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2009年9月

新高円寺から小沢川水源まで歩く

Oza1 小沢川については、以前フライング気味に水源を書いてしまいましたけどw、いちお、今回がスタート編です。

小沢川は、新高円寺~東高円寺の間から始まり神田川へと注ぐ流れの通称です。新高円寺から歩くさいには、水源より先に、その支流に出会うことが出来ます。五日市街道の始点の近くにある、酒屋さん脇に、ささやかな暗渠道の入り口があります。これは小沢川へと注ぐ用水路のようなのですが、水源は不明のようです。たしかに、この反対側はビルが建っているだけです。

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少し入ると、きゅっと道が狭くなって、でも緑に囲まれていてカラッとしていて、気分の良い暗渠です。

私は新高円寺に2回(2年ずつ)住んでいたことがあるのですが、この道、入り口のところしか通ったことがありません。なかなかサワヤカな道なので、奥まで通ってみればよかったな。

ちなみにこの近くに、最近ane cafeというパンの美味しいカフェができました。前身が南阿佐ヶ谷にある超おいしいベーグル店なのに、現在はベーグルがないのでガッカリしている人が多いみたいです。

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歩いていると、だんだんと道幅が広がってきます。

知らないうちに、細流を集めてきてるのでしょうか。支流暗渠らしきものを発見はできませんでしたが。。

いやきっとあるんじゃないかな、、また来よ~。

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ずっとまっすぐな暗渠です。

左手に、堀ノ内斎場が見えてきました。この水路は、斎場の脇を通って、それから小沢川の水源のある真盛寺の境内に入り、小沢川と合流するようです。

水源については、tokyoriverさんが写真つきでまとめてくださっています。

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斎場のさき、このように遮断されてしまいます。

突き出ているのは、何かの遺構なのでしょうか?

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真盛寺の入り口へいくため、ぐるっとまわっていきます。

たえずキョロキョロしているためか、いろんな道が暗渠に見えてしまう・・・w ここだって、な~んか、あやしい。

ちょっと曲がってたりくねってたりするだけで、なんでも暗渠に見えてしまうお年頃です。

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真盛寺は、以前の記事にも書いたように、入れませんでした。仕方なく隣の梅里公園へ行きます。

ちょうど水源に当たる池の裏側あたりに、このような場所があります。

えっとこの日は、「ここをよじ登る」決意をする前だったので、よじ登っていませんw

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なぜか井戸が2つ。

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おお、けんけんぱ!!!

なんだかものっすごく久しぶりに見た気がします。あああ、懐かしいなあ~。

今の子どもたちも、やってんですねぇ、これ。

小沢川、私にとっては、ところどころよく知る場所を流れていたはずなのに、な~んか、どうも、印象が薄いんですよね・・・資料も少ないし。だから、早く全貌を見てみたい、どんな人か知りたい、みたいな感じがあります。この先、どんな風に流れていくのでしょうか・・・ちょっと楽しみです。

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蛇行地点に住むくらし

おみやげばなしをひとつ。

Akasi1 実家へ帰ったとき、旧友のご両親が営む、とあるお蕎麦やさんへ行ってきました。

山形は蕎麦どころなので、何軒もおいしいお蕎麦やさんがあるのですが、このお店はその中でもとりわけ、山間部にあり景色がすばらしいです。もちろん、(贔屓目でなくて)蕎麦もとてもおいしい。

景色のいちばんの主役は、川です。この日は生憎のあめふりでしたが・・・、それでも川がきれいなままで、うっすらともやがかかり、これもまたきれいでした。

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この、少し深くなっているところとか、魚がいるのではないかと、いっつも凝視してしまいます。引き込まれるようです。川を挟んだ向かい側は山の斜面ですが、ここにカモシカが現れたりして、それも蕎麦っ食いを沸かせます。

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ほんとに自然に囲まれた凄い場所。旧友というのは部活仲間なのですが、彼女は随一の運動神経を誇っており(人並みじゃないw)、それはこの環境のおかげもあったのかしらん。あ、ここは住居も兼ねているのです。

このときは、結構ひさしぶりに行ったので、おばさま(友人は嫁ぎ済)とうちの家族とで、しばらく話をしていました。

そのとき、はじめて、この川と、ここへ嫁いだおばさまの、格闘のお話を聞きました。

この川は、台風になるととても暴れるのだそうです。そして、写真の手前に見えているいくつもの大きな石(岩?)は、台風のたびに上から流れてきたものなんだそうです。いえ、”流れてきた”なんていう表現はマイルドすぎて、台風のたびに、このような大きな石が上流から襲来して、家の前で他の石や土手などにぶつかり、「ドシーン!ドシーーン!!」というものすごく激しい音がし、ときには何かが破壊され、最初はほんとうに恐ろしかったのだそうです。

そういえば、ここは蛇行地点のようです。蛇行地点というと、川が氾濫しやすそう、というイメージを持ってはいましたが、このような石のぶつかる音、破壊される恐怖、そういったものをリアルに想像しながら聞くことで、台風時のイメージが迫力を伴った気がします。ちなみに東北の台風って、関東の台風よりず~っとおとなしいものです。それなのに。

東京の川に関する資料を読んでいても、よく「台風の時に河川が氾濫して大変だった」という類の記述を見ますが、それはあくまでも、文字を読んだだけ、頭で理解しただけだったのだな、と思いました。「たいふうのときに、かせんがはんらんして、たいへんだったんだな」、と。

その後、おばさまは、だんだんとその音にも慣れ、「あ、この程度の音なら大丈夫」とか、「この音はちょっとヤバイ」とか、区別できるようになったのだそうですw。

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板蕎麦を食べます。ここ、天ぷらもおいしいのです。この日は、イチジク、アケビなど、珍しい天ぷらもありました。

そして、さらに衝撃的な話を・・・おじさまが腰を痛めてしまい、もしかしたら店を閉めてしまうかもしれない、とのこと。とりあえず冬季は閉め、しばし様子見をするそうなのですが・・・、閉店はあまりに勿体無い、本当に勿体無い。

それからここ、ひそかに野球のロージンバッグも作っていて、一時期はシェア9割だったのです(今は5割とのことでした)。その生産も、もしかしたら止めになるかも、と・・・。地方の後継者問題、大変なことだなあ、と一同しんみりしました・・・。本当にひさしぶりに行ったので、このようなタイミングでいろいろとお話をうかがえたのも、もしかしたら何かの縁なのかもしれません。

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桃園川支流を歩く その2天保・新堀用水②

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桃園川支流編その2、前回のつづきで弁天川とも呼ばれた用水路の上を遡っていきます。あれ、そういえば私、「本流は水源から」という信条なのに、支流は遡っていくほうが好きみたい・・・。

前回の公園の横を歩いていくと、ふたたび道が暗渠っぽくなります。

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また出ました、馬橋児童遊園。だれも、遊んでいないけれど。

ああ、そうか、私がブランコに乗ってみればよかった。。

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tokyoriverさん、lotus62さんのところで以前相次いで話題になった大径マンホール跡が、突然出現しました。

おふたりの記述を拝見しつつ、なんだかウチのエリアには無いなあ、とちょこっと物哀しく思っていたのですが、やっと巡り会えました~!桃園川支流にもあった~。

しかし異様にでかいもんですね。思わずlotusさんのをパクッてクツを置いてしまいましたw(失礼~w)。これは5年以上連れまわしているビルケンちゃんなので、中敷がすごく汚いのは許してくださいませ・・・

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児童遊園、マンホール跡、それから木々が道の真ん中に並んでいます。

なぜ木々(しかもわりと古そうな)が、こんな真ん中に出現するのでしょうか。この木々の、写真向かって左側が水路で、木があるところは岸だったのでしょうかね?

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そしてその先はさらに川っぽ~い空間が演出されて、ベンチが置かれはじめました。

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な、なんだろうこれは。

ひとつだけ最後のほうにこんなのが。

遊具なんだか、ベンチなんだか、オブジェなんだか、あるいは運動器具なんだか、ぜんぶを兼ねているのか、よくわからないもの出現。

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そのさき、ちょっと道がひらけて、南阿佐ヶ谷の商店街へと向かう道になります。

ここ、銭湯跡っぽいです。

そういえば私が参考にした”かなり雑な資料”にも、ここらへんに銭湯って書いてありました。

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そして商店街に出ます。・・・この、左側に見えている建物、以前は素朴な定食やさんで(中華系の)、焼きそばが美味しかったのです。なので、今回のさんぽも、ここを一区切り地点、と思っていたので、ここで焼きそば食べていこう!って決めてたんですが・・・・・がーん、閉店・・・・。改装だったらいいんだけど。。でもともかく焼きそばにはありつけず。

かなり凹んで、南阿佐ヶ谷を後にしました。

しかしここで流路は終わりではありません。まだ先があるので、それもまた後日続けようと思います。この日はいったん帰りましたが、どうせ後日区役所に用事があるので(私、定額給付金をまだ申請してないんですよね~。ものごとに割く熱量に偏りがあるらしく、自分のこととなると超適当なんで、書類をほったらかしていたら、最近「そろそろ申請しないと終わっちゃうよ」というお手紙が区から来ましたw)。

この先、青梅街道をまたいで、この流れの始まりまで。向こう側には覚えている限り暗渠っぽい道は無い気がするので(まぁ当てになんない記憶だけどw)、泥くさいことになるやもしれません。それもまた良し!

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桃園川支流を歩く その1天保・新堀用水①

ずいぶんあっちこっち行きましたが、いったん桃園川に戻って、支流編をすこし。「その1」としたのは、たぶん、支流編は丸数字ではおいつかないくらい、いっぱいありそうだからです。(どうでもよいことですが、山形県で教育を受けた者は①をかならず「いちまる」と読みます。これはずいぶん強情に刷り込まれたようで、「まるいち」はいまだに慣れないし、なにより「いちまる」じゃないんだ、ということに当初ものっっすごい衝撃を受けました。)

Mabasi1 支流をいくつか歩いてみているのですが、馬橋児童遊園を兼ねている支流がなんだかすごく大きくって、すごいことになりそうです。

これこれ、メインルート編のときに、たまたま見つけて、気になったけれども追いかけなかった、ここ。

入り口(川的に言えば出口ですが)は、こんな感じに淡々としているのですが、じつに奥が深い。

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上に送電線、下に車止め。道路はなんか、かくかくのシマシマ。わくわくの始まりです。

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馬橋児童遊園その1の出現です。赤いすべり台から、送電線を眺める。

ああ天気が悪い。

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ふしぎなことに、だんだん遡っているはずなのに、道幅が広くなって、けっこう立派な道になるのです。

ここで、送電線とさようなら。送電線は左に、暗渠は右に。

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はう?

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ここなんか、ただのちゃんとした道ですよねw

もうここ、こんなに立派なんなら「馬橋川」でいいじゃん。と思いはじめ、心の中で馬橋川と呼びはじめていたところ、この流れは実は「弁天川」とも呼ばれていた、この地域のひとびとを助けるために作られた用水路、新堀用水(天保用水)だったのだそうです(「杉並の川と橋」参照)。
後日追記:「馬橋川」と記載している史料もありました。

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児童遊園その2の出現。ぜんぶ「馬橋児童遊園」で、同じようなすべり台、ブランコが、とぎれとぎれに出てきます。

しかしこの道、と~っても懐かしい感じがするのです。上京したてのころ、「道の真ん中に遊具があるなんて、東京は一味ちがうのね」などと思ったことがあって、それがこの場所だったような。その頃はまだ高円寺には住んでいなかったのですが、頻繁に来てはいたので、ここらへんに迷い込んでいたのでしょうか。

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っと。弁天湯です!

この通り、そこそこ通るので弁天湯も存じ上げておりましたが、弁天川のことを知った後で見てみると感覚がまた違いますね。

ちなみにこの近くに、”旅の途中”というすてきな名前のラーメン屋さんがあります。カウンター6席ほどのちいさなお店なので、行列必至ですが、とっても上品で美味しいラーメンです。 ほんとはニンニクがっつり系が好きだけどねw

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こうカクッとされると、用水路だね~とか思ってしまいます。

歩いているときは知らなかったのですが、もう一本、右側を用水路が走っていたようなんです。ま、また今度見に来ることにします。

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金太郎くんをみるとなんだかほっとしますw

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すごい、車止めのラッシュ!!

