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桃園川についての補足

つい安直にwikiから引っ張ってきてしまいましたが、文献から追加すべきところも載せたいと思います。今後、ほかの流路をめぐるさいに大いに参考になりそうです。

鈴木理生編著(2003) 「図説 江戸・東京の川と水辺の事典」 柏書房 より

・中野川とも呼ばれていた。

・天沼弁天池の湧水量が少なかったため、旧千川上水を練馬区関町から分水して合わせていた。

・田植えの時期になると水不足になるため、善福寺川から引水する新堀水路が作られた(天保12年)。

杉並郷土史会・文 東京にふる里をつくる会・編(1978) 「杉並区の歴史」 名誉出版 より

・桃園川は千川分水とも呼ばれる。

・「桃園川は、青梅街道と千川街道の交差する練馬区関町の出店と称する地名の地先より千川上水を分流したもので、青梅街道に沿って東流し、さらに、ここより東北進して中野区内にはいり、同区中央一丁目末広橋で善福寺川に合流している」(pp.126)

・弁天池までは川幅も狭く用水溝のようなもので、「用水掘」「新堀」と呼ばれ、弁天池から先が桃園川と呼ばれていたようである。

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先日は世田谷公園南あたりから蛇崩川を遡りましたが、 今回は同じ地点から目黒川まで [続きを読む]

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