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暗渠とつながるなにか③

そういえば、私の人生の半分以上は、川とともにありました。

私の出身は山形市なのですが、幼稚園の頃から、「春の遠足は川」それから、「秋は必ず河原で芋煮会」と決まっていました。どちらも、馬見ヶ崎川(まみがさきがわ;山形市の地形を形作る川。水量はさしてない。芋煮会が全国版で流れるときの映像は必ずココ。)を指します。

馬見ヶ崎川は自宅からも近く、上記の定例行事のほか、夏には花火をしにいったり、冬には土手をソリで滑ったり、部活の先輩と甘いトークを展開しに行ったり、悲しいことがあると橋の下に泣きに行ったり・・・、とにかく記憶の端々に出てきます。

けれども、そのことは、身近すぎるがゆえに意識化されることも少なく、”好き/嫌い”と考えるには至らないほど取るに足らないことらしく、大学入学を機に上京後、しばらくの間私が嘆いていたことといえば、川ではなく”山が見えない”ことばかり。

山形市で育った私にとって、海は、あこがれ。山と川は、近くにあるもの。けれど、大きな川は、身近ではないから得体の知れないもの。綺麗な湧水や滝は、神聖すぎて遠いもの。適度なのが、馬見ヶ崎川のような中規模河川、それから、名も無き側溝。

Sokko

名も無き側溝・・・数年前に帰省したさい撮った写真です。一応ここも、市街地なのですが、自宅からそう遠くないところに、こんな景色が今でもあります。すごく、好きな景色です。いま私が歩いているちいさな川跡も、むかしこういう感じだったかもしれない・・・

もしかすると、こういったものは、自分の大事な構成要素なのかもしれない。だから、私は東京の川たちは懐かしくはないはずなのに(厳密に言えば赤んぼの頃住んでいたけど、記憶なし)、懐かしいのかもしれない。

私は、”暗渠”の不明瞭な輪郭に、その山形の側溝的色彩のノスタルジーを重ねて、探しているのかもしれません。

いままで書いた①②③、もしかしたら矛盾もあるかもしれませんが、どれもほんとうに思うこと、です。

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コメント

すごく素敵な川ですねえ。
目に焼き付けて私も暗渠辿りながら思い出すことにします・・・。

投稿: lotus62 | 2009年9月 7日 (月) 13時07分

素敵ですよねぇ。この写真を、昔のHDDから引っ張り出してきたんですが、そういえば今ここはどういう景色なんだろう?
もうすぐ帰省するので、見てきて、報告したくなるような絵が撮れたら、ここに書くかもしれません。

投稿: nama | 2009年9月10日 (木) 22時16分

はじめまして。

東京のうしなわれた水路散策が好きです。
細い路地に「ここに川が流れていたんだなあ」と
目を細めて妄想しながら歩いているのですが、
まさにこの写真は日本の水路の原風景ですね。
家々の裏側の生活をひそかに覗き見る名も無き側溝。

素敵です。
ありがとうございました。
続編をたのしみにしております!

投稿: orangepeel | 2009年9月22日 (火) 20時48分

はじめまして。コメントありがとうございます!

この景色、ほめてくださってとても嬉しいです。
これがこれがすごいタイミングで、
じつは私、もうすぐこの側溝の”ほんとのいま”を
見に行こうとしていました。
(写真はたぶん7年前くらいです)
でも、なんだか、ちょっとこわくなってきました。
山形は、時間が進むのがとても
ゆるやかなところなので、きっと残念な景色には
なっていないかも・・・と、思いたいです。

orangepeelさんのとこ、lotus62さんのとこからたどって、こっそりおじゃましたのですが、まだぜんぶは読めていません。また遊びに行きますね~。
どうもありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします!

投稿: nama | 2009年9月22日 (火) 21時26分

たびたびしつれいいたします。
orangepeelです。
勝手に(すいません)暗渠さんぽリンクさせていただきました。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

投稿: orangepeel | 2009年9月23日 (水) 01時10分

orangepeelさん、リンクありがとうございます!
こちらからも貼らせていただきますね。

投稿: nama | 2009年9月23日 (水) 09時07分

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