「にしはら公園」に出ます。ここらで併走しているもう一本の用水路との分岐点があるようなんですけど、、自分のテキスト記載(メインルートの案内板を写したもの)が雑だし、参考文献の記載も雑なので、もはやわからないっていうw。まあ、これも後日現地で確かめるとします。

あたかもフィナーレかのような雰囲気があるので、ここが始点かな?と一瞬思ってしまいますが、じつはまだまだ続きます。続きは、続編ということで。

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それから、高円寺駅からこの支流に向かう際に、通ろうと思えば通れる場所に、と~~ってもよい読書喫茶室があります。その名は、アール座読書館

水槽が目の前にあるソファ席。ほか、窓際の勉強席みたいなのもあり、とにかくしずかです。私語を慎むよう、ばっちり張り紙があって、皆ばっちりと守っています。おとなりの若者やおばさまが非常にうるさいと、「喫茶店って、静かであってほしいのになあ」と、しばしば残念な気持ちになる私としては、ここは”ぜったい、しずか”な、すごい場所。読書をしなくとも、ぼうっとしていてもよいのです。空間も、ほんとにすてき。

ここで暗渠さんぽの振り返りをするのも、よいかもしれない。

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海へ

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また暗渠とズレちゃうんですけど・・・、初・海釣りにいってきました。

川崎からイシモチを釣る船に乗りました。海なわけですから、私の萌えツボと重なるものはなかろう、とたかをくくっていたところ・・・まず出航時、”桜掘運河”の、終点を内側から見ている&桜橋の眺めにちょっと興奮してしまいました。

Haisuiko

それから、川崎の工場群をぎゅーんと横切っていくときに、ときどき見える排水口にくぎづけ!

あのポッカリ・・・暗渠を辿っていって、出口のポッカリ穴を見たときの充実感というかなんというか、あれを味わってしまうと、こういう穴を見ただけで無性に胸が高鳴ってしまいます。しかも、運河から眺めるという未体験アングル。

ああ、やっぱり下水道とか排水口とか、たまりません・・・。

肝心の釣果のほうは、5人で行って、うち4人がド素人、のわりに10匹釣った人などいました。いっぽう、2人が激酔いして半分以上ノックダウン、冷凍マグロ状態となり、うち一体は私だったわけです。最初の1匹は、ちゃんと自分で釣り上げたんだけど。2匹目は、寝ながら(友人の介助アリ)釣ったんだけど。。半分以上記憶が・・

ちなみに、生まれて初めて”釣った魚を自分で調理”することができました。グロ系一切拒絶だった私が、まさかちゃんとできるようになるとは。料理は大好きなんですけど、”姿”でこられるとだめなんで、「これは野菜だ・・・大根なんだ!」とつぶやきながら(あんまり見ないようにして)捌き、塩焼き、ムニエル、それらを食した後の骨とヒレを炙って、燗酒にじゅっと入れて骨&ヒレ酒!!翌朝は残った身をむしって、胡麻・味噌とともにすりつぶし、きゅうりと大葉と豆腐のつぶしたのを入れて・・・そう、冷や汁にしました。なかなか堪能いたしました。  自分で釣ると、違うもんですねえ。

ただし、釣り的にいうと、自分は市ヶ谷フィッシュセンターのほうが合ってるんじゃないかな・・・と思いました。あと、荒川遊園の釣り堀も、ノンビリで良いですね。

阿佐ヶ谷の釣り堀は桃園川支流沿いにあるのですが、他の都心にある釣り堀もめぐって釣り堀&暗渠特集、なんてのも、ふとやってみたくなりました。

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松平摂津守上屋敷跡下水暗渠

中国語か?ってなタイトルですね。

新宿歴史博物館へ文献を求めにいってまいりました。

常設展をふむふむと見て、閲覧室へ。(しまったぁー、えいはちさんの書いていた自転車を見てくるのを忘れたー。)お目当ての資料(これまた、えいはちさんが教えてくださったサイトに載っていたものですが、自分の目で見たくなったのです)は閉架のようなので、請求すると、司書さんが「開架にあるはずなのに、ない・・・」と右往左往しはじめ、学芸員さんを呼び、学芸員さんがみつけてくれました(その間、45分ほど)。ナイス。

でも、「松平摂津守上屋敷跡下水暗渠―新宿区荒木町付近再構築工事TNo.3立坑施工に伴う緊急発掘調査報告書―」なんつータイトルで、それだけを見たい、みたいな顔をして、だけども調査目的のところにはバーンと”趣味”とか書いている、そんな人によくぞこんなに手間をかけてくださいました。感謝、感謝。

そしてここの、コピー機の立地がすばらしいんだもう!!目の前がガラス張りで、正面に防衛省の通信鉄塔がドーン! うっとり・・・。 おかげさまで、コピーを4部ミスりました。<散漫すぎ

前置きが長くなりましたが、肝心の文献を読んでの興奮ポイントは、以下のような感じです。

・平成9年に荒木町で下水道の工事を行った際、昭和以前から存在するらしき石組みの下水路が発見された。調査の結果少なくとも幕末期から存在。

・なんとその石組みの下水路は現在でも下水道として使われていた!(いる!)

・この暗渠は本来、(策の池の)泉水を排水する目的で作られた。

・この石組み暗渠の延長は53m、断面は長方形で、内法は幅63cm、高さ88.8cm。底石、壁面、蓋石からなる。(写真もあったけど全部はコピれないので自粛) けっこうでかい!

・盛土、すなわちフェイク土手の構造については「石組み暗渠上の10m以上に築き立てられた盛土は、石組みと一体のものと考えられる。盛土は、崩落防護壁を設けたため、全体像は不明であるが、一部で暗褐色土主体のロームブロック混じりの土層を確認している。」と。石組み暗渠の在り方(上からの荷重に耐えうる構造)から推測するに、当初から地中深く埋め込まれることを前提としているよう、とのこと。  ・・・フェイク土手と暗渠は一体!(←なんとなく萌え) 

・この盛土が作られた理由は、摂津守屋敷において谷口を埋め立てて堤とし、広大な泉水を造営するためのよう。

・この盛土は、屋敷地の北西に突出していた台地を削り、人為的に平坦にしたことで発生した土を用いたのではないか。となると、石組み暗渠・泉水・堤・平坦部はほぼ同時に施工されたということに。(↓図8を拝借、平坦部については”御殿空間”と表記。)

・泉水・湧水・雨水のみでここまで大規模な排水路が必要なのかどうか、文献調査を行ったところ、泉水は玉川上水から給水→石組み暗渠を経て紅葉川に排水されていたことがわかった! 玉川上水登場!

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(参考:東京都下水道局新宿区No.102遺跡調査団 1998 東京都新宿区松平摂津守上屋敷跡下水暗渠―新宿区荒木町付近再構築工事TNo.3立坑施工に伴う緊急発掘調査報告書―)

むわー、面白かった!!私、暗渠を探すのもスキなんですけど、資料を探すのもスキなんです・・・。そしてやっぱり暗渠を探すのもスキなわけだから、暗渠に接近&盛土を眺める&玉川上水と紅葉川との連結地点を探る旅、ちかぢかトライしたいと思います。

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回顧的開渠さんぽ

晴れたので、帰京前にもう1さんぽ。

朝、わりと早い時間に、朝食をすませ爽やかに「ちょっとさんぽいってくるね!」と言って出てきたわけですが、じつはこんなこと実家でするの、nama史上初です。(朝はだらだらしちゃうのです。) 

あの名無しさんの始点についてちょっと思い当たるふしがあったので、河原へいくことにしました。

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馬見ヶ崎川。川をちょっとのぞいてみると、魚がちょこまか逃げていきました。

ずっと「はや」と呼んでいる魚なんですが、これはどうやら共通言語で言うところ「うぐい」みたいですね。

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この焼けこげは、芋煮会の跡です。

芋煮会はこのように川辺で、石を集めてかまどを作り、大きな鍋で作って、その脇にビニールシートを敷いて皆で宴会のようにやるものです。芋煮シーズンは秋いっぱい続くので、毎週末こういう焼けこげがあちこちにできます。

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見に来たのは、ここでした。

馬見ヶ崎川の本流の脇にある、親水ゾーン。ここは今じゃとくに生物もおらず、泥が底にたまって入りたくない感じですが、私が幼稚園の頃はもっときれいで、メダカとおたまじゃくしがいっぱいいて、夢中になってつかまえていたものです。

ここの終点部分が前日から気になっていました。

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終点部分。いままで、気にしたこともなかったところ。

このような堰があり、この数十メートル右、道路を挟んだ向こう側に、消防署があるのです。

つまり、ここから取水→消防署の下に防火水槽的なものがあり、そこに一時貯水→余分があの名無しさんとなる。

と考えるととてもしっくりくるのです。ネット上で調べてもなかなか答えが見つからなかった(消防署の敷地内に防火水槽がある場合は多いらしい、というくらい)のですが、これはなかなか当たってそうな気がしています。

つまりは、あの名無しさんは、川の水!親水ゾーン、じつは機能的!オトナの知恵、すごい! 

と、興奮していたわけですが、更に続きが・・・。

あの堰には「宮町堰」と名がついていて、「ん~、宮町はもっと遠くにあるのに、なぜに宮町?」と浮かんだちょっとした疑問。ぐぐってみました。すると・・・(以下、県庁のホームページから引用)

「山形五堰

 山形五堰は、「笹堰(ささぜき)」・「御殿堰(ごてんぜき)」・「八ケ郷堰(はっかごうぜき)」・「宮町堰(みやまちぜき)」・「双月堰(そうつきぜき)」の五つの水路の総称です。当時の山形藩主鳥居忠政公がお堀への水と生活や農業に使う水を引くため、堰を設けたことが始まりです。
 市街地を網の目のように流れる堰は全国的に珍しく、山形市の景観の特徴となっています。
 やさしい景観を生みだし、生活に潤いと安らぎをもたらす昔ながらの石積水路は、後世へと残したい貴重な歴史的遺産です。 」

パンフレットまで用意してあるそうです・・・。わあ、名前、ついてましたw あの名無しさんは、宮町堰という名のついた立派な用水路で、1624年生まれなのだそうです。

それから、wikiから引用すると、「明治初期に入ると山形五堰は農業用水、生活用水はもちろんのこと、水車を利用した製粉業・精米業や、養鯉・染物・鰻問屋など様々な産業にも活用された。 高度経済成長期に入ると生活排水・工業排水の流入により水質の悪化が急速に進んだ。また、このことから利便性が重視され,石積み水路からコンクリート水路に改修された。」とのこと。

水質悪化した時期もあったのですね。石積みが残されている上流部は、助かった地域だったということでしょうか。あと、製麺所の水車は、明治時代ほんとに使われていたのかもw はぁぁ・・・しかし世の中、知らないことばっかりなんだなあ。あの水路を正式名称で呼んでる人なんて見たことなかったし、こんなの全然知らなかったです。

けれども私にはこの五堰は、(知識としてはなくても)日常生活の中できっちりと体に染み付いていて、かなりあたりまえの景色になっていました。以前、自分にとって側溝は身近だと書いていましたが、それはこの用水路が張り巡らされ、なおかつ今でも地元で大事にされていたからで、もしかしたら山形特有のことなのかもしれません。

私が慣れ親しんでいた、残りの水路もちょっとご紹介。写真を撮ったときは、名無しさんたちだと思い込んでいたのですけど・・・ちゃんと本名でご紹介します。

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御殿堰。

ここは数年前までもっと野生的な感じだったのに、めちゃめちゃきれいになっちゃってます。

もっと粗末なガードレールに囲まれ、古めかしいコンクリートを流れていたのですが。。。ここを渡ったちょっと先で、部活の友達と待ち合わせて、中学校に行ってました。

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御殿堰、さっきの写真のちょっとだけ下流部です。

ちょっとだけワイルドですね。うん、まあ昔もこんな感じだった気がします。

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八ケ郷堰。

ここは河原に遊びに行くときに通ったりもしていたのですが・・・水が枯れちゃってますね。

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八ケ郷堰、もうちょっとだけ下ると、こんなふうに蓋暗渠になり、だれかの家の駐車場として使われていたりします。こういう景色は、いままではただの駐車場だと思っていて、目に留まっていなかったです。

