~飲み屋街もw。明治中頃まで全部池だったのですか。たしかに全部池、という記述もどこかで見た気がするのですが、行ってみると谷底にまぁまぁ古そうな料亭らしきものがあったりで、どこまでが池だったのかよくわからなくなってしまいました・・・徐々に池が減ったのだとしたら、その変遷をみるのも面白いかもしれませんね。そういえばあの場所、”湖の底に沈んだ町”も連想したので・・・その逆みたいなことだったら面白いです。

HONDAさんの視点で語られる荒木町、期待しちゃいます。楽しみにしていますね。

投稿: nama | 2009年9月19日 (土) 14時37分

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四谷・荒木町が面白い、ということはチラチラ聞いていたが、行ったことはなかった。... [続きを読む]

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