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八ケ郷堰をまた少し下ります。

そうするとこういう立派な開渠になり(今は水が枯れていますが、いつ見てもわりとごうごう流れていました)、この写真の見切れてる左側に、たいやき「わかば」があります。この、わかばのたい焼きは、とっても美味しくって、「たい焼きっていったらわかばだよね!」は山形市民の共通認識だと思います。 

そして東京でもこの言葉が通じるのでいささかびっくりしましたが、山形のわかばはどうやら暖簾分けみたいです。四ツ谷のわかば、買いに行ったら、包み紙が一緒で、そして味もおんなじで、うれしくなっちゃいました。

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そして・・・八ケ郷堰をもう少し下ると、このように暗渠となります。

じつはここ、私が高校へと向かっていた通学路です。いまやちょっとこぎれいなコンクリ蓋暗渠(手前)とアスファルトですが、当時はもうすこし汚かった気がします。

というか、むしろ向こう側のアスファルト部分、思いっきりコンクリ蓋暗渠だった可能性があります・・・私がそう思いたい、というのもありますが。

思い出せないなぁ・・・。今回初めて知ったのですが、地元にも暗渠ってあったのです。山形は土地だって豊富に余ってるし、東京ほどの急激な近代化もなさそうだし、暗渠を作る理由がない、とか勝手に思っていました。ところがそうでもなかったのですね。

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これは笹堰。

とくに力を入れて整備したようで、以前とぜんぜん違います。以前はただの大き目の側溝としか思っていなくて、そういったかんじの見栄えだったと思います。

ここも中学のときによく通りました。部活友達(うちの中学は学区制ではないので、近所の友達というのがありませんでした、したがって一緒に登下校するのはこの友達ひとりw)と、帰るルートが何種類かあって、とくにどこにも寄らず、買い食い(第一パンのメロンパンと、ヤマザキのアップルパイが好きだったな~)だけするときはこの道を通りました。

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そして、ここも笹堰、の、暗渠部分。

ここは、ゲーセンやカラオケに寄る場合の帰り道でした。ゲーセンといっても、中学のときはUFOキャッチャーに燃えるかわいいものです。高校になって格ゲーデビュウを果たします。

ここは全然変わってないです。コンクリ蓋暗渠・・・。私、いっぱい通ってたんだなあ、蓋暗渠の上。

暗渠に興味を持って、最初に桃園川の上流部のコンクリ蓋暗渠をみたとき、あたかも初めて見たみたいに大興奮してたけど、そしてほんとうにいままでそう思ってたけど・・・。

(ただ、蓋暗渠の上を歩いているときの感覚は、なんだか違うんです。山形で歩いてるときは、ただの”道”。東京の蓋暗渠は、ロマンやら冒険やらいろんな苔や虫やにおいやら、色々詰まっているのです。なんでかな?)

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最後に、宮町堰の流れを、もういちど。

雨のときより、音がマイルドになっていました。「ざ、ざあ」じゃなくて、「コポコポ、コポコポ」と。とても癒される、良い音でした。

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これで、私の回顧的開渠(&暗渠)さんぽを終わります。

思いがけず、有名な水路さんたちだったことは意外な収穫でしたが、やっぱり、私はこういった小さめの川や水路が好きなんだよな、とすっきりもしました。この思いをさらに重ねながら、これからも暗渠をめぐろうと思います。

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あめふり開渠さんぽ

実家に居ます。朝からあの場所に行くぞ、って思っていたら、あめふりでした。それになぜか、私のスケジュールが家人によってあらかた決められていました。仕方ないなとスケジュールに従っていたら、あちこちで色んな物を食べる羽目になり常に満腹状態で(しかもアンコものばっか!)、やっと家に戻ってきたところで「も~!こんなにアンコばっかり食べてたら太る!カロリー消費してくる!」と言い捨て、さんぽをしてきました。

以前の側溝の写真、あのときは天気もよくて、水面がキラキラ、キラキラしていたので、ほんとにきれいで、おもわず写真におさめたのでした。だけど今日は天気がわるいし、・・・それに、あの側溝、整備されてたり枯れてたり、しているかもしれない・・・。

だけどやっぱり、まっすぐそこへ行きました。すると、

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ああ・・・・すごい!

7年前のまんまだ・・・!

変わった点といえば、左側の家が一軒なくなってしまったこと。家が一軒なくなることで、そこにあった生活感がまるまる失われ、ちょっと寂しい感じになっています。

側溝は、そのまんまです。

(デジカメの電池がちょっと・・・なので、今日は携帯です。天気も悪いし色々とクオリティが低いかもしれません・・・)

これは私の想像以上でした。この数年間、変わってしまった場所は、ほんとうに全然変わってしまったから。だけど私は、山形のある部分は変わって欲しくないなと思っていて、この側溝もそういうものの、ちいさなひとつです。

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これが晴れの日だったらもっともっと良いのにな。・・・まずはさきほどの地点から、下ってみようと思います。

今回は、東京在住の方々にはなにも関係ないかもしれない、山形開渠さんぽになりますが、お許しください・・・。

少しだけ下ると、製麺所の敷地です。山形は蕎麦どころなので、ここの製麺所のお蕎麦も、買いに来る人がけっこういるようです。

流れが手前の水車の動力にも使われていて、ここでいきなり水路がちゃっかりお化粧して着飾っちゃった感じ。

うーん、それどうなの、名無しさん。

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だけどそのすぐ先では、こんなふうに駐車場に使われるために、ガタガタしだしちゃう。

一瞬の暗渠。

しかも、こんな赤い鉄板暗渠だなんて、初めて見ましたよw

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そのさき、あとは長いこと家の間だけを通っていきます。名無しさんは私を、近づかせてくれるときもあれば、近づかせてくれないときもあります。

だけど、常に家一軒分くらいの距離で道路が走っているので、つかずはなれず、歩けます。その距離で歩いていても、つねに水路のせせらぎが聞こえてきて、安心するというか、うれしくなるというか。

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私も夢中で追います。

ざ、ざあ、という心地よい水の音。

それから、あちこちの家の庭から香ってくる、金木犀のにおい。

雨で、しっとりとした空気。

静まり返った町並み(田舎だからね~)。

私は、ひとりで歩く。

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ここらへんの、お店は減る一方だと思っていたのに、この側溝の脇にぽつねんと、いきなりかわいらしい「焼き菓子」とだけ書かれたお店が出来ていて、これはうれしいお知らせ。

私のアンテナはこれ良さそう、と言っています。

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さらに下流、コスモスがたっぷりと植えられていました。

ここではこの名無しさんが、庭の風景の一部になるのですね。なんだかうらやましい。

それと、この側溝は水が澄んでいてきれいなんです。畑も田んぼも無いようなところの、こういうきれいな側溝っていったい何のためにあって何が流れてるのだろう?ずっと昔に行った倉敷ではもっと道端のドブ的な側溝がとてもきれいで、藻があって金魚が泳いでいて、度肝を抜かれました・・・そんなことを思い出しました。

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さらに下流。家々にまぎれてちょっと見ない間に、緑がいっぱいだったところからちょっとシッカリして、すこし感じが変わります。

そろそろ、この側溝が大きく変化する場所、が近いのです。

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やや大きめの道路を横断する暗渠へと姿を変えてゆく、名無しさん。

家のお勝手口や、車が通るスペースなどを、便宜上って感じでふさいだ、虫食い暗渠。最小限の蓋だけにしているところに、エコを感じるというか、側溝への愛着(というか嫌悪の無さ)を感じるというか。

そしてその先は・・・

嗚呼、なんということ・・・

私が通っていた高校の、グラウンド横を通っているのでした。 ぁぁ、つながってるのか・・・!

なんだろう、このつながりは。これは予想して無かったです。

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流路はこの先2本に別れていて、この、家の横を通ってカクカクいくのと、高校脇のと。

紅い鉄板暗渠、また出ましたねw 新しいアイテムだなぁ。駐車場用に使っているのが鉄板蓋、家の入り口などにはコンクリ蓋、を使っているように見えます。

Yama13

そしてこれがもう1本。

暗渠と開渠が入り乱れ。

さきほど、”私の通っていた高校”という表現をしましたが、厳密に言うならば、私の通っていた高校は、もうひとつの別な高校と敷地が隣り合っていて、だだっぴろいグラウンドをなんとなく分けて使っていました(テニス部はグラウンド関係ないんで知らないけど、たぶんそうです)。なので、この写真はお隣の高校の敷地前なんですけれど、もっと下流に行くとうちの高校の脇も通る、と、言える!

ちなみに更にその下流は、もう追えませんでした。yahooの地図で確認しても、この側溝に関しては載っていませんでした。なので踵を返しましょう。

Yama14_2 

ああ、つながってるんだ、という感動をしばらく胸に残しつつ、もときた道を戻ってゆき、上流部も見ます。

上流部のほうが、家のすぐ脇ってとこが多かったです。そして、、側溝の上に犬小屋ひとつぶん、くらいの巨大なクモの巣(田舎のクモは、ありえないくらいでかいです!)があったりして、とにかくクモの巣出現率が高くて、かなりひよります。

したがって、写真も撮れなかったり・・・

Yama15

そうこうしていたら、あっけなく始点にきてしまいました。この家の脇でかくっと曲がり、暗渠になって、そのさきには消防署がありました。

消防署の先には馬見ヶ崎川しかありません。しかし土地の高さからいって、川の水はむりやり汲み上げなければこちらにはきません。そういったポンプ的なものがあるのかどうか。消防署の排水・・・?でも常時こんなにあるのかどうか、わかりません。

ということで、あっけなく幕切れでした。

でも、とってもよいさんぽでした。

変わっていないものに安堵し、自分の中で大きくつながったものがあった、さんぽでした。こんなことを、実家近辺でやろうなんて、以前は思いもしなかった。じんわりと嬉しいです。

明朝、もし晴れていたら、もう少しぴかぴかした写真も撮りに行きたいです。

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古地図の罠・・・

本日、とある古地図を買いました。明治44年の5千分の1「中野町全図」です。

このシリーズ、杉並は出ていないので・・・(田舎ってことかぇ!)。杉並がないならいいや、と以前は帰っていたわけですが、先日tokyoriverさんが某コメントで「(川筋の近くにあるものとして)金魚問屋」と仰っていたのを見、即座に思いついた金魚問屋、それは私が川筋はないと本当にあきらめていた場所・・・。それをこのシリーズで確認してみたら、ビンゴもビンゴ、とってもうれしい結果になりました!(ってかなりひとりよがりな書き方しちゃいましたが、後日まとめますので;)

それほど、この地図には細い水路までもわかりやすく載っていて、桃園ちゃんの支流もものすごい細かさ。

Nakano

こんなです。すごいぞう・・・!

で、買いたいなと思ったのですが、2つ買うのはなんだか嫌な値段・・・にせんえん・・・だけどこのすばらしさからいって絶対どこかのは買いたい・・・で、複数候補の間で悩んだ挙句、大好きな桃園ちゃんを買うに至りました。

そして早速広げてじろじ~ろ。なんと。陸軍中野学校の場所からも水路が!うわーヤッターー!!

と、いったんは喜んだものの、なんでしょう、なんだかここまでくっきりと載っていると、だんだんとカンニングをしているような気持ちになってくるのでした(したことないけどさ)・・・。 それとももしかしたら私があまのじゃく・・・?

もっと苦労して、見づらい波線のボヨボヨに目を細めて、資料もいくつも読み合わせて、いろいろと辻褄合わせて、ってやっていく過程も大きな喜びなんですね、きっと。

だからこの資料は使いますが、杉並が出ていないのは惜しかったけれども、きっともっと楽しみなさいよってことなのかな、と思うことにしました。ま、もちろん流路も年代ごとにいろいろでしょうし、この古地図1つでパーフェクトということではないのだと思うんですが、”見づらい・無い・わかりにくい、って文句言ってたくせに、見やすいものが現れたらそれはそれで文句言う”、みたいな、おはなしでした。

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小沢川、のまえに、「暗渠とバスターミナル」に捧ぐ

標記の件。

先日、某Lさんのところで、あれこれと議論された暗渠とバスターミナルのこと。某記事ですでに一定の結論を導かれているようです。なのでなんだか時期を逃した記事みたいになってしまいますが、「レポートします!」って言った以上、ここに現地訪問のレポートをしようと思います。

なんのレポートかといいますと、私がlotus62さんの記事を見て連想したバスターミナルはわずかに2件、しかしその片一方が一見川とは関係ないような場所にあり、しかしよくよく考えてみると、暗渠が近くにありそう、けれどどれだけ近いかはまだわからない物件でした・・・それは”小沢川”の暗渠と都バスの”杉並車庫”です。これらの関連をさぐることを今回は目論見たいと思います。

Bus

ここが都バス杉並車庫。青梅街道沿いにあります。

wikiを見てみると、都電杉並営業所の跡地(←萌えポイント!!)を使用しているとのことで、相当むかしからここにターミナル的なものが存在することになるでしょう。

現在はいろいろな高速バスの待機場ともなっているとのことで、なかなか立派な車庫みたいです。

Bus2

もしも私にもっともっと度胸があれば、車庫にいる古参そうなスタッフの方に近づいて、「川が近くにあったりしましたか?」などと質問攻めに出来るのかもしれませんけれど、そうもいかないので、まずはまわりをぐるりとまわる事にします。

この、周囲の塀がなかなかすごい。塀の内側に一列に植樹がされているのですが、この樹が育ちすぎていて、塀をがんがん歪めているのです。

それがこの車庫の年季を感じさせます。もう、ほとんどの塀が歪められてもっこりしていて、表面張力限界!みたいな、あと10円入れたらヤバイぞー!みたいな感じになっていて、はらはらしてしまいます。

こんな風に臨界点超えたところもありましたw

Bus3

でも水路に関するてがかりは別段なくって、そのまま裏側に来ました。裏側はこんなふうに入ることが出来ません。

(でもなんか、この地面はあやしいような気もするんだけど。→のちほど下水道台帳を見たらここにはなにもなかった・・・。)

Bus4 んで、上の写真の柵の手前にはこんな公園があります。梅里児童遊園。

園内にある説明文によると、この公園は昭和40年に「西小沢児童遊園」(ほう、小沢!)として開設されたそうです。

公園につぐ公園、ってことで川への期待が高まりますが、その前は西武軌道の変電所(大正10年)→梅里敬老会館というように、建物だったようです。変電所の前が何だったか、それがまだわかりません。ソーリー!

車庫から見てこの公園の逆ブロックには、堀ノ内斎場があります。かつて「堀ノ内斎場脇を通り真盛寺境内を流れて小沢川と合流する流れ」があったというので、その水路とここはとても近いです。Oza8 この「斎場脇」というのがちょっとあやふやで、下記の地図では①と②の2通りがありえます。私は車止めの配置などから当初①かと思っていましたが、①の先には実は下水道が通っていない場所もあり、暗渠と確定するには怪しかったりします。そこで②を採用するとなれば、車庫にはビンゴとなります。・・・ここが決定打に欠け、視覚的にはサインがないので、「車庫と小沢川支流、近いね~」で終わってしまいました・・・。はふーん

ちなみにこちらが小沢川の水源(小沢の池)があるといわれる真盛寺。残念ながら信者の方しか入れないという立て札があり、入れません。この真盛寺は、さきほどの公園から斜向かいの位置にあります。

今回の地図。あぁ・・・なんだかわれながら、レポートしましたって言えない出来になってしまいました。バスターミナル隊隊長、すみません・・・。現地レポだけじゃ足りなかったわけなので、情報収集のうえ後日追加できればと思います。

Shakomap_3   

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紅葉川、の、さんぽ準備

さんぽ準備、っていうのもヘンな話ですけどねえ。策の池のあと、もうすこし歩きました。紅葉川跡へと。策の池と紅葉川のかかわりについては、tokyoriverさんがちょうど書いてくださっています私も後日遺構などを見つけて、つなげて書けたらいいな~。

ここは杉並区ではないですが、紅葉川は私の仕事場(私は本務先1つ、非常勤2つという働き方をしていて、ここは非常勤先を指します)の目の前を通っていたようなので、縁を感じる川のひとつです。紅葉川のことは知ったばかりだったのでデータがほとんどなく、なかでも水源(含支流)の情報が皆無でした。そこで、まずは彷徨ってみて、なんかつかんでおこー!みたいなノリで向かいました。紅葉川・・・四ツ谷の語源を”四つの谷”とする説をとる場合に、そのひとつにあたる川のようです。

Momiji1 まずは防衛省の鉄塔をうっとりと見つめながら津の守坂通りをくだり、靖国通りの一本前を左折します。

曙橋だ・・・

曙”橋”だ・・・この、川との縁の発見にはあいかわらず、感動してしまいます。

曙橋は、紅葉川にかかっていたんだ。なんかすごいなあ。

Momiji2

そのまま進むと、こんなふうに道がくにっと曲がったりしていて、川っぽいなぁ~と思えます。

今回の辿り方、ほんとは本意じゃありません。前述したように、私は川を辿るなら水源から行きたいと思ってしまうので(たいがいのことは適当なんですが、たぶん凄く好きなことに関してはこうなります)、今回は遡る感じだし、途中から始まるので、ちょっとムズムズ。

Momiji3

靖国通りと併走するような道を、そのまますすんでいたら、靖国通りに出ました。

ふふふ・・・ここらへん、3年ほど前に別な用事で迷いに迷って、泣く寸前まで行ったんだよな~・・・w

Momiji4

ちょっと戻って、曙橋の駅前に寄りました。曙橋は私には縁のない地なんですが、食べ物やさんにつられて、何度か来たことがあります。

茶座」という和カフェに、”カスタマイズあんみつ”という語感にえらく惹かれて来ました。

それから、「」というパン屋さんに、”ひじきパン”という響きにえらく惹かれて来ました。

このときも、満でカレーパンやクリームパンなどを買っていきました。お店の雰囲気が和食屋さんみたいな、すてきなすてきなパン屋さんです。

Momiji8 この曙橋通りは、紅葉川にそそぐ支流があったようなので、来たのです。

この、駅前にある、靖国通りと併走するような、だけどちょっとカーブしている、一見意味のない道も、その”意味のなさ”がなんだかあやしい。

ちなみにそういう意味のなさそうな道のかずかずにずいぶんと惑わせられて、上記のお店に来たくって訪れたときも、ずいぶんと道に迷わせられたものです。

Momiji9

駅前のこんな、ビルのはざまに、なぜにこんな、ブランコがあるのか。誰がこぐのか。 携帯をいじくる若者が座ってるのみです。

もうほんとにこういう「あれ?」が、以前きたときには気にも留めなかったことが、うれしいです。

うん、ここらへんは怪しい。あとで調べよう~~っと。

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もうちょっと上っていくと、こんなふうに曲がっていたり、とってつけたようなちいさな”児童遊園”があったりして、うんうん、あやしいあやしい。

ただ、問題は水源です。いまの時点ではぜんぜんデータがない。このままただ上るんじゃなくて、余丁町というあたりにあるっぽいんですが・・・

Momiji7 余丁町と河田町(←名前がもうね)のあたりを彷徨って、水源のヒントがすこしでもあればいいのにと思いながら彷徨って、だけどよくわからなくって、暗い住宅街がいいかげん怖くなってきたので、通りに出ようと思ったら、よくわからない地点に出ました。

そこは余丁町通りというところで、そこには通りと交差する直線の道路の脇に、こんなカーブの道路が意味なくついてました。嗚呼、ここもまた違和感。

Momiji12

靖国通りに戻っていって、紅葉川の本流らしきところをあるきました。

井草川のときに、やたら上から降りてくる、民家の階段について気にしていましたが、この紅葉川のほとりにはもっともっと、そういう階段がありました。昼間に行って、激写しようと思います。

Momiji14_2 

大木戸坂、というあたりにきて、坂を上ります。

ここらへんにも支流か本流かの水源があるようなのですが、うーん、よくわかんない。だいたい、この道でよいのかもよくわかんない・・・

Momiji15

なんか警告文のある道が横に出現して、車止めなのか?と思ってついつい入っていきます。

Momiji16

が、よくわからない細道なだけだったので、また出てきて、すこしいくと、おー、銭湯!

わぁ、銭湯があるとなんだか安心してしまいます。むーん、入りたい・・・

Momiji17

ともかく新宿通りに出ました。

さいきん話題の、Sミュージック社のビル(旧ビルなのかな?)の隣にある、decaというカフェでギネスを一杯。

いろいろと調べたいことがたまってきました。これから調べたり、思いを醸成したりしようと思います。だから、紅葉川さんぽについては、またいつか。

Sinjuku

新宿つながりでひとつ。

今日は新宿がずいぶんと良いことになってました!ぜんぜん知らないで通ったらとってもお祭りな感じになっていたので、おもわずふらりと座ってしまい、ビール、焼き鳥、マックのポテト、インドカレー、ビール・・・オープンエア! ってな感じで楽しんでしまいました。

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引込線跡さんぽ①

所沢ビエンナーレ、「引込線」。これにちょっと惹かれていました。妻有は遠いからなかなか行く気にならないけど、所沢だったら親近感・・・

いえ、というよりかはその「引込線」というタイトルに。所沢の、”西武鉄道”の”廃工場”が開催場所だということに。もう使われていない”引込線”がドンとあるそのポスターに。私は惹かれたんだと思います。 とっても素朴に。 

けれど私はあんまり現代アートとかよくわからないんです、たぶん。それから、所沢って案外遠いし。それと、開催が9月23日までで、もう行けるチャンスがなくなってしまい、結局行かれないまま終わってしまいそうです。 帰りに西武の試合を見る手もあるけれど、西武ドームでビール飲んだらそれはそれは素敵なビアガーデンだけど、いくらなんでも野球おひとりさまは、まだやったことがない・・・

というわけで、今日だって間に合わなかったので所沢には行かず、だけれども、中央線沿いにある”引込線跡さんぽ”ってどんな感じだろ?とすごく興味を持ったのでした。そこで、またまた暗渠から離れますがw今回はソレにします。

Musasi1

あまり時間もなかったので、距離の短いものをと、武蔵境駅から境浄水場へと伸びていた引込線跡を辿ることにしました。

武蔵境駅の北口から出て、駅から見て右方向にまっすぐ歩きます。

この交差点、ゆるりとカーブしているので一度だまされて左折してしまいましたが、ここはまだ高架に沿って直進です。

Musasi2

道が狭くなって、右手に工事中みたいな壁がつづきます。

ここの中には、まだその引込線の線路が残っているかもしれないということなのですが・・・、見られるはずもなく。

暗渠さんぽだってまだ1ヶ月ちょいでわからないことばかりだっていうのに、鉄道関連のことなんて何もわからないも同然。いったい何が手がかりになるんだろう?

Musasi3

こういうのって手がかりになるのかな?うーん、ぜんぜんわかんないですw。 だれかテツヲタも兼ねている人が居たら、教えてくださいw

ともかく道に沿って歩くのみ。上の写真のように、道が左にカーブしはじめました。あ、ちなみに何を浄水場まで運んでいたかというと、多摩川の砂利(沈殿ろ過のための)だそうです。

Musasi4

水路(←うれしい)を渡ります。線路用の橋にしては狭いから、ここまではまだ線路じゃなかったのかなあ。だとしたら、もうちょっと右側が引込線跡ということになります。

Musasi5 すごいいきおいで日が暮れていきます。

さて、ここから遊歩道に入ります。これがばっちり引込線跡で、浄水場の前までずっとつづきます。何枚か写真を撮りましたが、暗すぎてどれも同じw

両側を住宅に囲まれた、静かで落ち着いた遊歩道でした。単線のわりに結構幅もありました。のんび~り、ここを砂利を載せたトロッコみたいなのが走っていたんでしょうか。

・・・もはや、遺構などを確かめられる明るさではありません。ウェブで調べたところでは、それほど遺構もないようなんですが。

Musasi6_2

そして玉川上水に突き当たります。く、くらい・・・w

たぶん後日書きますが、玉川上水、大好きなんです。ここは大橋という橋みたいです。線路が渡る用の橋がきっとあったはずなんですが、今はないし、その名残もありません(たぶん)。

そして橋を渡ったところにど~んと浄水場があります。写真撮ったけど、まっくろでしたw

とりあえず、引込線さんぽをしてみて・・・、私は暗渠のほうが好き、ということがわかりました。共通項であるはずの、「今はないが、昔はそこにたしかにあった」という魅力はあるんです。あるんですけど、名残が見えにくいからなのか、私が鉄道を知らなさすぎだからなのか。   あと暗すぎたんでしょうね。

そんなこんなで、今回の行程で、テンションマックスだった場所は、ここ。

Musasi7

途中にあった水路~w

水は流れてないようだったんですが、「むおおお絶景なり!!」と、嬉しくなっちゃいました。

この水路、ここの少し北から突然始まって、上連雀までカクカクしながら続くみたいです(最後も突然終わる)。資料をぜんぜん持っていないエリアなので、この水路について私はまったく何もわからないまま出会い、別れたわけですが・・・

Musasi8

と~っても気に入っちゃいました。もう一枚反対側~。やっぱり川が好き!!

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で、別な駅に移動して、某ダイナーにて、マッシュルーム&ガーリックのハンバーガーと、コロナビール。

あ、そうだ。「①」としているのは、もちろん他にも狙っている引込線があるからです。境浄水場への引込線のすぐ東側に、もう一本あるのです。これが、私にとってはよりワクワク要素が強い引込線なので、こちらもそのうち行ってみようと思います。

本日の行程。帰り道はちょっと怖かったです。夜さんぽは自重しようって思ったばかりだったのに、日の短さをなめてました。反省反省。

Musasimap

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池跡に萌ゆ

暗渠から少し離れますが、策の池(むちのいけ)にいってきました。正確に言うと、策の池および、その周辺にあるすばらしい窪地へ。

これは暗渠萌え以前から気になってはいた場所で、いつか来たかったのです。そこで、紅葉川跡と抱き合わせで見てくることにしました。

Muti1

四谷三丁目で降りて外苑東通りを曙橋方向へ歩き、右へ曲がると、凹凸ぶりがよくわかる地形に出会います。

いつもなら地図を手放しませんが、ここの場合、ただ低いほうへいけばよいので、がぜん安心してきて地図を仕舞います。

Muti3

やはりすぐに低地への階段を見つけることができました。しかもけっこう露骨な階段です。この先はすり鉢状の地形になっていて、その底に降りるのです。

下る、下る。

もうこの時点でワクワクしてきます。入ったことの無いテーマパークの入り口のような。いや、テーマパークのようなつくりものではない、もっと重厚な不思議さを持った空間が待っています。

Muti4

そして右折するとすぐそこに策の池が。

津の守(つのかみ)弁財天とセットですが、こぢんまりしています。すでに先客が2名ほど居ました。私が滞在している間も、2組ほど見に来ていたので、ここって結構な名所なんだなあ・・・。

策の池の由来としては、家康が鷹狩りに来た際、井戸水で策(むち)を洗ったから「策の井戸」となり、その水が滝となって注いでいた池が「策の池」ということです。

Muti5

かつてはもっともっと広い池だったのだそうです。摂津の守の屋敷の池だったのが、明治には庶民にも解放されて、そこに集まるひとびとのため、近辺には料亭や茶屋などが建ち、だいぶにぎわっていたそうです。

四谷荒木町の飲み屋街、私も何度か飲みに来たことがありますが、街の風情がなかなか良いんです。その基礎を作ったのがこの池だったとはね・・・。もう名残はないけれど、周囲との高低差を考えればここが滝つぼだったイメージも若干はわきます。

Muti6

井戸が池の目の前にありました。なんの説明も無いのでよくわからないけどw

先客が熱心に案内板を見ていたので、私はしばらくボーとしていました。ときどき、池の中で何かがぱしゃりと跳ね、その空間に居る数体の生物が、おもいおもいに時間を過ごしているような気がしました。

それはもう、ゆっくりと。しずかに。

日が暮れる前に、”すり鉢”をもっと味わおうと思い、腰を上げました。

Muti7 まずは金丸稲荷へとつづく坂を上ります。津の守弁財天もここもお賽銭箱が初めて見る形状で、弁財天ではお金の入り口が分からなくってお賽銭が入れられなかったので、ここでまとめて。お稲荷様をぐるっと囲む石には、料亭の名前などが書いてあります。

歩いていると傍らには色々なお店が。荒木町の飲み屋さんって、新宿通りから見える所しか知りませんでしたが、こんな奥のほうにもあったんだ!と嬉しくなるような、坂の近辺にあるお店のかずかず。

Muti8

そしてまたすぐ、見えた坂から下に降り、すり鉢の底のあたりを歩きます。住宅街なんだけれども、ちょっと異空間のような、味のある住宅街・・・。この「ちょっと異空間」が私の拙い写真では伝えられないことが、もどかしい。

Muti9

くねくねとした小径を。

Muti10

むおー、また坂!見えた坂から、節操無く上っては下り。

階段、古い石垣、新しめのレンガ、さまざまな時代のコラボ。良いですね。

Muti12

”すり鉢”が見下ろせます。

この坂、散歩の達人(2007年8月号)によれば、「モンマルトルの坂」という通称なのだそうです。

どこらへんがモンマルトル?行ったことがないのでぐぐって適当なサイトを見てみたら、たしかにモンマルトル的でした。

Muti11_2 

モンマルトルの坂を下る前に、すり鉢を見下ろして味わいます。

日本・海外、現代・過去、都会・田舎、映画のセット・・・そういったものうちどれともなく漂う、そういう切り取られたエリア。

人があまり、歩いていないのもたぶん異空間要素だったのだと思います。こうやって見下ろしていても、街が動いている感じが、しない。

Muti13

また下って、細い細い道をゆきます。躊躇無くあるきます。

Muti15

そろそろ坂も尽きたかな・・・と思い帰ろうとしたところ、坂の上に防衛省(←ツボ)の通信鉄塔が見えました!!この不思議空間と、別な非日常要素との怪しいコラボレーション、激萌!

と、このように日が暮れるまでバカみたいに昇降運動を繰り返しました。策の池自体というよりかは、ここの地形のすばらしさに酔いしれました。

・・・が、帰宅後調べてみると、ここらに川の跡も、ちゃんと見れば橋の遺構もあったようなんです。私、今回はほんっと~~にただただ地形と雰囲気を味わっていただけで、それ以外の要素に目を向けようとしなかったんだなあ。

でも、いいんです。また来るので。非常に好みだったので。四ツ谷周辺もわりと縁があるところなのに、今まで来なかったなあ、なんで来なかったんだろうなあ・・・。

今回の行程。スタートは四谷三丁目駅です。

Mutimap

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上井草から井荻まで歩く②

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井草川暗渠は、井荻駅以東は妙正寺公園まで「科学と自然の散歩道」として整備されています。自宅が近い小柴博士の提案ということなので、ここ数年のお話なのですね。

その散歩道に入ってまもなく、右側の家から降りてくる長い階段たち。井草川周辺、やたら上に建ってる建物がときどきありますね。

私は2年前に靭帯損傷で初松葉杖生活をしたことがあるのですが、それ以来「松葉杖目線」が抜けません。この階段、松葉杖きつそうだな・・・。たぶん、下りの恐ろしさったら無いと思います。

Igusa67

お、あったあった。

楽しみにしていた、ビオトープ!ビオトープー!(小学校の卒業式みたいな調子で。)

メダカなどが見えるかな~と覗き込んでみましたが、思いのほか草が生い茂っていて、何も見えませんでした。

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中瀬保育園の脇。「中瀬保育園のこみち」となっていて、子どもの足跡があったり、「夢のタマゴ」があったり。

いやぁしかし、こっちサイドにきてからの整備強化が凄いですね。ほか、木々に子ども手描きの説明文がついていたりします。それらの説明文を読んでいたら、おもむろに自分の小学生時代を思い出しました。

私のいた小学校はちょっと粋なところがあって、各学年に植物の名前がついています。コブシ、サザンカ、ハナミズキ・・・。で、そういう風に各々もアイデンティファイされてしまうので、「ドウタンのくせに生意気だぞ!」とか、「やっぱりサンシュユはカワイイねえ」とか、そういうオツな会話が繰り広げられることになります。・・・これは意外なところで郷愁をそそられました。

そういう感覚で、木々に取り付けられた紹介文を読んでいって、私が一番嬉しかったのは・・・

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マテバシイ でした。

理由は、(そういう名前の学年とかではなくて)食べられるどんぐりだからです!

結局それか!

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おっと左側に。

車止めが私を呼んでいます。

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ぎゅーんと曲がります。

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すると、まだまだ伸びて、、、

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狭い暗渠がずっと延びています。

左側にさらに支流みたいなのもありました。

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西武線の線路にぶつかります。

お店の脇、日が当たらない、人っけがない、狭すぎ、きわめつけにデジカメで撮った写真の一部が白いもやみたいになっていてちょっとだけ怖さの残る道でした。

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もうちょっと進むと、また左手に蓋暗渠が。写真にしてしまうと感じ取りにくいですが、ここが最も「やな感じ」のする入り口でした。

どうやら私、コンクリ蓋で狭くって緑があったら全部好きなわけはないようです。空気がどよ~んとしていて、暗くて虫が居そうだと、敬遠したくなる。。。

ここも往路は入るのをやめて、

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でも復路で「見つけたのに入らないのは気持ちが悪い」のが勝ってしまい、入ってしまいました・・・。

案の定、入り口に大量のハエが!!なんなんだ~~ふつうの民家のすぐ横なのに、なんでこんなにハエがいるんだー、と、小走り。アウターゾーンで透明人間の死体の話とかあったなー。ヒー、不穏!

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そのまま進んでいったん大きめの通りに出て、でもその先も苔むしたコンクリートの蓋暗渠、なんでだかよくわからないけどあんまりスキじゃなかったです。

Igusa77

緑道に戻ります。

気を取り直して、と・・・

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公園があって、「いろんな岩石に触ってみよう」コーナーがあります。岩石の説明文つき。

ま~、教育的。

この木も立派ですねえ~。

でもなんか疲れてきちゃったんだか、自分では触りませんでした。見つけた支流をひとつずつ辿っていくと、わりと体力を消耗するようです(アドレナリンで相殺されてる気がしてたけど)。

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その公園の左端(緑道からみて)にあった、入り口に車止めのない道。

ふふん、見逃しませんことよ。この道の反対側には車止めがあったので、ちょっとした水路だったのかも?

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そんでもって、ゴール!

妙正寺公園です。名前だけはよく聞くんだけど、じつは来たことありません。子どもがいっぱい遊んでました。

後日気づいたのですが、妙正寺池が合流地点だとばかり思っていて、ほんとの合流地点らしき場所(公園のどこか)を確認しませんでした・・・。なんという詰めの甘さー!!

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せっかくなので妙正寺池を拝みます。ここから妙正寺川が始まるんですね。

妙正寺川沿いを歩く体力は、もうなくなっていました・・・。井荻駅へ向かい、焼鳥などを買って帰りました。初めての商店街、イイ!

さて今回、見えた支流は巡れるだけ巡るというわりとアグレッシブな旅でしたが、積み残しが色々とあります。

・杉並工業高校周辺の流路(複数あるがその道筋)を明らかにしていない。

・井荻駅以降の井草川緑道の反対側にある”遊歩道”について、暗渠じゃないと決めうちでスルーしてしまったがどうやら水路。

・各支流の始点のうち、もっと辿れるものがありそう(Ex.上流部のものは千川上水のほうまで辿れるよう)。

・最終地点!!(泣)

要するに井草川もまだコンプリートできていないと言うことになります。また来ます!

ちなみに、井草川、擬人化したらなんだろな~と思いつついましたが、「紺色の着物を着た落ち着いたお姉さん」かなと。どうやら主に語感で判断しているみたいです、私。でも、ちょっとこじゃれたベンチがあったり、落ち着いた道が多かったり、お姉さんぽさはある気がするんですよね。

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上井草から井荻まで歩く①

”案外早いね、井草川リベンジ編”です。

前回涙をのんだ、上井草の駅から再開します。駅にいきなりガンダムがいます。西武線はあまり使わないので、ガンダムがいるのって上石神井だと思ってました。私は結構サブカルっ子だと思っているんですが、残念なことにガンダム萌えは無いんですよね・・・。まぁ、名ゼリフは時々使いますけども。

Genro 最初に、カフェgenroでエネルギーを溜めます。くるみのベーグルとアイスコーヒー。くるみのベーグルは小さめながらも手づくり感満載で、これでもかっていうほど熱々で出てきます。それに、ホイップクリームをつけて食べるなかなか斬新なスタイル。

このカフェ、ネットの寸評で「北欧か和風かどっちかにしてくれ」みたいなことを書かれていましたが、私は和も北欧も大好きなので、両方取り入れてるこの空間、好きですけどね~。

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コーヒー飲んだら、出発。

緑道に入る前に、先回チラッと見えていた支流を通ることにします。向山公園。この公園のあたりから、支流が伸びているように見えたんだけども・・・

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公園の向かいにあります、車止め。

向山公園も、別に湧水ポイントにはなっていないんですが、池でもあったんじゃないかしらという気がしてしまいます。

最近、メインテキストに旧・湧水地点をプロットし始めているんですが、1つの文献しか参照していないので色々と漏れがあるかもしれません。

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井草川緑道に入りました。なんか、景色の見え方が全然違います。うー、緑ってキレイだー

ここらへんの井草川緑道は、だいたい無造作な草花たちと、アスファルトの地面というつくりなんですが、作りこみすぎないこの感じも、結構良いです。

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四宮中橋。

・・・いや、橋跡を大事に残してくださってる感じもするような、・・・いやいや、ゴミ捨て場ってなぁ・・・どっちなんだ・・・。

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そして西武新宿線の線路により分断。

これはこれで、ドラマチックですてき・・・と思いつつも迂回する面倒くささw

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線路を越えて、緑道が再開します。

線路を挟むような形で、暗渠の立ち入り禁止地帯みたいなのがあるんですが、ここがさらに無造作な緑の生い茂りようでした。

Igusa58

お、左手に車止めが気持ちよく立ってます。良いブルーですね。

Igusa59 とうぜん、辿らせていただきます。

けれど、まもなく終わってしまいました。このときはここで引き返したんですが、後から見てみたところ、この先に湧水地点らしきものがありました。もっとウロウロしてみればよかった・・・。

Igusa61

矢頭公園を通り過ぎ、少し行くとまた線路です。

今度は木が植えられています。なんか、この木たち、身を寄せ合ってるみたいでカワイイ・・・w 4つ子ちゃんw

Igusa62

また迂回して線路を渡り、反対側に来ます。こっちにも一応植樹されていますが、これまた無造作というかワイルドというか・・・。べつに俺ら見てもらわなくてもいいもんね~的というか・・・

Igusa63

で、緑道再開です。

井荻駅が近いからか、駐輪禁止のマークと、自転車撤去の札が立っています。暗渠でこういう光景は、私はお初です。

べつに自分ちの近くじゃないのに、自転車撤去の張り紙の日付とか確認しちゃうのは何故なんでしょう。

Igusa64

わぁ、珍しい、金太郎裏返し!w

ちゃんと裏側には金太郎いますよ~。後ろに建ってるアパート、新しめなので、きっと以前はここから道が伸びていたんでしょうね。と、辿ろうとしましたが何もありませんでしたw

金太郎車止め、本来は不特定多数の皆さんへ向けられているものなのに、ここのはアパート住民にのみ向けられている・・・良いな、住民さん。

Igusa65

んで、そろそろ井荻駅です。暗渠は緑道から駅前の商店街的タイル仕様になり、そして写真奥にチラと見える環八によりぶった切られています・・・井草川、いろんなもので分断されちゃってるんですねぇ。

さて、次の行程はいよいよ最終地点までなのですが、それが「井荻から井荻まで歩く(戻ってきちゃうので)」みたいな変なタイトルになっちゃうので、同タイトルのまま続けます。

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井草川水源から上井草まで歩く②

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井草川暗渠さんぽ、”雨に泣き濡れて編”に入ります。

ここは前回あれこれ言っていた「西山家周辺の高台」から下を見ているところで、後方が工業高校の敷地になります。

この先にも流路があるらしいのですが、雨が強くなってきたので、とりあえずカメラをしまいます。

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で、そこを下って左側にちゃぁんと杉並名物、金太郎車止めを見つけたのですが、とりあえず、支流の果てまで行くことにします。

右の写真の車止めのところで、流路を見失いました。

ええと、言い訳をしますと、この日の天気予報はくもりのち雨だったんです。午前中の降水確率は30とかそんなもんだった気がします。

Igusa25 降水”確率”っていうけれど、30だとなんとなく”小雨しか降らない”という気がするもんで、そして午前中で帰るつもりだったんで、→傘は持っていかない、という選択になるわけです。

つづき。さきほどの車止めから戻っていくルートです。時間的には巻き戻す形になるので、地面の濡れ具合がだんだん減っていくという変な絵ですが、お許しください。

そしてもうひとつ言い訳の補足。なぜそんな微妙な予報なのに、丸腰で私は来たのか?

これは山形県人スピリッツと関係します。雪国の人は、雪の時には傘をさしません。だって必要ないから(雪は払えば落ちますから)。私はそれと同じ感じで、多少の雨には傘をさしません。

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以前、「山形県民がもっとも傘を無駄に買わない、それは天気予報をこまめに見ているからだ」というニュースがあって、私はたいそう不服でした。私は天気予報云々じゃなくて、雨が降っても傘をささないから、無駄に買わないんだよ~! 注:ちなみに、これが山形県人スピリッツなのかどうかはわかりません、個人の意見ですw

と、いうわけでですね、これは「あえての」傘無しさんぽなのです。

はい、支流の上をどんどん戻ります。

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蓋暗渠になっている地点はここだけだったかな。橋の遺構があるようなんですが、ゴミ捨て場になっちゃっていますwああ、なんだか勿体ない・・・。

Igusa28

どんどん戻ります。道路をはさんで、階段があります。

そういえば、果ての地点の先は住宅だったのでそれ以上進みませんでしたが、のちほど地図で確認したら(地図が濡れちゃうのでリアルタイム確認ができませんでした、まぁすでにシワシワなんだけどw)、そのもうちょっと先に緑地があったので、もしかしたら先があったかもしれない・・・。

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で、始点がここです。

ここをまっすぐ伸ばすと、その先には井草川緑道があるのです。実際には、かくかく曲がっているようなのですが、痕跡があまりなくてわかりづらいです。

Igusa31

上の金太郎さんから振り向いたところ。ふつうの車道です。

この写真の奥に見えるのが、農芸高の敷地です。いっぱい植物が植えられています。

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その農芸高の敷地の横に、また金太郎さんがいます。

もはやデジカメをしまうことすら面倒くさくなって、普通に持って撮り出しましたw 雨がたまにやんでくれるのが救い。

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1ブロックの角をちょっとだけかすめるようなごく短い通路でしたが、 そこを抜けるとこうなって、

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農芸高の農場って書いてあるけれど、校舎らしきものがある横を通る暗渠になります。しかしここらへん、学校オンパレードですね。工業高校、農芸高校、三谷小学校、井草中学校。

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そして公園に出ます。

ここは三谷公園、井草川緑道の始点になっているところです。三谷公園はさきほどの工業高校の真向かいにあります。

左手前にフェンスが見えますが、ここはなんと馬術場。馬に乗ってる若者(たぶん農芸高の生徒?)がいました。うわー、かっこええ~~。

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で、緑道がはじまったので沿って歩きます。

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少し進むと右側に支流発見!

入り口は住宅がならんでいましたが、奥の角をかくっと曲がると、

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さきほどの馬術場の脇に出ました~。へぇ~。

なんかちょっぴり田舎っぽい感じがして、好きかも。この支流。

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そしてこの支流の先にはこのような、とってつけたような公園がありました。

もしかして湧水でもあったのかいな?と、後から湧水ポイントをチェックしましたが、そうでもないみたいでした。

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道灌橋を渡ります。

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すぐ左手に切られてしまった古木がありました。

きっと井草川を長く見守ってきたのだろうな~。

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三谷小の少し手前に、このようなちょっとこじゃれたベンチがあります。

もう少し先にもう一回このような場所が出てくるんですが、渋い顔して小説でもめくりたくなるようなベンチですね。

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うぇー、「山形人たるもの」とか言ってらんないほどの、パンチのある降りになってきてしまいました。丸腰の限界か・・・

うーん、しかしよく私、風邪引かないな。私は滅多に風邪を引きません。うつりにくいし、インフルエンザすらそうです。このときも、そうとうびしょ濡れでしたけど、家に帰ったらぴんぴんしていました・・・。

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やっぱり中断することにしました。だって、視界が悪いし、いちいち木で雨宿りしながら小降りにならないか伺うのってそれだけでもう楽しくない~~。傘&レインブーツで来てれば別です(ちょっと楽しい)けど、傘も視界が悪くなるしな~。

もう帰る!と思って上井草駅に向かう途中、緑道の左手に謎の階段と植物でふさがれた小道が。なんだろな~?いやいや、もう帰る!つづきはまた後日にします。

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井草川水源から上井草まで歩く①

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北海道に遊びに行ってきたのですが、その間、私は”ずーっと運転手”という酷な役割でして、暗渠のたぐいが 全 く 見つけられませんでした。やっぱり、暗渠は歩きが一番見つけやすいですね。アタリマエカ。

さて、暗渠さんぽ、杉並2本目は井草川です。なぜ、井草川を持ってきたかというと、小沢川および松庵川の知識が品薄だった数週間前、「桃園川の次は、井草川か笹塚川にしよう」と決め打ちしていたためですw。

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私との縁の深さから言えば、おそらく小沢&松庵川の方が上なのですが・・・現時点でもこの2本については情報が足りないこともあって、まず有言実行的に井草川へ。

荻窪駅からバスで井草八幡宮まで行きます。歩くにはちょっと遠いので・・・。う~ん、なんか懐かしい、この参道。チャリやバイクなんかでよく通り過ぎましたw

で、水源を目指し、早稲田通りに入ります。って、ここが早稲田通り始点なんですね。こういう、通りの始点ってなんか嬉しくないですか? 私は嬉しいです~~

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ここが井草川の水源があった、切り通し公園です。いまは水は枯れていますが・・・しかし物凄い傾斜ですね(カメラは傾けずに普通に撮ってるんですよ~)。”滝のように流れていた”のにも頷けます。きっと、すごく良い景色だったのではないでしょうか。

それと、この場所、善福寺公園とめちゃくちゃ近いです。井草川下調べ中に、「近っ!」と声をあげたほど。

井草川は、ここの湧水のほか、周囲の細流を集めていくようなので、いつも以上に左右を見渡しながら歩くことにします。

ちなみに井草の由来は、最初に見かけた記述は「イグサがたくさん生えていたから」というものでしたが、テキスト”神田川再発見”には、「ここへ逃げた三浦氏一族が井口氏を名乗って草分けの開拓を行ったから」という由来も書いてあります。うーん、後者のほうが納得しづらいものがありますが・・・こういう感じの略語って昔からあったんか?

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さて、切り通し公園の中腹から、(上流から向かって)左に早速暗渠らしき道があります。

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この日は”神田川再発見”記載の川跡を地図にうつして持ってきていたのですが、それには載っていないけれどアヤシイ道が下にも!

ここは、切り通し公園の真下にあたるところから伸びている道で、あの激しい傾斜から考えると、こっちに流路があるほうがむしろ自然に思えます。

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なので、とりあえず、その真下の道を進んでみると・・・先に車止めが見えます。やっぱり暗渠じゃん!

この道の先、正面のブロックには杉並工業高校があります。この高校の辺りはかつて湿地帯だったそうです。古地図では、高校の敷地中央をぶった切るように本流が流れています。敷地には入れないので、周囲を歩いてみたら、高校をぐるっと囲むように暗渠があるようでした。

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中腹部から出ているほうの道に戻ります。こちらも、車止めが点々とあり、ちゃんと暗渠です。

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住宅の合間を縫うようにして進んでいくと、杉並工業高校前のちょっと広い道路に出ます。

画像、向かって左手前に出口があり、神田川~のテキストでは一番奥を右に曲がるようにつながってゆくのですが・・・う~ん、これはかなり疑問。だって、明らかに上り坂です。神田川~のテキスト、流路沿いに歩けない場合に迂回するさんぽみちを示している場合もあるみたいだから、ここもそういうことなのかな・・・?

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この、グラウンド脇にも流路があるみたいなんですが、いかんせん入れない・・・。左側の駐車場の柵越しにだいぶジロジロしていたら、不審者オーラが出かかりました。ここの入り口も上述のような緩やかな坂の入りかけなので、ほんとにあったのかなぁ?とも思うし。

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疑問も残るけれど、とりあえず先ほどの、切り通し公園真下ルートに移ります。この塀の左側が高校です。

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なぜか、家々の壁(というか土台そのものも)が、段々に高くなっていきます。一番後ろにある家、高すぎだろ!雪国か!

道は、いかにも暗渠っぽい湿り具合。

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そして次第に狭くなります。左側、高校の壁がずずずいっと続いています。

うわー、狭い、狭いよう。緑が生い茂りすぎて、いろんな虫が居る・・・。蜂、ハエ、クモ、毛虫はもともと好きじゃないのでこういうときビクビクしますが、ここで大きなアゲハ蝶がゆら~ん、ゆら~んと近づいてきて、初めて「蝶、コワ!」と思いました。うーん、怖いっていうか、なんかふてぶてしいのでこちらが退いちゃうんです。こういった、狭くて植物の多い暗渠って、人よりも虫のほうが先住民、エライ、みたいな気がします・・・。

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そしてどんどん道が狭くなり、どんどん植物が増えてこの車止めのところで暗渠らしさが消えます。後方は、もっと広い道路と民家です。

仕方ない、迂回して別な暗渠に向かうか~。

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いちど表通りに出て、工業高校をふたたび目指します。

こうやって道を変えると、例によって迷うんじゃないかと不安になるんですが、ここで私がやっとひとつの気づきを得ます。・・・谷を目指せばいいんじゃん・・・。この単純かつ明快な目指し方でよいのなら、もう地図なんて怖くない かもしれない!

西荻時代、この周辺には友人とか、友人の友人とか、先輩の友人とか、いろんな人がぽつぽつ住んでいて、自転車でたまに巡ったものです。その頃は、こういった坂道がただ苦痛で、「チャリきつ!!」と思うだけだったのに、今はこの坂道が、むしろありがたい。方位磁針のごとくありがたい・・・。

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さて、今度は高校の逆サイです。この坂道の上のほうに、さきほど私が「疑わしい」と言っていた道の突き当りがあります。(改めて読み直してみるとやっぱり違うみたいです、西山家というこの辺りの名家の横を通る目的なだけみたい。。)

画像手前左に、緑色の車止めがあります。

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ここも入ってみましょう。地図でこの位置を確認すると、高校のプールの前のところへと続いているかのようです。プールの排水も兼ねる水路なんでしょうか。

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これも先にまた車止めが見えます。

井草川暗渠さんぽ、まだ開始まもないのに、支流だらけ!支流まつり!ワックワクしてくるんですが・・・ここらで雨が降ってくるという(傘無し!!)・・・

というわけで、②以降は地面がどんどん濡れていく、かわいそうな感じの絵づらです、乞うご期待w

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地下探訪

下水道局主催の「地下探訪」という写真展にいってきました。

Tanbou

池袋サンシャインであったのですが、開催期間が短めなので、私にはワンチャンスしかありませんでした。池袋はめったに行かない場所なのに、いそいそと行くなんて、これも下水道の引力なんでしょう・・・。

地下1階でやっている、というのがまた良いです!上層階よりもずっとね。

で、内容なんですが、、、

とてもとても素敵な写真ばかりでした!私の暗渠欲をもっとずっとかきたてるような。喰らいつくように見てしまいました。

写真家の白汚零さんという方、もともと下水道がかなりお好きだったみたいで、”学生時代に下水道工事をやっている人に頼み込んで、中に入れてもらった”というエピソードが素敵でした。

100年以上も経過している、レンガ造りの古い下水道も、神秘的な輝きを見せる新品の下水道も、どちらも良かったです。わりとよく通る、神田や御茶ノ水エリアの地下にあんな素敵な下水道があったなんて・・・。それと、三河島汚水処分場が文化財指定されていたなんて、知りませんでした。三河島、じつは谷田川排水路(私の赤んぼ時代の住まいに近いのです)の関係で、近寄る予定でした。これで近寄る楽しみがもっと増えました!

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冊子やハガキなど。戦利品。

冊子は、アンケートを書いたら貰える仕組みだったんですが、当然アンケートはもとから書くつもりだったので、”下水道萌えまくりっス!!”的なことを熱心に書いてきましたw

ふだん見られない下水道、その非日常。それから、ふだん見ているはずの空さえも、下水道内のアングルから見ただけで非日常・・・やはり良いです。うぅ~ん、これを機に、月刊下水道にも手を伸ばしてしまうかもしんない・・・。

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銀座から築地まで歩く

注:今回はあんまり暗渠の話じゃありません。。

築地に用事があったのですが、そんなに時間的余裕も無かったため、川跡ルートと路面電車跡ルート、どちらかを選択する必要がありまして、後者を選択し”路面電車跡に沿って歩き、川跡を覗く、ちょっとした散歩”にすることにしました(つーか単に目的地に行くだけなんだけどw)。

Ginza1 銀座から築地方面に行くとき、もっとも気になるエリアはここ、三原橋地下街。三原橋でぐぐると色々と面白い記事が出てくるんですが・・・とりあえずかいつまんで書くと、三十間堀川を埋め立て、その際にもともとあった三原橋を利用して作られた古い地下街です。完成が昭和27年なので、私の手持ちの昭和30年代地図には、すでに三十間堀川はありません(あ、川の地図辞典にはあります)。

入り口。いやー、この感Ginza2じ、よいオーラ出てますね~。

シネパトス向かいの、現役な商店街も、良いオーラ、ビシビシ出てます。定食屋さん・・・今日は日曜だからかぜんぜん開いてないです。

良い感じなのになあ。

で、通過して地上に出ます。

Ginza3

三原橋の交差点です。バックは和光方面で、写真では縦に都電が走っていることになります。ここに、都電の三原橋停車場があったそうです(和光の前には銀座4丁目停車場)。

ぜんぜん名残は無いんですが、路面電車が走っているようす、人々が乗降するようす、ちょっと目に浮かびます。今まで、この道を何度も通りましたが、このような視点で見ていくのは初めてです。

Ginza4_2

文明堂があったので、バームクーヘンショコラーデを3本ばかり買っていきます。おやつのことも忘れてはいません。

まだ気温は高めなので、チョコ部分が溶けるかな・・・とちょっと思いましたが、意外と気にとめません。

われながら、食べ物に執着しているんだかしていないんだか。

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万年橋。

築地川の本流の上ということになります。けれど、下の流れは完全に埋め立てられ無くなり、そこには高速道路、そして橋部分には何風なんだかよくわからない公園があります。

築地川自体、「海を埋め立て、残ったところ」なわけですから、私のイメージする川、とはなんだか異なります。そういうわけで、ここはいろいろと違和感のある空間です。

Ginza6

でーん!京橋郵便局の前です。

ここに都電の築地停車場があったようです。さきほどの三原橋からここに来て、そのまま勝どきに向かう11系統と、ここの交差点を左折して茅場町のほうに向かう36系統・9系統があったようです。ターミナル駅的なのか、古地図の築地停車場の表記がでかいので、私も「でーん!」とか言っちゃったわけです。

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左折し、平成通りをながめます。

この3つ先の交差点には築地二丁目という停車場がありました。

Ginza8

直進すると、場外市場が見えてきます。

場外市場って夜が明ける前からやっているものだと思って、銀座で飲み→3時にやってきて→まぐろ丼の店が開く6時まで暗闇の中ぐるぐる回って待機、というむなしい体験を思い出します。あのぐるぐるほど、エンドレスに感じた散歩はないです(散歩ともいえない)。下調べって、大切だよね!

都電はここを直進し、勝どき橋のほうに向かうんですが、私は右折します。

Ginza9 こちら方向、都電の停車場はもうないですが、築地市場方向に「市場貨物専用線」という引込み線が延びていて、私はこれに沿って歩くわけです。

じつはこの線のほうが更にうきうきします、想像しているとき。だって、まぐろやら、鯛やら、果物やら、が山盛り乗った、貨物車が走ってくわけですよ!!

Ginza10 歩いていくと、再度築地川跡をまたぎます。ただし今度は「築地川東支川」です。暗渠なわけでもないんだよぁ~、とか思って歩きますがここで素敵情報です。

「海軍兵学寮・軍医学校などの施設がおかれた」と!海軍兵!

駐車場がありますが、これも築地川が埋め立てられたところみたいですね。

Ginza11 えーさて、も少しいきます。

うきうき貨物専用線は、おそらくここらへんから市場内へ向かっていったみたいです。っていうか出てきたっていうかね。

別に不満なわけでもないんですが、水路の痕跡があまりにも見つけられなかったので、残された築地川をおがんでこ~、と思ってもうちょっとだけ足をのばします。浜離宮の入り口のとこまで。

Ginza12_2

おー、現役の築地川。・・・なんかバスクリンみたいな色だな・・・。

写真じゃわかりづらいですが、水面、とくに端のほうが妙に白いです。だいじょうぶ?これ・・・。

Ginza13

さて戻ろう。ふっと見える、汐留ポンプ所がちょっといい味。

ああ、そういえば、勝鬨橋のところにある、橋の資料館と、おさかな普及センターにも、行ってみたかったのに。日曜なので、お休みみたいでした。

あとは特に見たい場所は無いはず・・・と思いながら歩いていると、

Ginza14 あれ?

なんの脈絡も無く、踏切信号機。

銀座で唯一残っているものなんだそうです。ええと・・・案内板を読むと、ここのすぐ脇を通っていた汐留川には鉄橋が架かっていて、汐留駅(もともと新橋駅だったのが貨物駅になったもの)~築地市場の荷物運搬に使う、いわば「都民の暮らしの台所を支えてきた」線路の信号機を、そのままここに残してあるみたいです。

は?汐留川?

そんなとこ通る予定じゃなかったぞ・・・。アイター、浜離宮まで行ったばっかりに、方向がぜんっぜんわからなくなってしまった。まあいつものことなんですけどね。・・・やれやれだぜ。

で、しばし迷った後に目的地に到着し、しこたま坐禅を組んできました。

Tukijimap

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暗渠とつながるなにか③

そういえば、私の人生の半分以上は、川とともにありました。

私の出身は山形市なのですが、幼稚園の頃から、「春の遠足は川」それから、「秋は必ず河原で芋煮会」と決まっていました。どちらも、馬見ヶ崎川(まみがさきがわ;山形市の地形を形作る川。水量はさしてない。芋煮会が全国版で流れるときの映像は必ずココ。)を指します。

馬見ヶ崎川は自宅からも近く、上記の定例行事のほか、夏には花火をしにいったり、冬には土手をソリで滑ったり、部活の先輩と甘いトークを展開しに行ったり、悲しいことがあると橋の下に泣きに行ったり・・・、とにかく記憶の端々に出てきます。

けれども、そのことは、身近すぎるがゆえに意識化されることも少なく、”好き/嫌い”と考えるには至らないほど取るに足らないことらしく、大学入学を機に上京後、しばらくの間私が嘆いていたことといえば、川ではなく”山が見えない”ことばかり。

山形市で育った私にとって、海は、あこがれ。山と川は、近くにあるもの。けれど、大きな川は、身近ではないから得体の知れないもの。綺麗な湧水や滝は、神聖すぎて遠いもの。適度なのが、馬見ヶ崎川のような中規模河川、それから、名も無き側溝。

Sokko

名も無き側溝・・・数年前に帰省したさい撮った写真です。一応ここも、市街地なのですが、自宅からそう遠くないところに、こんな景色が今でもあります。すごく、好きな景色です。いま私が歩いているちいさな川跡も、むかしこういう感じだったかもしれない・・・

もしかすると、こういったものは、自分の大事な構成要素なのかもしれない。だから、私は東京の川たちは懐かしくはないはずなのに(厳密に言えば赤んぼの頃住んでいたけど、記憶なし)、懐かしいのかもしれない。

私は、”暗渠”の不明瞭な輪郭に、その山形の側溝的色彩のノスタルジーを重ねて、探しているのかもしれません。

いままで書いた①②③、もしかしたら矛盾もあるかもしれませんが、どれもほんとうに思うこと、です。

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中野から中野坂上まで歩く

  Momo64

桃園川メインルート編、残すところ、あとちょっとです。

三味線橋から再開。

三味線橋からまもなくのところで、こんな場所がありました。児童遊園の跡地というか現役というか微妙な場所が。寂しげに遊具が・・・遊具を取っ払った跡が・・・。老朽化でもしたんでしょうか。

子どもは遊んでおらず、おじさんが体操してるのみでした。

Momo65

中野区に入ってからは珍しい、支流”っぽい”ところ。

それともただの路地?違うかなあ。まぁ後から調べるとしましょう。支流じゃないとしても、こういう狭いとこ、なんだか好きです。数年前、こういう路地の写真ばかり撮ってる時期がありました(な~んにも使ってないけれども)。

Momo66 堀越学園を横に見ながら、カーブを曲がります。もうちょっと若い頃だったら、「堀越学園」という響きにドキドキするミーハーな自分も居たのかもしれませんけど・・・

カーブ具合が川っぽくてよい感じ。←いまはこっちにドキドキしますw

それにしても、だいぶ涼しさが出てきました。秋になろうとしてるんだな~、というのを肌で感じます。あんまりへとへとにならないですむので、助かります。

Momo67_2 良い感じに古い石段がありました。

ここ、むかしは川へ降りる道だったのでしょうか。

Momo68

とつぜん道が広がり、足元の雰囲気が変わります。宮前公園です。公園の中には人口の川みたいなエリアがあるのですが、水はカラカラでした。

ドーナツをかじり(またドーナツw)、コーヒーを飲み飲み、あるきます。

今はアイスコーヒーだけど、秋、冬になったら、熱いコーヒーがおともになるのかな。やきいもだったり、肉まんだったり、ほおばって歩く自分を想像したら、寒い季節のさんぽも楽しみになってきました。寒い季節は、その寒さのかわりに、空気がぴりりと澄んでいるので、そういう意味でも楽しみです。

Momo69 宝仙橋。ちょっと派手に紅葉があしらわれています(このゾーンの橋跡は、毎回ばらばらな印象です)。

宝仙橋(宝仙寺)、宮前橋と宮下橋(中野氷川神社)、塔ノ下橋(中野三層塔)、と、このエリアの橋は、寺社仏閣にちなんだ名がつけられています。

Momo70 ぬぅおお、右手に古くてよい感じのおうちが現れます。この建物なら、開渠だったときの桃園川も、きっと見ていたに違いありません。

なんだか、桃園川沿いをずっと歩いてきて、もともとあった愛着が更に高まり、”桃園川ちゃん”と呼びたくなるときがあります。擬人化するとしたら、女性のような気がするから。彼女は当然ながら私よりずっと年長なわけですが、お姉さんというよりは、妹みたいな親しみの感じ方をしています。・・・神田川との合流点が近づいています。神田川は、なんとなく、男性。桃園川ちゃんより年上の、体格の良い男性という感じがします。

Momo71 山手通りと交差します。

ここを右折すると中野坂上、左折すると東中野です。左側の坂道を上っていくと、ソナムという韓国料理屋さんがあります。この坂を見たとたん、自転車でここを上り、石焼ビビンバを食べに行ったことを思い出しました。韓国の雰囲気で、美味しくって、量が多くって、良い店です。

Momo72 山手通りでバスン!と途切れるけれど、緑道はまだ続きます。

Momo73

ざわ・・・ざわ・・・ (カイジ)

って感じの橋跡w

(橋の名前見るの忘れた)

Momo74

おお、初めて見ました、緑道に中州があるw

植え込みの中央に、ベンチがありました。頭上も植物で覆われているような、なかなかすてきなベンチです。

Momo75_2

そして最後にいきなり、こんな風なあたかも新宿区かのような風情をかもし出して(まだ新宿区じゃないんだけど)、

Momo76そして大きく弧を描いて、緑道は終わります。

やっと、一本目の川の、最終地点まで来ました。うう、嬉しいような、寂しいような。達成感はまちがいなくあって、だけど「最終地点」っていう響きがちょっと悲しいんですね、きっと。

でも、あくまでこれはメインルート編。つぎは支流特集が待っています。そして実は、支流特集のほうがワクワク度が高いです。楽しみ~~。

Momo77_3

神田川合流地点。

やっと姿を見せてくれました、桃園川ちゃん。ここまでまったく姿を見せていないわけですから、感無量です(ほんとに)。

やっと会えたねえ。

でも、支流特集じゃまた顔は見られないんだねぇ・・・。

Momo78 でも、ま、だいぶ満足感が得られたのは事実です。

神田川沿いの緑道を歩いて、中野坂上駅へ向かいます。

緑道沿い、ず~っと秋の虫の音が聞こえていました。良い季節になってきましたね~。秋はけっこう好きです。

Sakaue

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戦利品

杉並区立郷土博物館分館へ行ってきました。この前訪れたときは、「重いのいやだから本は買わない」というへたれな発想のため、折角の良い資料を買いそびれたわけです。それがどんどん気になってきたので、買いに行ってきました。

Donut_2

荻窪駅から、天沼弁天池公園へ向かいます。その途中に、むかしは”チーズはんぺんフライ”が最高なお肉屋さん(や、肉屋コロッケはとうぜん美味しいのですが、ラインナップの良い店だったのです・・・)があったのですが、今はなし。あれにかぶりついて、ビールをきゅ~っとかやったら最高なのにな。

で、分館。

ぶじ買えたので、おやつを食します。

はんぺんフライの代わりに、豆乳ドーナツです。駅前で買ったばかりだから、揚げたての、さくさく&ふわふわ~。ちょっと涼しいので丁度よいです。

ふ~。

Hon で、戦利品を写メ。

公園のベンチで、ドーナツ食べてると思ったらこんな本取り出して写メして、遠目から見たら「何の儀式?」と思われてしまうかもしれません。ま、いいのです。

「杉並区の川と橋」

「杉並区の地図を読む」

を購入しました。後者は、製本されていないので、自分でファイリングするしかないみたいですね。ま、いいです。

まず「川と橋」からちょっとずつ読んでますけど、いーやー買ってよかった!紀要2巻分の合併号らしく、なかなか濃いです。テキストに追加じゃ。

Tikei だっていきなり付録に「地形と湧水点分布図」なんてついてます。谷が一目瞭然。

川は杉並の川のみならず、武蔵野台地の水環境・地形の変遷にも言及しています。そういや私、”武蔵野”という響きが大好きなんでした。キュン。橋のほうは、橋名一覧や、その由来など。杉並に特化してあるので私のコンセプトと見事合致。

いや~~、杉並GJ!!

ここから更に参考文献も追っていけますしねぇ~。

で、一万分の一地形図も買いました。フフフ・・・。買って、見てみて初めてわかったのですが・・・以前私が買うのを延期したのは、パッと見「等高線があるはずなのに、認識できない」かったので、自分には読み込めないかも、とひよったからだったのですが、あのときの等高線、わからなかったんじゃなくて、「なかった」んです・・・。等高線ぜんぜんない地域とか、あるんですねぇ。ふぅ。ようし、これでバリバリ使えるぞ~。

今日は、月に一度の、師匠@九段下のところに自己研鑽に行く日。いつもは行きの電車の中、用意した資料をガサガサいわせて深刻な顔して勉強しながら行くのですが、今日は東西線の「落合」のあたりで川のことを考え出し・・・オチアイ!オチアイ!と嬉しくなってきて、なんだかキャラが変わってしまったみたいです。

駅名をみて、いちいち川のことを考える・・・これは暗渠道の初期症状なんでしょうか。

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ここはどこわたしはだれそいつはなんのため

Iriguti

飯田橋~水道橋間にある景色。

小石川橋の上から撮りました。ちょうど、暗渠にハマり始めてまだ数日のとき。九段下から川を求めてふらふらやってきて、右のポッカリを見つけて、もうそれだけで狂喜乱舞(言いすぎと思いきやホント)でした。なんたって暗渠歴”生まれたて”ですからね。

で、このポッカリはなんなんだ?と。帰って調べて、とりあえず分からない。地図で見ると、小石川の合流点ともずれているし、神田川の一部がごく僅かの区間だけ、暗渠&遊歩道になってまた神田川に戻っているように見えるんですが(中島川&眼鏡橋システム?)、いったい何のため・・・?

で、その後も少々調べて、今でも分からない。Iida

上はこのような、地味な感じの遊歩道。

なぜか、ところどころ、このようなフェンスで、あるいは黄色×黒の危険テープみたいなやつで、立ち入り禁止にされています。それもちょっと謎。

でもこの下にある流れのほうがもっと謎。

左にちゃんと神田川流れているし・・・

で、前に撮った写真をわからんまま持ってるのも嫌になってきたので、いったんここで投げちゃいますw推論しようにも、まだまだわからないことが、いっぱいありすぎる・・・。

だれかわかる人居らしたら、教えていただけたら幸いです。

略地図、かわいいけど「川」が全省略されてるってことに今気づきました。ちょっと書き足し。最初の写真が×印の地点です。

Mapiida

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暗渠とつながるなにか②

Tukijipark_2

もはや「写真」の体を成していませんが、夜の築地川公園の写真です。

小学校からの、とある友人と、久しぶりに会いました。銀座で食事をし、もう夜だけど歌舞伎座と築地市場の外側だけ見に行こう、と築地に連れて行きました。(残念ながら彼女のツボではなかったわけですが。)

帰り道、築地川公園(正しくは築地川銀座公園?)、の文字を見つけ、とたんに興奮しだして(“川”にねw)写メりだす私。でもそういえばこの下には水はもう無いんだった。暗渠への関心について説明すると、彼女はなぜ暗渠のほうがいいのか不思議そうな顔をしていて、そしてそういえば自分も水が好き、だけど自分は開かれたところにある水が好き、と言っていました。川も、地上に見えているほうがずっと良い、と。

彼女は中学校のときのテニスのペアの相手で、私は中学ののち、大学までテニスを続けるという凡庸な人生で、一方彼女は水泳部・競艇部、と冒険していました。なので、彼女は開かれた水が好き、言い張れるわけです。(ちょっと悔しくなって「でも流れてなくて淀んだ水だよね」と皮肉?を言いましたが。)

思うに、私は開渠≦埋め立て<暗渠、の順に好きなようです。触れることができなくても、そこに在るほうがいい。そしておそらく、地下にある水がすき。イメージとして近いのは、鍾乳洞、地下神殿。どちらも、水が無いものよりあるもののほうがすき。

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イスタンブールでもっとも感動したところ(たしか10年前)です。足元の浅い水路には水が湛えられていて、地下と水のコラボが物凄く自分にハマッた気がしました。

そういえば、地下観光ガイドに載ってる「首都圏外郭放水路」が、これによく似ています。写真でしか見たことがないので、いつか行きたいんですが。

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メデューサの首が柱の下にありますが、ビビリの私でも、怖くない。むしろすごくすてき。

地下にある水のよさは何だろう?

少しだけ思いつくのは、地下のよさとして、「無限に広がっていくよりも、空間が限られているほうが、自分は落ち着く」ということです。そして、明るすぎるよりは、暗いほうが。

ただこれは、部分的な説明にすぎないのです。

岩手の龍泉洞にも、すばらしいブルーの水がたくさんあります。小5(これは年齢がばれるから何年前かは言わないw)の自由研究で岩手の龍泉洞をやったこと、あれはかなりスキだったことをその友人に話したら、なんと彼女は私の自由研究を覚えていました。すごいなあ。そして、話をしていて気づいたら、思い切り終電を逃していました。

も一度。地下にある水のよさは何だろう?

つらつら書いてみたものの、これにはまだ言葉としての答えが出ていないのです。

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